第3話【社会不適合ドラマー】
────つまらない。こんなのは私がやりたい演奏じゃない。
「───やめだ」
私はドラムを叩く手を止め、スティックを置いた。
「え…?」
「紫音?」
「…昔はもっとゴリゴリのロックだったよな…。お前ら、何とも思ってないのかよ」
私がそう言葉を発した時、メンバー3人は黙りこくって何も言わなかった。ただ、沈黙が流れた。楽器の音も、声も、何の音も無い、静寂の一瞬が過ぎた。
「少なからずバズるとは思う。けどそれだけだ。聴いてて、演奏してて、私が出せる感想は、ああ、売れそうだな、人気出そうだな、ってだけ。何も感じない。心を揺さぶられるような、強い衝撃を感じない」
「紫音…。前も言ったけど、これは事務所の意向で、新しいことに挑戦しようって───」
「───それが建前だってことくらいお前らも気付いてんだろ」
「っ……」
「私が馬鹿だから気づかないとでも思ったか?事務所は私らをメジャーに行かせたかったんだろ。売れる音楽さえやりゃ売れるって確信が持てるくらい、私らの実力は評価されてたってことだ。そして、実際そうなった。けどなァ…!今までインディーズデビューまでコツコツ積み上げてきたロックバンドとしての私たちが好きなファンだって沢山いるはずだ!そんな、私たちが一番辛い思いして頑張ってきた時代から、私たちの感情剥き出しのロックを好きだって言ってくれた人らの想いを踏み躙って、これからも中身のないポップやり続けるなんておかしいだろ!」
「紫音…」
「紫音。言ってることは分かる。痛いほど分かる。でも私たちはプロ。これは仕事なんだよ?仕事っていうのはお金稼ぐための労働なの。だから──」
「──私たちは金稼ぎたいから音楽やってたのかよ」
「………」
「私は…《《そんなこと》》のためにドラムやってきたんじゃないんだ」
「ッ……」
「……計算づくの、作られたものでしかない。ロックンロールのロの字もない…。その辺にゴロゴロ転がってる、無難な万人向けのポップス。そんなつまんねぇことやるくらいなら、私はこのバンドを辞める!」
「!!」
「ッ…紫音!何を言ってるの!?もっと考えてから発言しなさいよ!せっかく…せっかく4人でデビューして、ようやくメジャーまで来たのに!!」
「私は本当の自分でいるためにバンドやってんだ!!それくらい知ってんだろ!!」
「……分かってる……分かってるけど……!」
「……自分を踏み躙ってまで、大人に従うなんてな。私が1番嫌いな生き方だ。結衣」
「っ……けど……っ」
「私はポップ嫌いなんだよ。結衣。悪いがもう私はお前の作る新曲は叩けない。私みたいな捻くれたやつじゃなくて、スカスカな曲でも喜んで叩いてくれる良いドラマー探せよ」
「っ…紫音!待って────」
「───私はSKYSHIPSを辞める」
────。
「……何やってんだろ、ほんと」
曇紫音、17歳。高校は既に中退、積み上げたものを捨てて、捨てて、無職。
「……あはは……笑えねー…」
自分自身が社会に適合できない人間だということはとっくの昔から分かりきっている。今更真面目に勉強する気も就職する気もない。
「私にはドラムしか……。ロックしかできないんだ」
こうなったら探すしかない。ドラムが欠けている状態のロックバンドの原石を。
─────。
◇◇◇
町田市のとある公演。ギターとベースの残響。
「…いい感じじゃない?」
「ええ。だいぶ形になってきたと思うわ」
2人で練習したのは、蒼と再開してから新たに作った新曲と、緋が今までに作ってきたオリジナル曲を2人用にアレンジしたもの。ベースはルート弾きが主で、ギターは適宜、前奏や間奏ではアルペジオでメロディ、ボーカルと重なるところではバッキングと切り替え、たった2人のバンドでありながらもしっかり盛り上がるように工夫されている。
「…少し休憩にしましょう」
「うん」
楽器を置いてソファに座り、テーブルの上に置いてあるペットボトルを取って水を飲む。
「…今更だけど、かなり原始的よね」
「ん?ああ、これ?まあね」
蒼は、テーブルに広げて置いてあるノートを見て言う。ノートには、 スコアが手書きで記されている。
「私は、まず好きにコード鳴らすところから曲作るからさ。感覚でさっと弾いてそれをさっと書いていく感じで……言ってしまえば、感覚で曲作ってるから、こっちの方がしっくりくる。DTMとかも一応使おうとしたことはあるんだけどね。私には合わなかったよ」
「そう。…私はいいと思うわよ。英語の歌詞も好き」
「ありがと。蒼」
疲れた両手首を回しながら、緋は感謝を伝えた。
「……そういえばなんだけど、メンバーはどうするの?」
蒼が聞く。
「宛はないけど…とにかく言えるのは、ドラムは絶対必要」
「そうよね。ドラムさえ入れば、表現できる幅が一気に広がるし」
「うん。それに加えて贅沢を言えば、ギターも欲しいかな」
「そうね。私もそう思う」
理想系はギターボーカル+ベース&コーラス+ドラム+ギター。4人組ロックバンドの王道編成である。
「まあ、ギターは追追でいいと思うけど、ドラムが必須なのは確か。…でも、私も蒼も人間関係終わってるのが難点だよね…」
「そうね……。友達もいないし」
「…でも、動かないことには何も始まらないし、頑張って探すしかないか。できるだけ私たちと気が合うドラマー」
「そうね。気が合うかどうかは確かに重要」
「バンドのメンバーのバチギスとかよくあるみたいだし、できれば仲良くできる人…」
「そんな聖人はロックなんてやらないんじゃないかしら……」
「…まあとにかく、ロックバンドやるならドラムは必須…。やるしかない。メンバー探し」
「…といっても、どうやって探すつもり?」
「とりあえず、まずはこれで」
緋は携帯を指で指した。
◇◇◇
「ドラマーはいない…か…」
フォロワー13人の緋のSNSで『バンドでドラムやってくれる人募集 #バンド #メンバー募集 #ドラム』と呟いてみたが、ドラマーの目には止まらなかった。
「じゃあ次はこっちが探すわよ」
蒼がドラマーを検索してみる。確かにドラマーは沢山いるが……。
「……で、どうやって声をかければいいわけ?」
「そうなるわよね…」
「表面だけで見れば、私たち高校中退の家出ギタリストと不登校の根暗ベーシストっていうバリバリの社会不適合者だもん……」
「誘えないし誘ったところで乗ってくれるわけないわよね…」
「……やっぱり、見つけて貰うしかないか……」
「そうね。でもどうするの?ネットじゃ声かけられることも声かけることもできないわよ」
「やっぱり、私たちはミュージシャンだもん。“音楽”で見つけてもらう」
◇◇◇
「───ダメだ。見つからねぇ」
バンド探しを初めて、はや1ヶ月が過ぎた。移動するにも金がかかる。ライブのチケットも安くはない。貯金は早くも底をつきそうだった。
色々なインディーズバンドを探して聞きまくったが、自分に合いそうなバンドは見つからなかった。
つまらない演奏なんかしたくない。もっと、感情のままに叩きたい。私がやりたい音楽は────
◇◇◇
「………よし」
セッティングを完了させ、音出しに入る。
マイク、チューニング、エフェクター。アンプも問題ない。
「…いつかは最高のロックバンドになってやる。けど、まだその領域にさえいない。私たちには、ドラムが必要なんだ」
緋は、『音楽に全てを捧げられるドラム募集してます。バンド[Scarlet Night]』と書いた紙をテープでアンプに貼り付ける。
「…いくよ」
「…ええ」
「────」
───。
────ふと音が聞こえて足が止まった。ギターとベースのツーピースの路上ライブ。
「───!!!」
──私の目は、耳は、彼女たちに釘付けになっていた。
「────」
感情のままに、楽器に、歌声に、全てをつぎ込んでぶちまける。全身全霊で音を放っていた。
これは、紛れもないロックだ。
「………あの!!」
曲が終わったその時、私は無意識のうちに聞いてしまった。
「ツーピース…だよな?」
「はい…そうですけど」
「私、ドラムやれるんだけど、一緒にやらせてもらえないか!?」
「ドラム…って、ほんと!?」
「はいっ!」
ギターの赤い髪の子にグイッと寄られて、ビビって変な声を上げてしまった。
危ない。顔はよく見ていなかったのだが、よく見るとありえないくらいにビジュが良すぎて死にそうだ。スタイルも良すぎる。この世の奇跡か?非常に良くない。女の私でも一目惚れしそうだ。ロックバンドよりアイドル目指した方がいいんじゃねぇのか…。とも一瞬思ったが、曇紫音という人間にそれを言う資格は無いしむしろそれは嫌いな発想だ。一瞬でもこんな風に思った自分を秒で恥じる。本人のやりたい音楽がロックならそれが1番いい。
「…それにしても良すぎるだろ……」
「……なにが?」
◇◇◇
「とりあえず自己紹介を…。曇紫音です。Scarlet Nightドラム志望です」
「私は緋。こっちが蒼」
「よろしく。いきなりで悪いんだけど、タメでもいいかしら。慣れなくて」
「あ、ああ。…そっちの方が私も助かる。敬語ってのはどうも苦手で…。でも見たところ同い歳くらいだよな」
「私と蒼は今年で17」
「じゃあ私の1つ下か。高校生?」
「中退」
「不登校」
「ロックだなー」
「紫音はどうなの?」
「え…中退」
「なんだ、同じじゃん」
「やっぱり何か事情が?」
「ああ、実は───」
─────。
「───なるほどね…。ロックバンドやってたのが、バズり重視のポップばっかりやるようにになっちゃったわけか」
「そうなんだよ」
「でも、かなり思い切ったことしたわね。稼げるところまで行って高校もやめたのに。流石にロックね」
「まあ……自分でもバカな事したとは思ってる。でも……自分の信念曲げるのは嫌なんだ。私は、本当の自分でいるためにドラムを叩いていたい。自分のための音楽で、私は上に行きたい。…さっき初めて聴いたばっかりだけど……その音楽が、お前たちの音だって私は思った」
「……そう。…分かった。いいよ。バンド、一緒にやろう」
「いいのか?」
「うん。歓迎する。ちなみに私人間関係終わってるし、人付き合い苦手だと思うんだけどいい?」
「中退と不登校でロックやってる奴が人間関係まともなわけねーだろ。私含めて」
「たしかに。じゃあ、これからよろしくね、紫音」
「ああ、よろしく。緋、蒼」
◇◇◇
「ギターとベースとドラム。ようやくピースが揃った」
「紫音のドラムで曲が何処まで変わるか。早く試してみたいわね」
「任せろ。やめちゃったけど、一応メジャーデビューまで行ったバンドにいたんだ。その辺のドラマーよりは絶対上手いと思うぜ」
「そうだね。期待してるよ。Scarlet Nightのドラムス、曇紫音」
「お前らこそ、私の目が節穴だったとは言わせないようにしてくれよ」
「私は音楽以外全部捨てて音楽だけやってきたの。私の中で音楽は命と同義。貴女の目を節穴にはしないから。この3人で、頂点まで行く。絶対に」
「ええ」
「だな。…でもって、当面の活動方針は、ライブハウスでライブできるだけの状態に持っていくのが最優先事項って感じでいいだよな?」
「うん。私も蒼も友達いないし。とにかく動画サイトや路上ライブでライブに来てくれるファンを作ろうと思う」
「了解だ。…ちなみに、一応聞きたいんだけど、頂点ってのは結局は曖昧なぼやけたワードでしかないと思うんだけど、何か達成したい目標とかはあるのか?」
「…確かに……」
「それもそうね。なにかひとつ、目安として大きい目標を決めておくのもいいかもしれないわ」
「王道なのは武道館ライブとかだけど…」
「そうだけど……まず、王道の武道館って選択はつまらないから却下」
「おお、ちゃっかりひねくれてんな。好きだぜ、そういうの」
「収容人数で言えば横浜アリーナが有名よね」
「横浜アリーナも…どうなの?ロックバンドのライブとして」
「私たちに聞かれても……」
「横浜アリーナでライブやったロックバンドは結構いるぞ。何か気に入らないことでもあるのか?」
「いや…なんか横浜アリーナ目標にするのってなんかアイドルのイメージ」
「偏見がすぎるだろそれは」
「緋は何かないの?」
「……。…私ね。空が好きなの」
「空?」
「うん。蓋なんてなくて、ただ遥か遠い所まで飛んで行けるような開放感があって。路上ライブもそうだけど。……私、野外のライブに憧れがあるの」
「野外ライブか…」
「行ったことは無いんだけどね。……動画で見ただけなんだけど、それが……本当に、凄くて。何度も、何度も再生して……。……私の憧れのライブはそれなの。大勢のファンとひとつになって、青からどんどん赤くなって、そして暗くなっていく大空の下で歌っていたい」
「良いじゃん。憧れのライブ」
「じゃあ、目標はそのライブがあった場所ってことになるのかしら」
「うん。……武道館でも横浜アリーナでもない。私たちScarlet Nightの目標は────」
「───“ZOZOマリンスタジアム”でワンマンライブ」
……To be continued




