第26話【加害者】
「黎ちゃん!ライブ超良かったよ!!」
「ラストの曲めちゃくちゃ良かった!私泣いちゃったよ…!」
「ありがとう。そう言って貰えて嬉しい。緋さんたちも喜ぶと思う」
ライブが終わり、月曜日。学校でクラスメイトに話しかけられることも、日常的になってきていた。いつの間にか彼女たちには名前で呼ばれるようになっており、自分も敬語が消えていた。彼女たちがScarletNightのファンなのは変わらずだが、もうそろそろ友達と呼べるような関係になってきている気がする。
「あ、グッズとCD買ったよ」
「本当にありがとう。私たちも、思ってた以上に売れてびっくりしてた。今どき、CDなんてあんまり売れないものだとばかり思ってたんだけど」
「そうでもないよ。そもそも箱に行くような人はさ、こういう……なに、昔ながらの、古臭い愛し方っていうのかな。そういうのが好きな人も多いし」
「そういうものなの?」
「そういうものなんだよ」
「それにほら、CDがあるとさ。学校とかでも流せるじゃん?」
「学校で?」
「お昼にさ、放送部のラジオやってるじゃん。放送室の機械も古臭いからさ。音楽はCDで流すしかないんだよね」
「CDにも需要はあるんだね」
「あるよ。めっちゃある」
「それで、なんだけどね、黎ちゃん。スカナイ、お昼のラジオで流していい?」
「え?」
「曲のリクエストできるからさ。布教活動…的な?」
「スカナイは色々悩みのある若者には絶対刺さるんだよ。最近のクソ生意気なヒットソングより圧倒的に神だし、もっと皆に聴いて欲しいから」
「…うん。いいよ、流しても」
「やった!黎ちゃん神!」
「こちらこそ。ありがとう、私たちのためにそうまでしてくれて」
「いやいや。私たちは何も。ただ、自分たちしか知らない神バンド流して、私たちはこんな凄いの知ってたんだぜ!っていう……なに、優越感?みたいなのを感じたいのよ」
ああ、どんどん厄介ファンみたいになっていく……。
◇◇◇
「──さて、続いて本日の1曲。1年生からのリクエストです。『ScarletNight』で『愛されていい』」
数日後の昼。放送部の昼の校内ラジオで、ScarletNightの曲が放送された。
「───スカーレットナイト…?」
───2年生の教室では、何人かが眉を顰める。
「スカーレット………緋色……。…まさかね…」
曲が流れ、彼女たちの頭のモヤは大きく膨れ上がる。
「……似てる……か…?緋の声にさぁ…」
「考えすぎじゃない?」
「…まあ、そうかもね…」
「───はい。ということで、ScarletNightで、『愛されていい』でした。どうでしたか?知ってましたか?ScarletNight」
「いえ。お便り頂いて、初めて知りました」
「私もなんですよ。今年結成されたばかりのガールズロックバンドだそうです。こういうインディーズってどうやって見つけてくるんですかねぇ」
「さぁ。ライブハウスとかでしょうか?」
「ああ、その線はありそうですね」
「CDまで持っていらっしゃいますからね」
「そして、リクエスト頂いた1年生さんのコメントです。…辛くて、崩れそうな人に聴いて欲しい1曲です。世界の圧力に負けて、落ち込んで、自分が嫌いになって、自分には愛される価値なんて無いんだって思う時があるかもしれない。でも、自分の人生は自分のものだから。どんなに自分が弱くても、幸せになることは罪ではないから。こんな自分でも、愛していいし愛されていいんだって思わせてくれる、そんな、優しい曲です。だそうです。…いや~確かに。その通りだなと。聴いてみて思いましたね」
「はい。ロックバンドらしく激しい感じかと思いきや、優しい歌詞が心に沁みました。我々3年生の中にも、受験や就職で悩んで苦しんでる人が沢山いますからね。中には、本当に塞ぎ込んでしまう人もいるかもしれません。無責任に現状を肯定するだけの応援ソングではなくて、優しく寄り添ってくれるから自分が好きになれるこの1曲が刺さった人は多いと思いますよ。良い曲見つけてきますね、1年生。リクエスト、ありがとうございました」
「………スカーレット……スカーレット……緋色……」
「何?姲璃さっきから……気になりすぎじゃない?」
「うるっさいなぁ……私だって何でこんなモヤモヤすんのか分かんないのよ」
「………そんなに緋のこと気にしてんの?」
「は?誰があんなゴミカスのこと気にするのよバカなんじゃないの」
「ウケる。気にしてないとあんな毎日飽きずに虐めたりしないっつーの」
「チッ……鬱陶しい…」
「緋がいなくなって、一気につまんなくなったよね~」
「それはあんただけでしょ」
「嘘だぁ~。そっちこそ一番楽しんでた癖にぃ~」
「黙って。私は何もやってない」
「エグいな~、あれだけやってまだやってない判定なんだ」
「知らないし。私があのゴミに何をしたってのよ」
「ん~?筆箱の中身捨てたりとか?」
「ゴミのものゴミ箱に捨てて何がいけないの?」
「あっは~!確かに」
「だから何もやってないって言ってる」
「やっぱあんた最高だわ。やっぱり───」
「───緋がいた方が面白いよねぇ」
◇◇◇
「──失礼、ちょっといい?」
次の日の昼。黎のいるクラスの教室に、2年生の女子が数名やってきた。
「このクラスに、昨日の昼に放送部のラジオで流れた曲のリクエストを送った生徒はいないかしら」
「………」
ファンという雰囲気では無い。何だ。一体。曲の好みが違うだけで後輩の教室に文句まで言いに来たのか。怖すぎる。オルタナティブ・ロックは確かに人生ハッピーな人間には刺さらないかも知れないけどそんなに聴きたくないですか…。
黎はなにか怪しい感じがしたため黙秘するを決め、黎の机の周りに集まっている友達 の3人にもその意見を共有しようとする。
「黙ってた方がい──」
「──あ、それなら私ですけど…」
バカ。何で名乗り出るの!?見るからに怪しい集団なのに…。
「へぇ。好きなんだ。スカーレット…なんだっけ」
「え、あ、はい。ScarletNight…」
「そーそーそれ。…でさぁ、ちょっと聞きたいんだけどさぁ───」
「───“終緋”って子知らない?」
「──!!」
──そうだ。自分がこの高校を選んだのは、緋に会えると思ったからだった。
あの日、緋を見つけた日、彼女が来ていた制服から高校を特定し、その高校に進むことを決めたのだった。
この高校の2年生は、緋さんと面識がある。なんでこんな当たり前のことを忘れていたんだ。
「知りません!帰ってください!」
黎は立ち上がると彼女を睨んで遠ざけようとする。
「は?その反応は絶対知ってるよね」
「本当に知らないので」
「舐めた口聞いてっとマジ殴り飛ばすよ1年」
「やってみればいいじゃないですか」
「上等──」
「──先輩、やめた方がいいですよ!」
同じ中学出身の子が先輩を止めに叫ぶ。
「昏木さん元ヤクザの一人娘なんですよ…!」
「手ぇ出したら殺されます…!」
「……はぁ…?」
「───実際に1人死んでます」
「…!」
黎は目を見開く。遠い昔の記憶に色が付いていく。
「………はっ……笑えねぇ………ヤクザに守ってもらってんだ、あのゴミカス」
「ッ………誰のことゴミカスって言ってるんですか?」
緋の事だろう。頭に血が上って、とにかく今は目の前の敵を迎え撃つことに集中する。
「……ほーら、やっぱ知ってんじゃん」
「……貴女たちですか。緋さんに酷いことしてた連中って」
「は?何もしてないし。ただ友達なだけ。退学になって連絡も取れなくなってるから心配してるだけなんだけど」
「心配なんてする必要ないので帰ってください」
「……ちっこい癖に生意気だなマジで──」
「──ブッ殺されたくなかったらとっとと消えろや」
「ッ…………。………。………分かったよ」
2年生を睨んで撃退した。
「……黎ちゃんごめん、私……!」
「いい。私も忘れてた。緋さんがこの学校にいたこと…」
「緋さん、この学校にいたの?」
「…緋さん目当てでこの高校選んでね。…春に先生に聞いたら、3月で退学したって」
「…そうだったんだ……」
「……それより……黎ちゃん、凄いね…」
「なにが?」
「先輩になかなか言えないよ、あんなこと」
「あ………」
昔、みんなが守ってくれる時に言っていたセリフだった。咄嗟に口から出てしまった。
「……忘れて」
「あ、黎ちゃん!」
黎は逃げるように教室を去る。
あの言葉を聞かなかったらどうなるかは知っている。
──『昏木黎に手を出すと殺される』。そんな噂が流れたのは、小学校1年生の時だった。
自分で言うのもなんだが、私は可愛かった。両親や組のみんなにも、可愛がられて育った。顔が良いということは、それだけモテたり、逆に女子からは煙たがられたりする。
ある1人の男の子が私に近付いたのが、全ての始まりだったと思う。彼が私のことが好きだったのかは分からない。ただひとつの事実は、彼のことが好きだった女の子がいたということだ。彼を私に取られると思ったのか、彼女は私に嫌がらせを開始した。嫌がらせを受けた私は、それを組員に話してしまった。
その次の日、彼女からの嫌がらせはさらに酷くなった。「貴女のせいで私は殺される」と。知ったこっちゃなかった。
そしてその次の日、私に嫌がらせをしていた女の子は、水難事故に遭ってこの世を去った。
何も知らなかった私はただ、嫌いな奴がいなくなって嬉しかった。
自分が殺したとも知らずに、笑っていた。
強いのはいつだって暴力だ。
ある組員が言っていたことを思い出す。確かにその通りだと思う。
人とは痛みを知らなければ、自分の行いを反省出来ないものだ。
言葉で言ったところで伝わらない。自分こそ正しいと思っている人間は、人に何かを言われたところで聞こうともしないから。けれど、痛みは違う。殴られれば痛い。ナイフで斬られれば血が出るし、銃で撃たれれば死ぬ。暴力はシンプルで、とても分かりやすい。
そんな世界で生きてきた人に囲まれて、私は平和に暮らしていた。
私も、彼女たちと同じなのかもしれない。いや、もっと最低な人間なのかもしれない。
私は緋さんのそばにいてもいい人間なのだろうか。
何もかも違う。唯一、共通点は、“音楽が好きなこと”のみ。
私は、加害者だ。どの面下げて、彼女の胸に抱かれていたのか。
そして私は、彼女が死ぬ思いで築き上げた居場所を破壊しかねないことをしてしまった。昼の放送でリクエストを送ってもいいと許可を出したのは私だ。何も知らないで、何も知らないまま、取り返しのつかないことをしてしまった。もしあの2年生たちがScarletNightに関わるようなことになれば、そのケジメは絶対につけなければならない。
何が応援だ。何が協力だ。私はただ、何も知らないまま彼女の心の荒野に踏み入って、彼女の傷に埋まった地雷を起爆させるリスクを犯しているだけじゃないか。
……To be continued