第28話【再壊の前触れ】
───今から10年前の春。小学校1年生の私『無城姲璃』は、同じクラスの『終緋』という少女に恋をした。一目惚れだった。サラサラの緋色の髪が綺麗で、少し俯き気味な目線や表情がやけに儚くて、凄く美人に見えた。私は彼女の事が好きで好きでしかたがなかった。何も知らないけど、ただ好きで、毎日熱い視線を送っていた。でも、話しかけにはいけなかった。彼女には、霜夜蒼という幼馴染がいた。緋は蒼といつも一緒にいて、私が入る隙なんてなかったのだ。蒼から緋を奪い取る程の勇気はなかった。だが、転機が訪れた。2年生になった頃、蒼の転校が決まったのだ。私はここぞと言わんばかりに緋に接触しようとした。蒼がいなくなった後、緋の隣にいるのは私になるべきだと思った。私がそうなりたいと願った。けど、結果は散々だ。想いはから回って、つい緋を傷つけてしまった。私の緋へのアプローチは結果的に緋への嫌がらせとなっていた。更に最悪なことに、同時期に緋への誹謗中傷がクラス内に広まっていた。蒼が転校したその瞬間から、本格的に虐めが始まった。
私はこれをチャンスだと思った。この虐めから緋を救ってあげれば、私は緋にとって紛れもない英雄になれる。緋を私のものにできると思っていた。でも、私にそんなことをする勇気はなかった。私は周りの流れに逆らえなかった。虐めは勢いを増していく。そもそも、発端は私だ。クラスのみんなは虐めの主犯である私に付いてしまって、私は虐めグループのリーダーになってしまっていた。私は、私が大切にしたかったはずの緋ではなく、周りの大勢の人間との信頼関係を優先してしまった。ただ、「私は何もしていない」と、自分に言い聞かせながら──。
「………何で今更思い出すの…?」
無城姲璃、17歳。高校2年生。ある1人の同級生を、大切に思っていただけで大切にはしなかった私を責め立てるのは、ガールズロックバンド『ScarletNight』の曲だった。
「───姲璃ぃ、どしたん?」
───気が付いたらホームルームが終わっていた。私に声をかけたのは、同級生の葛葉真優。緋を1番積極的に虐めていた子だ。
「…別に」
「…おやおや、頬杖と見せかけて袖からイヤホン通して音楽鑑賞とはなかなか不良ですなぁ」
「うるっさい。何か用?」
「昨日、調べてみたんだよねぇ、スカーレットナイト。やっぱりボーカル緋だったわぁ。……クソムカつくよね」
「…そう」
「…ねぇ、姲璃はなんとも思わないの?」
「……別に。来年は受験生だし、そんなゴミのことなんて考えるだけ無駄」
「えぇ~、ホームルーム中に音楽聴いてるクセに真面目すぎん?せっかく見つけたのにぃ。またゴミ緋虐めて遊ばない?」
「無駄って言った。9年も遊んだら普通飽きるでしょ。もう使えないわよあんな玩具。もう捨てたゴミを拾いに行かないでくれる?」
「ポイ捨ては良くないぞぉ~?ちゃんと拾ってゴミ箱に捨てないとさぁ?」
「………あんたほんと緋のこと好きよね」
「は?何勘違いしてんのキッモ。私は緋のこと大っ嫌いだよ。大っ嫌いな緋を虐めるのが好きなの。緋の歪んだ顔が好きなだけで緋のことは嫌いなの。分かる?」
「そ」
「……何、姲璃なんかちょっと冷めすぎじゃない?」
「あんたが異常なのよ。あんなゴミカスに執着しすぎ。この8ヶ月で新しい趣味とか見つからなかったわけ?」
「あるにはあるよ。でも、“1番”ってあると思わない?それが緋だったんだよねぇ、私は。緋を虐めること以上に楽しいこと無いよ。…姲璃もそうでしょ?素直になれって。優等生のフリして勉強熱心になるのもいいけど、たまに気分転換に遊ぶのもいいんじゃない?」
「……はぁ……気が向いたらね」
「おっしゃ!」
ScarletNightの曲を聴くと、心が痛くて痛くて仕方なくなる。
私が緋を壊してしまった。周りに流され、保身に走って、みんなのリーダーとして緋を壊した。こんな私が、緋を好きでいていいわけがない。何の根拠も無いまま、何の勝算も無いまま、ただ、『耐えてくれ』と祈って、自分の感情を押し殺して周りに合わせて緋を傷付け続けた。緋が退学になった時、私は遂にとんでもない事をしていたのではないかと気付くと同時に、安心した。『もう、あんな思いはしなくていいんだ』と、自分だけ安心していた。なのに。
「何で見つかるの……緋……ッ!!」
◇◇◇
緋のことを虐めていた2年生にScarletNightの存在を認知させてしまってから数日が経った。
今日も、特に何事もなく学校は終わった。
何事もなく終わるならそれに超したことはないが、黎はただただ不安だった。
いつから緋のことを虐めていたのかは知らないが、あの土砂降りに降られて透けたブラウスの下に見えたのは明らかに普通では無い傷跡だった。あそこまで酷いことをしておきながら、わざわざ1年生の教室にまで来て緋の情報を聞き出そうとするくらいだ。彼女たちがまだ緋に執着していることに間違いは無い。
「……私が……私が緋さんを…ScarletNightを守らないと……」
黎はそう思いながら、神経をすり減らしながら12月を過ごしていた。
「───ねぇ。ちょっといい?」
「……!」
放課後、校門前で2年生に呼び止められた。漆黒の髪と紫の瞳を持つ彼女は、あの日1年の教室に来ていた2年生の女子たちの中で、教室に入る時にひとこと発しただけでそれ以降は一言も喋らなかった子だった。
「昏木黎、よね。ScarletNightの」
「…何の用ですか」
「そうね……ちょっとお茶でもどう?」
「は?」
───意味が分からない。
何故私は緋さんの仇と喫茶店に来ているんだ。
「自己紹介がまだだったわね。私は2年の無城姲璃。緋とは小学校1年生の時からの同級生」
「………昏木黎。ScarletNightギター担当です」
「奢るから好きなの頼んでいいわよ」
「じゃあこのジャンボパフェで」
「1人で食べきれるの?」
「……普通のパフェで」
できるだけ財布にダメージを負わせようとしたが、失敗した。
それにしても、何故喫茶店なのか。
そもそも彼女はなんなんだ。緋を虐めていたうちの1人であることに間違いはないだろう。だとしたら、何故こうも彼女は大人っぽい雰囲気なのか。教室で絡んできたクソ生意気な先輩のような攻撃的な雰囲気がしないのは何故なのか。分からないままだ。
「……緋は、あなた達には何も打ち明けてないんでしょ」
「…え……はい。まあ……」
「そうよね…」
「……何の用ですか」
「まあ落ち着きなさいよ。…少し忠告をさせて欲しいだけ」
「何の忠告ですか」
「…近いうちに、緋はまた酷い目に遭うかもしれない」
「……何でそんなこと……」
「私のことはいい。私は緋を虐めてた。でも本当は緋には幸せになってほしかった。だからあなたに話す。ヤバい奴に目をつけられてるから」
「……あの時のクソ女ですか」
「そう。葛葉真優。彼女は本気で虐めを楽しんでた。そして、また緋を見つけて、本気で潰そうとしてる。緋の居場所ごとね」
「…緋さんの…居場所……?」
「ScarletNightよ。その中でも、特に緋が大切にしてるものから壊すはず」
「…それってまさか──」
「───霜夜蒼がターゲットよ」
……To be continued




