第31話【月の日】
───昏木組本家。
和装に身を包んだ黎は、並ぶ組員たちを見つめて言い放つ。
「───昏木組。一夜限りでいい。力を貸して」
◇◇◇
荷物を背負い、廃屋を出る。真っ暗闇の空の下で、淡い街灯がひび割れたコンクリートの道路を照らしている。
「……緋」
廃屋の正面の道路で、紫音が白い息を吐いて待っていた。
「紫音……」
「これ着ろ。そんな血みどろの格好で外出んな」
「あ、ありがとう……」
紫音は自らの上着を脱いで緋に渡す。
「はぁぁ……さっむ!」
「…なんで……」
「うるせぇ。私はいいんだよ」
紫音は寒そうに震えながら、緋の手を握る。
「ごめんな。緋。私はあの人に頼ることしかできなかった。仲間なのに、私、お前のこと何も知らないままだったから。……ほんとごめん、緋」
「……謝りすぎ。私もごめん。勝手にいなくなろうとして。……私はみんなのリーダーだから。このバンドを引っ張っていくボーカルだから。メンバーのこと、ちゃんと、責任もって守ってあげないと」
「…私らが守るんだよ」
「私も守る。大切な仲間だから。…紫音。私のことをありがとう」
「蒼に言われてたからな。緋を頼むって」
「……うん」
「……本当はお前が突っ走らないようにリズムを取るのが私の仕事なんだろうけど、ScarletNightはどっちかっていうと、緋と蒼がリズム隊なんだよな。私には、お前らに乗っかっていって盛り上げて引っ張ることしかできない。お前には、支えてくれる蒼が必要なんだ。だから頼むぞ」
「うん。言われなくてもそうする。蒼との約束、もう破らない」
「約束?」
「永遠にそばにいること」
「ふっ、お前ららしい約束だよ。絶対、もう二度と破んじゃねーぞ」
「…うん」
「…それで、後は黎を止めるぞ」
「黎に何かあったの?」
「ScarletNightのことをあのヤバい女に知られちまったのは、あいつが高校で私たちの曲流しちまったからだってよ。ケジメ付けるって言って、バンドを辞めるつもりだ」
「……そんなことさせない。私たち4人でScarletNightだから。ScarletNightのメロディに色を付けるのは黎だから」
「ああ。だから、私は黎を探す。けど、お前はまず蒼のそばにいろ。いいな」
「うん。任せたよ、紫音」
「任せろ、リーダー」
◇◇◇
私と緋との出会いは、もうほとんど覚えていない。気がついた時には一緒にいた。ただ、私も緋も、人と関わるのが苦手だった。似た者同士、惹かれあったのだと思う。保育所の赤組で、当時3歳くらいの私たちは部屋の隅っこに固まっていた。有り余る体力を使い果たす勢いで騒ぐ子たちを冷めた目で見ることすらせず、ただ部屋の隅っこに大人しく座っていた。
「………」
「………」
2人とも、最初は特に何かを話すこともなかった。ただ、誰とも合わない中、お互いにそばに居るのが心地よかっただけだった。そばに居るだけで、ただ安心できた。それだけだった。そうやって、2人で同じ時を過ごし続けていた。そんな日常が続く中で、思い切って関係を深めようとした私が、最初、緋に話しかけるだけでも死ぬ思いだったなんて、緋は思いもしないだろう。そして、いつの間にか会話ができるようになり、私たちはお互いを友達と呼べるようになっていた。
そしてある日、私は家に緋を招いた。そこで、私たちは将来の夢を見た。
小さなテレビの画面の中の4人が放つ音に、憧れた。
「蒼はこの歌が好きなの?」
「ええ。かっこいいでしょ」
「うん」
「この歌みたいに、優しい人になりたいの。私」
「蒼は優しいよ。世界で一番優しい」
「まだまだ全然。……緋を幸せにして、他の人も。…いつか、こんな風に…なれたらな…って」
「…なれるよ。蒼なら」
「…いえ…それで……その…緋も一緒に……」
「私も?」
「…ええ。一緒に……その……こんな風に……音楽…」
「……いいね。やろう、蒼」
緋は、私の手を取ってくれた。いつも少し影を落としていた彼女の瞳は、この時は光って輝いていた。
◇◇◇
───温かく、柔らかい感触が、私を目覚めさせる。
緋をそばで支え、彼女のために生涯を捧げ、共に音楽で幸せを掴む。そんな、私が私に課した使命を全うするために、私は眠りから醒める。
「…………緋…」
「…蒼……!!」
目を開ける。すごく近いところに緋の顔があった。
「…よかった…っ…」
緋は私に覆い被さるようにして抱き締めてくる。
「緋……」
「蒼……っ…ごめん…!1人にして……!」
「…私の方こそ……心配かけたわね……」
「ごめん……私……蒼に黙ってまたいなくなってた…」
「……貴女のせいだなんて思っていないわ。戻ってきてくれてありがとう。貴女のおかげで、生きて戻ってこられた」
「私も。私には蒼が必要で、蒼には私が必要だから」
「ん……」
「身体は大丈夫?」
「ええ……大丈夫よ。…ありがとう、緋」
「良かった…」
「緋…?」
緋は私に抱きついたまま力を抜いてどさりと倒れ込んでくる。
「……ごめん…ちょっと…貧血で……」
「緋……貴女こそ大丈夫…?私が倒れてる間に、きっと色々あったんでしょ」
「ちょっと…ね…」
「馬鹿」
「うん。馬鹿だった。でも、もう大丈夫だから。もう負けない。私たちには音楽があるから」
「……ええ。そうね…!」
◇◇◇
───紫音は携帯にかかってきた電話に出る。緋からだ。
「緋」
「紫音。蒼、目が覚めたよ」
「そうか。よかった。マジで死んだかと思ったぜ」
「死なないわよ。緋を残して死ねないわ」
「いつも通りで安心した。頭打ってぶっ倒れてたからな。生きてても記憶喪失になってないかと思って心配してたよ」
「喪失するような記憶が無いもの。緋とベースとバンド以外に容量使ってないから元々スカスカ」
「いや、逆にそれで埋まってんだろ」
「それもそうかもしれないわね。でも、この記憶を無くしたら私は乳児からやり直しよ」
「そんなにか」
「そんなによ」
「…それで、紫音。黎は見つかった?」
「いや。でも、黎のお手伝いさん的な人と連絡が取れた。……あいつは本気で、暴力に暴力で立ち向かうつもりらしい」
「………させない。そんなこと」
「ああ。私たちの音楽は暴力になんか負けねぇ。…蒼。起きたばっかりで悪いけど、やれるか?」
「やれるに決まってるわよ。人生賭けてベース弾いてきたんだから」
「……よし」
「蒼。無理はしなくていいからね」
「緋こそ無理しないで。私がいないと何もできないんだから。ちゃんと眠れてないしご飯も食べてないんでしょ」
「今やるべきことをやったらね」
「ScarletNight再始動だ。毎週続いてた路上ライブ、先週で記録止まっちまったからな。…遅れ取り戻さねぇと」
「黎にもちゃんと教えてあげないと。私たちの武器は音楽だから。敵は、音楽で黙らせる。そうやって私たちは生きていくんだって」
◇◇◇
潰す。あの女を。緋さんを傷付け続け、蒼さんにまで手をあげたあの女を、私が潰す。
暴力はシンプルだ。強い方が勝つ。ただそれだけだ。
私がやるしかないんだ。そう思って、道を進んでいたのに───
────音楽が道を塞いで、私の夜行を止めた。
「───なんで………」
───路上ライブ。ScarletNightの路上ライブだった。
「────」
───蒼のベースに、紫音のドラムが乗っかっていく。
そして、激しく、歪んだ緋のフルストロークが、黎に訴えかける。
───『Aggressive Attack』が、黎の目の前で鳴り響く。
「…………」
「…お嬢」
「……なんで……」
「前、話しましたよね。お嬢には、平和に、幸せに生きて欲しいって」
「………」
「お嬢には音楽がある。お嬢のその手は、誰かを傷付けるためのもんじゃねぇんです。たとえ悪人が相手だとしても、その手は誰かのために汚しちゃならねぇ。お嬢の手は、あの人たちとギターを弾くためにあるんじゃないんですかい」
「………ッ……」
───熱く感情を揺さぶる緋の歌声が、人気のない街に木霊する。激しく鳴っていた楽器の音が止む。
「──黎」
「…緋さん……」
「……敵は音楽で黙らせる。だからその拳を解いて」
「……ッ……緋さん……っ…私……」
「負けないから。何があっても」
「ギターを弾いて、黎。私のために」
「…ッ……私………!」
「ケジメ付けるんでしょ」
「緋さん……ッ」
「私のためにギターを弾いて。ScarletNightの音を彩って。喜びや幸せだけじゃない。辛いことも悲しいことも、全部一緒に背負うのが仲間だから。だから黎。私たちと一緒にバンドやって。それでケジメ付けて」
「……分かり…ました……ッ……」
黎は緋と目を合わせ、跪く。
「……この命……貴女に預けます……!」
「ん。預かった」
「…武士かお前は」
「うるさいです…!」
「なんでもいいわよ。…ScarletNightが再始動できて良かったわ」
「ね。…この4人でScarletNightだから。1人でも欠けたら成り立たない。…皆を纏めて前を征くのが私。皆を支えて、寄り添ってくれるのが蒼。引っ張って盛り上げてくれるのが紫音。皆に彩りを与えてくれるのが黎。私たちは運命共同体。足りないところを補い合って、前へ進む。どんなに辛くても、私たちは音楽で繋がってるバンドだから。全員で、ロックに生きよう」
「ええ」
「ああ」
「はい…!」
「───一件落着、だね」
幌歌はScarletNightの集結を見届け、その場を去る。
「……手のかかる後輩だ。まったく…」
月明かりの下で白い息を吐く。
「…私も…まだ…死ねないな……」
幌歌は胸に手を当て、無理に笑って呟いた。
……To be continued




