第25話【銃弾と名刀】
「……だれ…?」
暗い部屋の中、布団を被ってうずくまった結衣は、電話に出た。
「やっと出た。何回かけたと思ってんの?」
「……あぁ……楓花…」
電話の主は、SKYSHIPSのメンバーである佐倉楓花だった。
「大丈夫?」
「大丈夫。楓花に心配されるほど私ヤワじゃないし」
「そう……?ならいいんだけど……」
「………」
「………あのさ結衣」
「なに」
「余裕あったらさ。今度の日曜日、RAIN OF BOWにライブ見に行かない?」
「ライブ?誰の」
「Blueloseと、ScarletNight」
「Bluelose………まだやってたんだ。…スカーレットナイトっていうのは?」
「紫音が今やってるバンド」
「………紫音……が……?」
「…うん」
「……楓花さ。煽ってる?」
「…え……?」
「期限近いのに曲できてなくて落ち込んでることくらい楓花なら分かってくれてると思ってた」
「……分かってるよ結衣のことくらい」
「じゃあそんな下らない奴らのライブなんかに誘わないでよ!!」
「ッ………でも……ずっと引きこもってばっかりで、そんな状態でグダグダやってて良い曲書けるの?書けないからそうやってまともな生活も送れてないんでしょ!?」
「……知った口を……」
「私たち仲間じゃないの!?紫音だって、ずっと一緒にやってきた仲間じゃないの!?紫音が今何してるかくらい見てあげようよ!!」
「………」
「……結衣が紫音を裏切ったんだよ……?」
「………楓花。もういい。黙って。行かないから」
「結衣───」
───電話をプツンと切る。
「…………」
◇◇◇
どうでもいいと思っていながら、結衣はライブハウスまでやって来てしまった。
誘ってくれた楓花はいない。
「……まあ、一応Blueloseは同期だし、紫音は元メンバーだし。……行ってあげた方がいいんでしょ」
今やSKYSHIPSは世間にも広く顔が知れ渡っている。このライブハウスだと特に。できるだけ目立たないようにしてライブハウスに入る。
「…!」
ほかの客は気づかなかったが、長い黒髪の店長はこちらに気づいた。
「お前…なんでこんな所に…」
「…ライブ、見に来ただけですよ。Blueloseはどうでもいいですけど、ScarletNightは見ておこうと」
「……。紫音の様子を見に来たのか」
「……まあ、そう…ですね」
「…ま、なんでもいいさ。お前がまたこの箱に足運んだってだけで私は少し嬉しいんだ。楽しんでけよ」
「……はい」
心が痛む。
……何故だろう。私は分かっている気がする。私はきっと、このライブを冷めた目で見てしまうのだ。どれだけ会場が盛り上がっても、私は全てを冷めた目で見るだけになってしまうだろう。
───そして、実際そうなった。
ライブハウスから出た時、静かにため息を付いた。
「…おい、待てよ」
「…!!」
覚えのある声に呼び止められる。振り返ると、そこにはBlueloseのボーカルの1人、空斗がいた。
「……なに」
「お前……結衣だよな」
「……空斗」
「気に入らなかったか? 俺たちのライブ」
「………ッ…」
目じりが熱くなっているのを感じながら、空斗を睨み付ける。
「……なんだよ」
「…それで売れると思ってんの?」
「……ああ」
「そんなので“稼げる”と思ってんの…?」
「………それがどうしたんだよ」
「今どきオルタナティブ・ロックなんて流行らない」
「音楽に流行りなんてない。個人が好きな音楽を聴くだけだろ」
「何も分かってない。古臭いロックやったところで誰も聴きはしない」
「……お前……ッ」
「何でBlueloseが売れなくて、SKYSHIPSが売れたか分かる?」
「……なんだよ。お前は分かるのかよ」
「音楽にだってトレンドがあるの。自分がやりたい音楽やってそれが受け入れられるなんてそんなことは有り得ない。今、世間で、どんな曲が最も聴かれやすいのか。それを第一に考えるの。…曲を作る……作品を作るって言うのはそういうことなの」
「…生意気言ってんじゃねぇよ……それで紫音を裏切ったのか」
「………。仕方ないでしょ。ああしないとプロの世界じゃやってけないんだもん」
「………」
「そもそも大前提として、『ガールズバンド』ってだけで“流行らない”のよ」
「お前らだって……」
「だからSKYSHIPSは、俗に言う“ロックバンドっぽさ”を消すようにした。バンドというよりは、“ユニット”って呼ばれ方を目指した」
「………」
「でもまあ、ScarletNightは伸びる伸びない以前の問題だけど」
「なに…?」
「作曲にセンスが無い。紫音の良さが全部死んでる。宝の持ち腐れだよ」
「お前なあ……」
「断言する。ScarletNightの曲は流行らないよ。需要は無いし、ロックなら特に、男性グループと比べて見劣りする。ここ最近、ガールズバンドをテーマにした漫画やアニメも増えてきてるけど、それはあくまでも創作、二次元だからなの。登場人物に可愛いキャラクターを使った方が人は取っ付きやすいから。そして、たとえ劇中のバンドの曲の出来が良かろうが悪かろうがアニメを見た人なら曲を聴くのよ。“アニメの曲”としてね」
「…いい加減にしろよ。何『自分は分かってます』みたいに口聞いてんだよ。お前個人の感想でしかないだろ」
「分かってないのはそっちでしょ。売れる努力もしないで私に文句言わないでくれる?」
「いい加減黙れ」
「黙らない。バンドが伸びることは無い。古いのよ考え方が。貴方や紫音、店長さん、藤宮さんもそう。いい?“曲”は消耗品なのよ!!!1曲は1発の弾丸なの!!“長く愛され続ける名曲”なんて今の時代にはもう生まれない!!!!アーティストという拳銃に装填された1発1発の弾丸で、狙いを定めて的を撃ち抜く!!!…そうやって、1曲がその役目を終えれば次弾を装填する。そうやって戦っていくのが1番賢い選択なの。分かる??」
「うるせぇな!!!そんなスカスカな豆鉄砲の弾でやられるような奴に向けて書く曲はねぇんだよ!!!」
「だからBlueloseは売れないんだよ!!!」
「他人に流されるために音楽やってるんじゃねぇんだ───」
「───うるさい。静かにしろクソガキ」
ライブハウスの店長が空斗の頭を叩く。
「いって……ぇ……」
「お前もだ。結衣。ちょっと有名になったからって、格下のバンドに嫌味を言ってんじゃないよ。何様のつもりだ」
「……私は何様でもないですし何者でもないですよ。有名なのはSKYSHIPSじゃなくて曲の方です」
「それが世話になったライブハウスの店長に対する態度かよ」
「…………すみません。帰ります」
「ああ。帰れ。もう閉店時間だ」
「……」
結衣はライブハウスの前から立ち去る。
「………空斗」
「…なんですか、店長さん」
「殴って悪かったな。痛かったろ」
「…別に……平気ですよ」
◇◇◇
月曜日の朝。少し早めに登校したBlueloseのメンバー4人は、軽音部の部室に集まった。ヒロは4人より1つ年上でもう卒業して就職しているためいない。
軽音部は現在、Blueloseの4人だけ。部室は、学校内で使える実質無料のスタジオだった。
「空斗?」
妃乃愛は空斗の顔を覗き込む。
空斗はいつになく真剣そうな顔をしている。
「昨日のライブ前以上に気ぃ張ってね?」
「ああ……。徹夜で曲作ってた」
「…珍しい。最近はずっと妃乃愛が曲作ってたのに」
「どうしても、曲が作りたかったんだよ」
「昨日のライブで火がついたのかな?」
「それにしても珍しい……」
「……。まあ、まずは聴いてくれよ」
空斗は携帯のアプリで作った音源を流す。
「お……凄……!」
「良いじゃん」
「うん。そんなに速いわけじゃないけど凄く良い!」
「叩いてみてもいいか?」
「待てって。最後まで聞いてから皆でやろう。ヒロはいないけど」
「了解だ」
4人でアプリの音源を聴き終える。
「歌詞は?」
「歌詞は、ほい」
「ありがと」
「どれどれ…」
3人はメモ帳アプリを見る。
「へぇ…」
「…このワードのチョイス……どういう意味なのかな」
「ねぇ、パート分けは?」
「…悪い、妃乃愛。ボーカルは俺1人だけでやらせてくれ」
「空斗だけで?」
「珍しい……」
「…この曲には、俺の……魂みたいなものを込めた。歌詞は全部、俺が叫びたくて書いた。だから…頼む」
「…分かった。徹夜で作ったんだもんね」
「ありがとう。……あ、ボーカルは俺1人でやるとは言ったけど、コーラスは頼むぞ」
「りょーかい」
「ちなみに曲名は?」
「ああ、曲名は───」
「───『名刀』」
「めいとう?」
「ああ。名刀だ」
「…なるほど。いいセンスだよ」
「…それで、俺は……明日にでもこの曲のデモを撮りたい」
「……!」
「……俺の音楽にかける全てを吐き出した曲だ。……これを超える曲はそう簡単に書けそうにないってくらい。それくらい本気なんだよ」
「分かった。どこまでも付き合うよ」
「本気でプロ目指すんだもんね」
「ああ。……絶対負けねぇよ。1発の弾丸なんかにはな」
───朝の高校にベースの音が低く響く。
ドラムとリズムを合わせ、ピアノ、ギターが重なり、メロディを作っていく。
──結衣。お前の言うことが間違ってるってことは多分無いんだろ。お前は真面目なやつだったから。良くも悪くもな。お前は校則もきちんと守るし、誰よりもルールに忠実だった。
お前が変わっちまったんじゃない。多分、俺のせいだったのかもしれない。俺がロックバンドが好きで、お前にそれを教えてしまったがために、やる音楽がロックになってしまっていただけなのかもしれない。ありえないくらい歌は上手いし、ギターもすぐに上手くなった。けど、お前の性格的にロックは向いてなかったんだろ。『おりこーさん』なお前は、いつだって大人や世界の常識、暗黙の了解に従うのが賢い選択だと思ってるんだ。この狭い世の中で、“上手く立ち回る”ことがお前の得意技だった。それで成功してんだから……いや、それで、“失敗をしてない”んだから、尚更、な。でも俺は…俺たちは違う。そんなのは自分を殺してるのと同じだ。誰かに自由を縛られながら、金さえ稼げればいいなんて、そんな日本のサラリーマンみたいな考え方は嫌いだ。仕事行ってペコペコ頭下げて帰って寝てまた仕事に行くって、普通の人生を送るなんてつまらないから。誰にも従わず、本当に好きなことをやらせてくれよって。この時だけは自由でいるために音楽やってんだよ。それが心を動かして、誰かに届くならそれが1番いいんじゃねぇのかよ。音楽ってのは、1時の流行りなんかじゃない。そんな金のことしか考えられないものは長続きしないぞ。真逆の音楽で立ち向かってやる。お前が長い時間かけて、流行るように、バズるように、って、世間のことだけ考えて作った1発の銃弾と、俺がたった1晩のうちに全身全霊を込めて打って鍛えてきた一振の刀。どっちが『良い曲』か、思い知らせてやる!!!!
───リードギターのヒロが欠けていても、物凄い鳥肌が立つ程の出来だった。
「めちゃくちゃ良い……」
「どうしちゃったの空斗……マジで覚醒した?」
「さあ……どうだろうな」
……To be continued