第34話【執着】
「……SKYSHIPSのことで、相談があるんです」
深刻そうな顔をして、彼女は紫音の顔を見つめた。
「………」
「……頼れる人が貴女しかいないんです」
「………」
「……あの……」
「……はぁ。分かった。話してみろ。でも、話の内容がどうであれ、私にはどうにもできないからな」
「……ありがとうございます」
彼女は指を弄りながら口を開く。
「……SKYSHIPSは、近いうちに解散するかもしれません」
「…解散…?」
「はい……。…解散です」
「何でだよ、バズり続けてんだろ?」
「……曲は毎回、才禍さんが死に物狂いで作ってくださっています。その頑張りがあるからこそ、毎回バズらせることに成功しています。でも……才禍さんの様子は日に日におかしくなっていくんです。曲を作る度に、どんどん塞ぎ込んでいって、飯野さんも佐倉さんも、才禍さんをどうしたらいいのか分からなくなって、2人も体調を崩すことが多くなってきています。……そんな3人を、私は……ただ見ていることしかできないんです」
「………そうか……思ってた以上に大変な事になってたんだな……」
「……すみません。こんな話をしてしまって……」
「………」
心が痛むのは、きっと気のせいじゃない。
SKYSHIPSの絆に亀裂を入れるだけ入れて去ったのは、この私なのだから。
「………私……の…せい…なんだよな…」
「───そうですよ」
「……!!」
───彼女は俯いたまま零した。
「……貴女が無責任だから。3人はおかしくなってしまったんじゃないですか」
「……………喧嘩売りに来たのか」
「………いいえ。……逆です」
「…逆だと……?」
「……貴女の後釜なんて誰にも務まらないんです。ライブの感想も、新曲のコメント欄も。いつだってドラムは前の方が良かったと言われます。……SKYSHIPSのドラムスというのは、重すぎる称号なんですよ。…………力を持つ貴女が、自分の都合で勝手に放り出していいような軽い役割じゃ無いんですよ!!!」
「ッ……」
立ち上がった彼女に詰め寄られる。
「………貴女は子供過ぎます。曇紫音さん」
「……私はもう辞めたんだよ。私にはもう関係無い」
「いいえ。貴女は社会を舐めています。仕事を舐めています。プロのアーティストとしての自覚が足りない」
「……もうプロじゃねェんだよ」
「SKYSHIPSは曇紫音がいないとダメなんです」
「私1人欠けたくらいでダメになるようならそんなもの────」
───いや、それは違う。
誰が欠けてもダメなんだ。それは、ScarletNightで痛いほど感じたことだ。
「…………」
「曇さん。貴女はSKYSHIPSでドラムを叩くべきです」
「……。無理だ」
「いいえ。無理じゃありません。貴女はドラムの天才です。SKYSHIPSを初期の頃から追ってきた私には分かります」
「………じゃあ言い方を変える。嫌だ」
「それが自覚がないと言っているんです。貴女は仕事でドラムを叩いているんです。お金貰って音楽やってる自覚がない。学校行ってもないのにまだ学生気分ですか?ふざけないで下さい。子供じゃないんですよ、貴女は」
「黙れ……」
「やりたくないからやめるなんてそんな甘ったれたこと言ってこの社会で生きていくつもりですか?」
「今更だ。もう私は辞めた。今は他のバンドにいる。戻る気は無い。自覚が無いのはお前の方だろ。過去の人間に頼るな。お前を選んだメンバーの期待に応えるのがお前の責務だ」
「ッ……」
彼女の手を払う。
「…私はScarletNightでドラムをやる」
「…貴女は…ッ…!…そうまでしてロックをやりたいですか!?5年間苦楽を共にした仲間が苦しんでるというのにッ…何の情も湧かないのですか!?」
「っ………」
───仲間。
「………何の情も湧かないって…?んなわけねぇだろうが!!!私だって悩んでんだよ!!!お前にいちいち口出しされなくてもなぁ!!散々自分勝手なことしかできない自分を責めて責めて責めまくったんだよ!!!だけど……私はどの面下げて戻りゃいいんだよ!!!自分のことしか考えずに生きてきたヤツが!今更!!戻って受け入れられていいわけねぇだろうが!!」
「…………」
勢いに任せて叫んでしまった。
「………」
「はぁ……」
ため息をつく紫音。
「……私のことはそっとしておいてくれないか。SKYSHIPSも。……勝手に抜けた分際でこんな事言うのはクズだとも思うけどな、結衣はお前なんかに心配されるほどヤワじゃねぇよ」
「……はぁ。分かりました。貴女がそう言うなら、それに免じて今日は引きます。……ですが、最後に一つだけ、確認させてください」
「………何だ」
「貴女はSKYSHIPSのことを、大切に思っていますか?」
「………思ってるよ。大切だよ」
「……その言葉を聞けて安心しました。…もし今のバンドを辞めることがあれば、遠慮なくSKYSHIPSに戻ってください。3人はいつまでも貴女を待ち続けていますから」
◇◇◇
「───紫音…?」
5人組ロックバンド『Bluelose』のドラムスを担当する柊夜は、ベンチで頭を掻きむしっている紫音を見つけた。
「柊夜」
「何やってんだ?こんな所で」
「ああ………ちょっと散歩」
「老人かお前は」
「はっ倒すぞ。柊夜は何してたんだ?」
「ん?俺は……コンビニで昼飯買おうと思ってたところ」
「そっかぁ」
「……隣いいか」
「え?まあいいけど」
「サンキュ」
柊夜は少し間を開けて紫音の隣に座る。
「スカナイ、年末は何か予定あんのか?」
「年末は活動休止だ。緋は特に頑張りすぎてるくらいだからな。休ませてやんねぇといつ壊れるか分かんねぇ」
「そんなギリギリ攻めてんのかよ」
「まあな…。新曲ができるペースも早いし、既存の曲も毎回別のアレンジ考えてくるし。本当に音楽やんのが好きなんだよ」
「そうだな。俺もそう思う。…クリスマスん時のフリーライブ見たぜ。めっちゃ良かった」
「ありがとう。来てたんだな」
「妹と来てたんだ。Blueloseより良いってさ…」
「そりゃ残念だな」
「まあ仕方ねぇと思う。Blueloseは失恋ソングが大半だからな」
「あー、そういう」
「恋愛には興味ないみたいだからな。元々引っ込み思案で人見知りだし…」
「ふーん」
会話が途切れ、少し沈黙を挟み、柊夜が言いづらそうに話題を切り出す。
「…でさ」
「ん?」
「ひとつ、スカナイ聴いてて思ったことがあってさ。…もしかしたら傷つけるかもしれないんだけど、聞いてもいいか?」
「…なんだ?私が傷つくかもしれない質問って」
「聞いていいなら聞く」
「聞いてみろよ」
紫音は軽く笑って柊夜に言わせた。
「お前さ。自由に叩けてないんじゃないか?」
「え……?」
紫音は柊夜の顔を見る。
「なんつーか、スカナイって緋と蒼が主になってるだろ。SKYSHIPSのお前はさ。先陣切って飛び出して、怒涛のドラム捌きでバンドを引っ張っていくような、クソかっけぇドラムをやってた。何の縛りもなく、自分の全てをさらけ出すような、そんなドラムだった。…スカナイのお前は、なんかそういう、SKYSHIPSのお前にあった良さが死んでるような気がするんだ」
紫音は上着のポケットに手を突っ込む。
「………そう……か?」
「……あくまでも俺の個人の感想だ。実際どうなのかは知らんけどな。お前がスカナイのスタイルに満足してるなら何も言わねぇよ」
「………そうか…」
「…ごめんな。なんか変なこと言って」
「…いや、いいんだ。気にすんな。……あ、そうだ。Blueloseは最近どうなんだ?」
「ん?まあ、順調かな。配信でもそこそこ伸びてきてる」
「そうか。順調なら良かった」
「空斗が特に頑張ってくれてる。来年はBluelose主催で対バンやろうかって話もしてるところだ」
「へぇ」
「まだ話だけで何も決まってないけどな。あとは、セカンドアルバム出して、初のワンマンライブ。…なんてな。ちょっと浮かれてるかもしれねぇけど、そんだけ本気でやってるんだ」
「凄いな。高校はまだ行ってんだろ?進路はどうするんだ?」
「俺と凜々華は就職。空斗と妃乃愛は大学だ」
「マジか」
「ヒロと俺と凜々華で活動費稼いで、空斗と妃乃愛の2人には音楽のこともっと勉強しながら、音楽のクオリティの底上げをしてもらう。今更勉強なんているのかとも思うけど、それでも。少し遠回りでも、そこで見えてくるものは必ずあるから。俺ら5人で、一生バンド続けていくために、俺たち3人で2人を支えてく」
「……すげぇよ、お前らは」
「……ロックバンドなんて、この時代腐るほどいるんだ。その中で、消えずに残り続けて、さらに上に登り詰めるためには、本当に命賭けていかねぇとダメなんだ。……それで俺たちは証明する。こんな時代でも、名刀を生み出すことはできるんだってな」
「…名刀…か」
「これからのBlueloseの核になる曲のタイトルだ。良かったら聴いてくれよ」
「ああ。聴いてみる」
「…紫音も、大変だろうけど、頑張れよ。スカナイは良いバンドだからさ。応援してる」
「…ありがとう」
……To be continued




