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<スカスカ>  作者: 連星霊
第3章【Aggressive Attack】
30/75

第30話【寒い日】

6月下旬から毎週続いていたScarletNightの路上ライブは、12月、突如として途絶えた。SNSには、『ScarletNightドラムスの曇紫音です。先日、メンバーの終緋(Vo/Gt)が失踪し行方不明になりました。17歳の女の子で、髪は長くて赤色。身長154センチ、細身で巨乳なのが特徴です。もし見かけた場合はすぐに知らせてください』と投稿されていた。




「………蒼。私はどうしたらいい」

病院の一室。紫音は1人、意識が戻らないままの蒼に語りかける。

「緋は失踪。黎はバンドを辞めるって言い出した。……私は……もう……何が出来るのかも分かんねぇよ…ッ」



───数日前、紫音と黎が病院に着いた頃には、緋の姿は無かった。

「緋がいねぇ…!」

「……蒼さん……緋さん……ッ…」

黎は拳を握り唇を噛む。

「………こうなったのは私の責任です」

「黎……」

「私が校内ラジオでScarletNightの曲を流したのが元凶です。……私が……緋さんが9年かけてようやく振り切れた追っ手に緋さんの情報を流して、こんな悲劇を招いてしまったんです。………ケジメは付けます」

「………ケジメってどう付けるつもりなんだよ」

「バンドを辞めてあのクソ女ぶっ殺します」

「………正気かお前」

「…私は極道の家に生まれました。……相手が暴力で来るのならそれに対抗できるのは私しかいない」

「お前は…ScarletNightのギタリストだろ…!」

「私にその資格はありません」

「その資格の有る無しを決めるのは緋だろ」

「私は緋さんの大切な人を傷付けました」

「傷付けたのはお前じゃない」

「私がそのキッカケを作った元凶なんです」

「でもお前は何も悪くない…!」

「私のせいなんですよ!蒼さんがこうなったのは!!」

「お前のせいじゃ……ッ」

「私にはもうScarletNightのギタリストでいることはできません」

「黎ッ!」

「……2ヶ月ちょっとの間だけでしたが……とても楽しかったです。ありがとうございました」

「黎───」

───黎は病室を後にした。

「………緋……どこいったんだよ……!!」

携帯を開き、緋にメッセージを送りまくるが、既読は付かない。電話もかけてみるが、出てくれない。

「緋………お前……ッ……なんとか言えよ……ッ…」

私は心配しているのだろうか。怒っているのだろうか。

蒼は眠り姫と化した。黎は復讐とケジメに走ってバンドを抜けようとしている。

緋は……一体何をしようとしている?

緋の壊れた心を繋ぎ止めていたのが蒼だとしたら、緋は今度こそ本当に───。

「…緋……」

緋が壊れた時、蒼も黎もダメなら私が何とかするしかないと覚悟を決めたはずだ。なのに。

「私は……何も……できない……ッ」

どうすればいいのかも分からない。

どうやって黎を止めればいいのか。

どうやって緋を探せばいいのか。

「助けてくれ………」


───目を覚まさない蒼に泣いて縋った時、携帯にひとつ通知が来た。


「何だ……?」




◇◇◇




───高校の屋上で、コンクリートの地面を見る。

「………ここから飛べば……楽になれる……」

高校へ入学しても、状況は何も変わらなかった。私は虐められっ子のまま。周りは敵のまま。ただ、中学からの些細な変化として、『道徳』という授業が無くなってくれたのは救いだったかもしれない。この世の穢れをよく突きつけられるあの時間は地獄以外の何物でもなかった。

中学から引き続き、打撲痕や裂傷は増えるばかりで、壊れた心は自分の体がどうなっていこうと、もう何も感じなくなっていた。

「いっその事……私が終わらせてあげよう……」

フェンスをよじ登り、灰色の世界を見渡す。

大切なものも何も無い。ただギターを弾いて歌うだけ。そこに意味なんてない。もう私はこの世界に見切りを付けていた。ただ、心残りなのは、大切な人がいたような気がすることだけ。

「……まあいいや。私が死んでも、誰も悲しまない」

飛び降りようとした瞬間、足がすくむ。でも、勢いに任せて恐怖を押し殺して、足を前に出し────


「───待てよ!!」


───何者かが手を掴んで、引っ張って私の命を繋ぎ止めた。


「……誰……今私ようやく楽になれる所だったのに」

「ふざけるな!生きたまま死のうとしてんじゃないよ馬鹿者!!」

「………」

制服のスカートと上履きに入っているラインの色が違う。ひとつ上、2年生か。淡い朱色の髪の下に汗が垂れている。私の自殺を止めるためだけに屋上まで走ってきたのか。この先輩は。

「………この指……君ギターか何かやってる?」

「え……はい…まあ……」

「部活は何かやってる?」

「いえ…なにも……」

「軽音部入らないか?」

「……軽音部…?」

「そう。軽音部。好きに楽器ぶっぱなしても怒られない自由な部活。あ、私はなぎ幌歌ほろか。好きに呼んでくれ」

「じゃあ…幌歌ほろか先輩で…」

「おお…良いね、先輩って響きは」

「私は…ついひいろです…」

ひいろか。可愛い名前だね」

「可愛い…ですかね…」

「可愛いよ。少なくとも私は可愛いと思う」



こんな出会いをしたのが、どん底で負けそうになっていた終緋という少女に前を向かせてくれた唯一の味方『なぎ幌歌ほろか』先輩だった。

彼女の所属する軽音部は、部員は彼女1人だけで、もう廃部寸前の状態だった。


「何が好きなの?」

「何って……」

「ああ、好きなバンドとか、アーティストとか。いるだろ?そんだけギターやってるなら」

「……はい…まあ……」

「お、何が好きなの?」

「…[Alexandros]」

「ドロス?いいね。私も好きだよ。Run Awayって曲が好きでね…」


先輩は不思議な人だった。少しぶっきらぼうでも、死んだ目をしていた私に気さくに話しかけ続けてくれた。そうして、少しずつ距離を縮めていった。


「へぇ、親に虐待されてきた挙句、学校じゃ虐められてるんだ。どん底だね」

「先輩はなんでそんな楽観的なんですか」

「ん?私はね、こいつと音ぶっぱなせればなんでもいいんだよ」

幌歌は愛機であるジャズマスターを前に突き出す。

「私は孤児だし貧乏だし、バイトするしかなくて頑張ったらストレス溜まるから音楽ばっかりやって勉強も出来てなくてまたストレス溜まって音楽やってって悪循環入ってるけど、もう別にいいかって思ってる。音放ってる間は楽になれるんだよ。アレだ、麻薬みたいな感じだ。薬物だよ」

「………大丈夫なんですか、それ……」

「大丈夫。合法だよ」

「いやまあ確かに法には触れてないかもしれませんけど…」

音楽中毒者ミュージックジャンキーなんだよ。私は」

音楽中毒者ミュージックジャンキー…ですか……」

「緋もそうじゃないのか?」

「私も…ですか?」

「ギターぶっぱなしたら、それでどんな痛みを消し飛ばせる。違うか?」

「……確かに、そうかもしれません」

「それで、それを誰かに届けられたなら、みんなも一緒に痛みを消し飛ばせるんだろうね」

「誰かに…届ける……」

「音楽って、自分がやるのも良いけど、誰かに聴いてもらって初めて意味を持つとも思うんだよ。緋も誰かに聴いて貰ったらどうだ?」

「聴いて貰う…ですか……」


その先輩の言葉がきっかけで、演奏動画を投稿するようになった。


何度も、虐められて折れそうになる度、先輩の言葉が私の命を繋ぎ止めていた。

「敵がいるなら音楽で黙らせちまえよ」

後にAggressive Attackの歌詞の根幹になる言葉だった。


決して、先輩は私を虐めから助けてくれた訳では無いけど、この心臓の鼓動を支えてくれていた。


───けれど、その日々も長くは続かなかった。



「………退学…ですか」

「そう悲しい顔をするなよ、緋。分かりきってた事なんだよ」


───3学期。先輩が高校を去ることになった。


「親なんていなくて、自分で生きてくしかなくて、バイト詰め込んで、追い込まれて……勉強なんてやってられないってのは、人が聞けば言い訳かもしれないけど、私は強い人間じゃないからさ。なんでここまでして生きていかなきゃいけないのか分からないから、私には拠り所が必要だった。…だから私は音楽をやるしかなかったんだ」

「先輩……」

「……だからいいんだ。これで吹っ切れる。…緋とはお別れになるけど……私は音楽やめるつもりはないから心配するな。もうこれでしか私は生きられないからな」

先輩は背負ったギターを指でさす。

「楽器ぶっぱなして、歌ってる間だけは私は本当の私でいられた。だから、生涯やめることはないだろうな。………ま、その生涯がいつまで続くかは知らないけどな」

「…そんな悲しい事言わないでくださいよ」

「大丈夫だって。私は、私に正直に生きていく。だから、緋も、自分に正直に歌えばいい。それで、共に音楽(いみ)を背負ってくれる仲間を見つけろ」

「仲間……?」

「音楽は、人を繋ぐんだ。私は確信してる。緋の放つ音は、絶対に人に届く。だから、もし私がいなくなって学校に行くのが億劫なら、学校なんて辞めて音楽に人生を賭けてみろ。バンドをやるんだ。緋」

「バンド……」

「必ず君を見つけてくれる。どんな悲しい事も辛い事も怒りも幸せも喜びも一緒に背負ってくれる人が、君を見つけてくれる。だから、負けるな。死んでも生きたまま死ぬな。君は一人で生きてきたからか、なんでも自分のせいだと思ってしまう癖があるみたいだからな。自分は幸せを願っちゃいけないとか、そんなことを思う必要は無い。仲間ってのは、君のわがままを許してくれる存在なんだから」




◇◇◇




蒼と離れると涙が止まらない。

蒼と再会した時も泣いてばかりだった。

蒼といる時にしか、私は私でいられなくなったのかもしれない。そもそも、蒼がそばにいてくれないと、私はまともに生活していけない。

眠ることも、食べることも。何もできない。生物として基本的なことすらも、まともにできない。

存在価値の無い、ゴミだ。

誰かに必要とされることはあっても、それが有意義であるとは言いきれない。

そんな価値のない人間が、蒼と一緒にいたいなんてほざいていいわけがない。

もう散々だ。

蒼の家から私物と共に包丁を拝借して、1人彷徨い果てる。

もう消えてしまいたい。

音楽も何も、もうどうでもいい。

大切な人を傷付けるのは死ぬより辛い。なんて、死んだこともない分際で偉そうに言ってみた。

そうやって、半年ぶりの廃屋の中でキラリと光る包丁の刃を眺めながら数日が経過していた。

私は首に刃を向ければ向けるほどに、蒼の姿が思い浮かんでその手を止めてしまう。

「蒼に傷付いて欲しくないの……そうでしょ……私が決めたんだから……」

音楽が私の生きる意味だと思っていた。音楽でなら世界は認めてくれると思っていた。でも全部無駄だった。音楽で繋いだScarletNightは、結局暴力に負けて崩れ去った。

何をやっても、味方ができても、何を手に入れても、全部消え去ってしまう。

大切にしていたものも、全部。

世界に嫌われている。もう、消えた方が楽になれる。

何度も死のうとした。死ぬのは怖かったが、それ以上に、人を殺す勇気がなかった。少なからず私は、私だけは私を愛してあげようと思っていたのかもしれない。

今、私はまた挑もうとしている。もう何も感じない。自分が大切だとか、死ぬのが怖いとか、人を殺すのが怖いとか、そんなことは微塵も思っちゃいない。

ただ、心にあるのは蒼と、紫音と黎だった。

蒼のそばにいたい。大好きな音楽をやっていたい。このバンドで成り上がりたい。

いつだって本心は、自分を殺そうとした時に食らいついてくる。

「………邪魔だよ……」

矛盾して暴れる思考回路に怒りを覚え、勢いのままに自分の腹部を切りつける。

「邪魔なんだよ……邪魔しないでよ!私がいると蒼は不幸になるの!!私がいてあげないと幸せになれないかもしれないけど!!蒼があんな目に遭うくらいなら私は消えていなくなった方がいいに決まってるの!!私は何一つ持ってない!!誰からも愛される資格がない!!ゴミのくせに高望みするな!!」

やたらめったらに地面に緋色の花を咲かせた包丁がガランと音を立てて落ちる。

「………」

ふらふらと数歩進んだところで、力が抜けて崩れ落ちる。

「まあいい……これで………死ねそう…じゃない…?」

体温が失われていくのを感じながら目を閉じる。


「───緋。なにしてんの」

──何者かに声をかけられる。ScarletNightの誰の声でもないが、私は知っている声だった。

「……誰……私…ようやく楽になれるところなのに……」

「そうやって楽になる資格なんて無いはずだよ。音楽家なら、音を放って楽になれ」

「……うる…さい…なぁ……」

「バンドはどうすんの」

「…しらない……私が関わるべきじゃないから……もう無関係……」

「負けんな」

「……」

「このまま死んだら君は負けたままだ。終緋。敵がいるなら音楽で黙らせろ。自分が何を言いたいのか分からないなら音楽に意味を託して叫んでみろ」

「先輩………ッ………」


────廃屋の中で、倒れた緋を見つめるのは、あの日屋上から飛び降りようとしていた緋の手を掴んだ『凪幌歌』だった。


「……何でここが……」

「さあ。何でかな?」

幌歌は怪しげに笑う。なんでも分かっている、なんでも知っている、そんな振る舞いを彼女は見せる。

「……謎の人ぶる癖は変わらないんですね…先輩……」

「ほーらじっとする。傷塞がないと死ぬぞ~」

無理に起き上がろうとする緋を止め、仰向けにする。

「…ScarletNightまで奪われていいのか?緋」

「………」

「……私が言ったこと、覚えてるか?」

「なんの事ですかね…」

「仲間ってのは、君のわがままを許してくれる存在なんだぞ、って」

「……」

「君は優しい奴だからな。遠慮してるんだろ」

「……遠慮……ですか……」

「……君は自分が悪いとか、自分のせいでとか、そんな風に思う癖が付いてしまってるんだよ。9年間かけて、ようやく出会えた仲間。君は大切な人を失うことを恐れているんだ。…蒼が転校していった時。私がいなくなった時。そうやって人がいなくなるのも、自分のせいだとか思っている節がある」

「……なんでも…知ったように……」

「…君の思っていたことを当ててやろう。君は自分がいない方が誰も傷付かずに済むと思っている。本当は一緒にいたいとか思いながら。自分は消え去ってしまえばみんな不幸にはならないと思い込んでいる」

「………」

「いいか。バンドってのは運命共同体なんだよ」

「───!!」

「たとえどんなに辛くても、全員それを承知で一緒にいるんだよ」

「………先輩………」

「君がやるべき事、私が教えてやらないとダメか?」

「…いいえ。必要無いです」

「じゃあ行け。君を信じて待ってる人がいる」

「…うん。……手当ありがとうございます」

「雑だから傷跡は残るだろうけど」

「いいんです。歩くための足と、歌うための喉とギター弾くための手さえあれば私は生きていけるから」

「……ああ」


荷物を背負い、廃屋を出る。

やらなければならないことは分かっている。

私は蒼と、ScarletNightをやりたい。

しんどくても、辛くても、全員巻き込んでやる。

一緒に背負えと言ってやる。私がバンドのリーダーだから。私が、皆を引っ張るんだ。

負けない。終わらせない。絶対に───。




……To be continued

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