第33話【12/26以降の曇紫音】
12月26日の朝。緋と蒼が互いに体温を求め合うように肌を密着させて眠る一方で、ボロアパート暮らしの曇紫音の朝は極限にまで冷凍されていた。
「……クソ寒」
ひとりぼっちの聖夜を越えて、紫音は布団から出られずに12月26日の午前の時間を浪費していた。
「……外出るか……」
相も変わらずTシャツ1枚で暖房の効かない部屋をうろつく。ありえないくらい寒い。
とりあえず暖かい服装に着替えて、寝癖を何とかしようとする。元々癖毛で直すも何も無いが、少しマシにする。メイクは控えめくらいでいい。「元がいいからな」と自分で自分を持ち上げてみる。
青空の広がる外に出る。放射冷却で空気は冷えきっており凄く寒い。
クリスマスが過ぎ去り、街は一気に年末ムードへと移り変わる。クリスマスグッズの撤去に取り掛かる店を横目に歩く。
「もうすぐ今年も終わりか……」
赤信号で立ち止まって呟く。周りを歩く人や車の動きがやけに速く見えるのは気のせいだろうか。
「……中1から5年かけて積み上げたSKYSHIPSを抜けて、ScarletNightに入って。……今年で私の生活もずいぶん変わったな…」
信号が赤から青に変わり、横断歩道を渡る。
「…少しは成長できたかな、私」
SKYSHIPSでは、リーダーや他のメンバーに全部任せっきりで、練習や収録、ライブでドラムが叩けさえすればなんでも良かった。今年はScarletNightの一員として、バンドのために行動できたのだろうか。一応最年長でバンド歴も1番長い自分にできることを、やり切っただろうか。少なくとも、自分のことしか考えなかった去年と比べ、人のために…メンバーのために行動するようになったのは、成長と言えるだろうか。
緋からの「ありがとう」の言葉を思い浮かべると、すこし自分のことを褒めてあげようかという想いが浮かぶ。
だが、まだまだだろう。都合のいいことだけ起きた訳じゃない。
今、ScarletNightで活動を頑張ってやっていても、SKYSHIPSのメンバーに悪いことをしたのも事実だ。
結衣は結衣で、色々考えて曲を作っているはずなのだ。実際、曲は大勢の人間に受け入れられ、聴かれている。バズることしか考えてないなんて言ったが、彼女のやり方が間違っている訳ではないのだから。ただの曇紫音という人間に好き嫌いがあるだけで、彼女は何も悪くない。悪いのは私の方だ。「スカスカな曲」。「中身のない使い捨てのポップ」。全部悪口だ。SKYSHIPSを抜けた後も、意地を張って彼女らの曲を聴こうともしなくなっていた。自分のドラムに自信過剰になっていて、緋と蒼の音に耳を傾けることもせず、緋がShake it all offを作り上げるまでクソバンドを続けさせた。人のことを考えずに嫌味から入ってしまうのも、直ったとは言えない。蒼の担任に遭遇した時も喧嘩腰だった。相手が悪かったとも思うが、あれはバンドの品位が疑われる行為だったと思う。
自分が悪くないなんてことは無い。自分に喝を入れ、大いに反省する。
白い息を吐きながら、コンビニのドアを開けて中へ入る。
暖房が効いており大変居心地がいい。
「……みんなはどうしてっかな」
緋と蒼はイチャイチャしてんだろうなと、紫音は頭の中で2人の様子を想像する。
実際はそれ以上に甘々になっていることを紫音は知らないまま。
「黎は元ヤクザのお嬢様だからな……どんな年末過ごしてんのか想像がつかん」
もうずいぶん前に昏木組は悪事から身を引いて真っ当な仕事で生活しているらしいが、組同士の付き合いはまだあるのだろうか。大変な年末を過ごしているのだろうか。
「──お嬢。お茶が入りました」
「ありがと~」
どてらを羽織った黎は炬燵で緑茶と共に和菓子をつまみ、だらけきった年末を過ごしていた──。
「……まあいいか。初詣みんなで行くし、そんときに聞こう」
店内でいい匂いを放つおでんの誘惑に負け、器いっぱいに具を詰め込んでコンビニを出る。
「……結構元気だな、みんな」
小さな子供を連れた若い夫婦が、子供の有り余る元気に振り回されている。
人足はまばら。路上ライブをするアーティストもちらほらいる。
「……ScarletNightは冬休みだ。ちょっと頑張りすぎたくらいだろ」
12月に入って途切れたが、半年近く毎週欠かさずに路上ライブを続けてきた。ライブステージでも多くの人が足を止めてくれた。最初は見向きもされなかった路上ライブは、足を止めてくれるようになっただけでなく、リズムに乗ってリアクションもくれるようになって、ライブハウスにも足を運んでくれるようになった。CDやグッズを買ってくれるファンもできた。
「…まあ、これだけじゃ満足はできねぇけどな」
いずれはワンマンライブ。そして、いずれはZeppで。いずれは武道館で。いずれはアリーナで。いずれはスタジアムで。まだまだこれからだ。まだ夢のステージは遠い。
公園でひとり、寒い中おでんに向かって語りかけて、頬張る。
「あつ…!」
熱い。でも、寒い中のこの熱さは悪くない。
「……」
先程にも増して白い息を吐きながら、静かな時を過ごす。
「…実家には帰りづらいよなぁ……」
バズりにバズったメジャーバンドを辞めて、駆け出しのアマチュアに戻ってしまった娘を、両親はどう思っているのだろうか。考えただけで申し訳なさ過ぎてこの場で土下座したくなる。でも、この選択を後悔はしていない。ScarletNightこそが私の居場所だと思う。恐らく、対面したら対面したで私は自分を貫き通すだろう。そのはずだ。
「───あの」
「はひ?」
突然誰かに声をかけられ、顔を上げる。
熱いたまごを頬張っておりみっともない顔を晒した相手は、黒髪に緑のメッシュが入っており、耳にはバチバチにピアスを付けている、どこかで見た事のある気がする少女だった。
「…曇紫音さん、ですよね。“SKYSHIPSの”」
口いっぱいのたまごをどうすることも出来ず、紫音はとりあえずコクコクと頷いた。認識がSKYSHIPSのというのは少し違うが、彼女が思い浮かべている人物と自分を一致させるためには頷くしかなかった。
「…よかった。人違いじゃなかった。……それに、まだSKYSHIPSのメンバーであるという自覚はあるんですね。…安心しました」
「………ん!?」
パチパチとまばたきともぐもぐを繰り返し、たまごを飲み込んで器に口を付けて汁をすすって落ち着く。
「………あの……」
彼女は困惑した様子でこちらを見る。
今ようやく彼女が何者なのかに気が付いた。SKYSHIPSのMVにちらっと映っていたサポートドラムの子だ。
「…ああ……悪い。何か用か?」
「あ……まあ、はい。せっかく見かけたので、少しお話がしたくて……。……いいですか?」
「あ、ああ…構わないけど」
「…あ、ありがとうございます…」
少しというかかなりおどおどしている。見た目の第一印象はピアスと緑メッシュのせいでかなりオラついたやべーやつという風に感じたのだが、人間を見た目で判断してはいけないとあらためて思った。身長も高そうだと思っていたが実物をよく見ると、自分より低いかもしれないくらいだ。
彼女は紫音の隣に座る。かなり姿勢がよくて、何故か負けたような気持ちになる。
「……それで、話って何だ?」
「ああ、はい……。……少し、重たい話になるかもしれません」
「なに、体重の話?」
「…違います……」
「そうか…」
あまりにも彼女が緊張しているように見えたので軽くジョークを言ったつもりが、さらに下を向かせてしまった。昔からノンデリカシーと呼ばれる原因はこれかもしれない。
「……SKYSHIPSのことで、相談があるんです」
……To be continued




