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<スカスカ>  作者: 連星霊
第2章【Shake it all off】
23/50

第23話【聴かせたかった】

黎は、暇さえあれば動画サイトに投稿した自分たちのミュージックビデオを再生していた。投稿されてから1週間足らず。再生回数約2000回のうちのその1割以上は黎による再生だ。

「…本当に良い………」

何回見ても飽きない。自分たちが作った渾身の作品だ。頑張ってレコーディングして作った音源も、さくなと頑張って作った映像も。

でも、これからはこれ以上のものを作っていく。

「……何度でも。何度でも…」

バンドを続けていくなら、曲が増えていく度に、レコーディングも、ミュージックビデオの制作も、ライブも、何度でもきっと繰り返していくのだろう。その度に、前回よりも、前回よりも、と、上を目指していかなければならない。けれど、繰り返せば繰り返すほどに、どんどんのめり込んで、好きになっていくものだ。ギターを始めた時も、緋を見つけた時も、このバンドに入った時も。全部同じ事だ。

きっと、この先、何年も続けて、何度でも繰り返していく。辞めたいとも思わないけれど、きっと、どうしても辞められなくなる。辞める時なんてきっと来ない。もし終わる時が来るとしたら、きっとその時は私が死んだ時だ。

そういえば、お母さんも同じことを言っていたような気がする。「もしギターを辞める時が来たとしたら、それは私が死んだ時かな」と。そう言われた時、確か、私は泣いた。お母さんが死ぬなんて、少し考えただけでも物凄く怖かったからだ。そして、その時考えたくもなかった出来事は、現実のものになってしまった。

「…………だめだめ!!何暗いこと考えようとしてるの…私!!もうすぐライブ!!ライブなんだから……」

振り切ろうとするが、何故か、ギターを弾く母の姿が目の前の景色に焼き付いて消えなくなっていた。

「………お母さん………」

掴めない母へ手を伸ばしてしまう。

「っ………あ…!!」

部屋と部屋の仕切りの溝に躓いて転ぶ。

「いッ……た……ぁ……」

畳に叩きつけられて悶える。

「──お嬢!!大丈夫ですかい!?」

組員たちがドタドタと慌てて駆けつけた。

「だ……大丈夫……」

「立てますか?」

「うん…ありがとう……」

手を取って立ち上がる。

「…躓いたんですか?」

「うん…」

「…懐かしいですね。小さい頃、よくそこで躓いて転んでましたね。…そのたんびに、姐さん……お母さんに撫でられてましたっけ…」

「お母…さん……」

「ああ、すいません……。思い出したくもねぇもん思い出させちまちました……」

「………ううん。別にいい」

「お嬢……」

「………寂しくないよ。私にはみんながいるから」

嘘をついた。

寂しくない訳が無い。

たまにふと思い出しては、泣きたくなる。

「……泣きたくないから」

言葉を換える。泣きそうになるだけで、泣きたいわけじゃない。

なのに、母の言葉が頭の中で木霊し始める。

───黎の演奏、楽しみにしてるわね。

「ッ………お母さん……!!!」




◇◇◇




3年前の秋。黎は中学1年生。


「文化祭、個人ステージなんてあるのね」

10月のこと。母は文化祭に関するプリントを見ながらつぶやく。

「え?うん」

「黎もだいぶギター上手くなってきたんだし、個人ステージ出て弾いてみたら?」

「個人ステージ?やだよ恥ずかしい……」

「中学でもお友達あんまりできてないんでしょ?だったら、強みを活かしてアピールしていかないと。大丈夫よ。黎ならきっといい演奏ができるし、それでお友達もできるんじゃないかしら」

「別に友達欲しいとか思ってないし…」

「嘘。お母さん知ってるよ?黎がお友達欲しがってること」

「…何でそんなこと思うの?」

「街で仲良くしてる子みると、いつも羨ましそうに見てた」

「……当たり」

「やっぱり。だから、友達作りのキッカケにどうかしら。お母さんも、中学の時にステージでギター弾いた事あるのよ」

「そうなの?」

「そう。その後、何人かに話しかけられたりして、少し有名人になった気分だったな」

「そうなんだ…」

「自分から話しかけに行くのが怖いなら、話しかけに来て貰えばいいわ。大丈夫。安心して。黎のギターは、人を惹きつける力があるわ。なんたって、私が教えたギターなんだもの」

「……文化祭、お母さんも来てくれる?」

「ええ。もちろん行くわよ」

「ほんと?」

「本当よ。お父さんと一緒に見に行くわ」

「……ん。じゃあ、やってみようかな」

「ええ。やってみなさい。黎の演奏、楽しみにしてるわね」


──それからしばらく後。本来11月中旬に行われるはずだった文化祭が、学校側の諸事情や開催日に悪天候が予想される影響で本来の日程から1週間延期になることが決定した。


「……お母さん、楽しみにしてくれてたのに…」

「追加で1週間待たされるだけよ。大丈夫。ちゃんと見に行くから」

「……うん」

母は優しく抱きしめてくれた。


────そして、それからさらに時間が経ち、本来の開催日だった日付を過ぎた頃。


お母さんとお父さんは居なくなってしまった。


「…………何で………ッ………何で……ッ……!!」


泣いて叫んで、当たり散らかした。


「お嬢…!!」

「………嘘だ……ッ…」

母の遺したギターを抱きしめ、泣きじゃくった。

「お母さん……お父さんと一緒に……ッ…演奏聴きに来るって……言ったもん…っ!!……死ぬわけない!!!」

「お嬢………ッ」

「お父さんだって!!!凄く強いの知ってるもん!!どんな悪い人が相手でも絶対に勝って帰ってくるって!!!みんなが言ってたんだよ!!!?」

「………」

「みんなの事なんて大っ嫌いだ!!!!」

怒りの矛先なんて分からないけど、ただ、辛くて、暴れてやらないと気がすまなかった。灰になった両親を見て、本当に死んだのだという事実を突き付けられると、心の底から絶望して、現実から目を背けていないと、まともに息もできなかった。

心を閉ざしたまま、時間が経っていく。

「……約束したもん……ちゃんと見に行くって……言ったもん……ッ!!!」

お母さんが死ぬ瞬間なんて私は見ていない。全部デタラメだ。嘘なんでしょ。私をからかって遊びたいだけなんでしょ。みんなはいい人ではあるけど、はぐれ者だから。 私みたいな女の子を少し泣かせてみたいだけなんでしょ。……そうなんでしょ……。

「そうであってよ……」

部屋に篭もり続けていても何も見えてこない。私は、お母さんとお父さんが見に来てくれることを願って、文化祭の日のステージに立った。

「……どこにいるの……」

いる訳のない2人を探して、時間が経っていく。

本当は分かりきっている。それでも探すしかなかった。

この体育館どころか、この学校にも、この街にも、この国にも、この星にも、この世界にさえ居るはずの無い、両親の姿を見つけたくて、体育館の隅から隅まで見て確認した。

「…………ッ………!!!!」

また、現実を押し付けられて涙が溢れ出す。けれど、ステージに立ったからには、演奏はしないとカッコが付かない。そんなプライドを守るためにも、泣きながらギターを構え、音を放った。

感情的に。感情的に。感情的に。

やるせない思いを、ギターにぶつけて、全部を音として世界に吐き出す。

「お母さん……ッ…聴いてよ……ッ」

抑えられない衝動。

「聴いてよ……っ……!!」

抑えられない涙。

「…きいて…よ…………っ……!」

聴かせたかった音とは違う。気付いて欲しくて、聞きに来て欲しくて、目立つように弾いた。

激しく、滅茶苦茶に弾きまくって、この意味の無い時間がようやく終わると、ステージの上で崩れ落ちた。

「………っ…………ッ………」

ギターを抱き締めて、ステージから逃げるように走り去る。

名前も知らない誰かにじゃない。

友達を作るキッカケなんかじゃない。

私はただ、お母さんから教えてもらったギターを、私がステージに立って演奏する姿を、見てもらいたかっただけなのに。




もうギターなんて弾きたくない。お母さんはもういない。誰も私を見てくれない。

「お嬢。学校…今日も休みですか」

「……いきたくない」

「そう……ですか。……分かりやした。連絡しときやす」

みんなのことも嫌いだ。みんな、私が組長の娘だから気にかけてくれているだけで、どうせなんとも思っちゃいないだろう。むしろ、組長が居なくなった今、私の事なんてどうでもいい存在のはずだ。いつ殺されてもおかしくない。

畳みの上に転がる。

「お母さん……会いたいよ……」

涙は枯れることなく湧き出し続ける。

「……お嬢」

「……なに」

「……姐さんに…会いにいきやすか」

「……!」

ああ、やっぱりそうか。殺してくれるんだ。この人は。なんて優しいんだろう。

「……やるなら痛くないようにしてほしいな」

「……。ほら。着替えてきて下さい。外出るんですから」

言われるままパジャマから着替えて、外に出る。

「寒…っ」

12月。曇り空の下、風が冷たくて白い息が舞い上がる。

「車、暖房効かせときましたんで」

「ぁ…ありがとう……」

黒い車に乗り、どこかへ連れていかれる。きっと人目につかないところで、一思いに殺してくれるのだろう。父と母の待つ、あの世へと送ってくれるはずだ。

「……着きやした」

「…?」

もっと死体の処理をするような場所に連れてこられると思っていたのに、連れてこられた所は想像してたものとは全く違う風景が広がっていた。

「行きやしょう」

「うん……」

12月の外は寒くて、コートとマフラーに顔を埋めてもまだ足りない。

立ち並ぶ四角い石の横を通り過ぎていく。

「……!!」

黎の目の前には、『昏木家』と文字の掘られた墓が立っていた。

「………。………なんのつもり」

「…組長と姐さんは、そこに眠ってるんです」

「………ッ……こんなもの見せるためだけに……ッ!!」

「残酷なことしてるとは自覚してやす。でも、2人だって、お嬢に見つけて貰えないのはきっと辛いままだから!!」

「ッ……」

「お嬢も同じでしょう…。何処だ、何処にいるんだって、探して回っても、絶対に見つからないから、ここに居るって教えてあげるしか出来ねぇんすよ…!」

「違う……ッ…私は………っ……そんな……そんな現実知りたくなかった……!!みんなみたいにすぐに切り替えられるほど私は強くないの!!!」

「…オレらだって、こんなの嘘だって言って欲しいっすよ」

「………みんな…も……」

「本当に……組長楽しみにしてたんすよ……!!お嬢のステージ見に行くの……!!!」

「……っ…」

「2人は……お嬢のこと大切に想ってたから!!!」

「……うん…」

「だから……お嬢には……ギター辞めないで欲しいんすよ……」

「……でも……っ」

「オレ……お嬢の演奏聴きに行きやしたよ。2人の代わりなんてオレにはできねぇですけど……辛くて、現実から目を背けようとしても、届けたいって想いは伝わりやした。だからちゃんと……2人がここに居るって……お嬢には知って欲しい……!」

「……………誰のために、そんな事するの…?」

「……お嬢のためですよ」

「…組のみんなが好きなのはお父さんじゃないの?」

「…昏木組は……もちろんみんな組長のこと好きですけど、組長の大事なもんは全部、みんなにとっての大事なもんなんですよ」

「……わかんない。私の事なんてどうでもいいんじゃないの?お父さんの娘だから気にかけてくれててだけじゃないの?」

「少し違いやすね。お父さんの大切なものだから、オレらにとってもお嬢は大切なんです。どうでもいいなんて、そんなことは絶対ないです。少し難しいかもしれやせんが、任侠ってのはそんなもんの集まりだと思って下さい」

「……うん」

「今は辛いかもしれやせん。明日、また泣きじゃくる時が来たとしても、怯まずに笑える日がきっとやって来やす。その時、お嬢は、今まで以上に強くなっているはずですから」

「……」

墓石に向かい直す。

「……お母さん。お父さん……!!私……ギター辞めないから……!天国まで届くように…頑張るから…!!見ててよ。聴いててよ!!」




◇◇◇




──あんな、参ってもいない初めの墓参りのことを思い出しながら、両親の墓を拭く。

「……お母さん。お父さん。2人が居なくなって寂しいのは変わらないよ。悲しくて、辛いけど、でも、寂しくないって言うのも嘘じゃない。私には、お父さんの昏木組が、お母さんのギターが、ScarletNightがあるから。泣きそうになっても、堪えきれずに涙が溢れ出しちゃっても、また立ち上がっていけるから」

偶然なのかどうなのか、3年前の今日が2人の命日でもある。

「…今日のお昼の1時から。私、ライブやるから。絶対来てよ」

花と共に、出来上がったミニアルバムと、Tシャツ2着、タオル2枚、リストバンド2つ、そしてライブのチケット2枚を供え、黎は両親の墓を後にした。





「──良かったのか?緋。グッズもそうだけど、ライブのチケットまで…」

椅子に座った紫音は、緋に聞く。

「…黎のお願いだもん。あんな黎、初めて見たし」


───チケットとグッズ、2人分、どうかお願いします!!皆には申し訳ないと思っています…!!でも…!!見に来て欲しいから…!!!


「あんな泣いてお願いされちゃ、ね」

「そのチケットの分も、黎は頑張ってくれるわよ」

「……ま、そうだけどさ」

「紫音の言いたいことも分かるよ。この世界にもう居ない人に向けてチケットを渡すことなんてできないかもしれない。でも、私たちは仲間だから。黎の願いを、一緒に背負ってあげようよ。…ちゃんと想いは届くから」

緋は、セットリストの紙を手に取る。

「届かせるための音楽だからさ」

「……そうだな」




……To be continued

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