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<スカスカ>  作者: 連星霊
第1章【Opening Act】
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第2話【Scarlet Night】

 私は、蒼によってなか強引ごういんに、蒼の家に連れてこられた。

 蒼との再会後、嬉しさによって忘れていた体調の悪さが、少し落ち着いたことで思い出したように一気に体を襲ってきてきて、私は蒼に頼るしかできなかった。


「──本当に良かったの…?」

 玄関の前まで来て、私はまた蒼に聞いてしまった。昔は全く遠慮なんてしなかったはずなのだが、やはり離れ離れになっていた長い時間が、自分を変えてしまったのかもしれない。

「いいに決まってるわよ。広めの一軒家なのに実質一人暮らしだし。はいって」

「…お邪魔(じゃま)します」

 蒼が扉を開け、家の中に蒼に連れられて入る。

 三和土たたきには1足も靴が無い。

 入って左側の収納上にも物が何も無くまるで生活感が無い。

 淡い照明に照らされたフローリングの床は線キズもほとんど無い。まるで新築。

「綺麗な家…」

「私が中学に上がった時だったかしら。親が今後を考えて建てたんだけど、結局その後も転勤になってしまって。せっかく建てたのに勿体ないから、って、今は私だけ取り残されている状態。学校に通うためって名目めいもくでね。…学校行かなくなったけど」

 蒼に案内され、靴を脱いで上がりすぐ左側に見える扉を開いて居間へ。かなり広いフローリングの部屋で、右側にはダイニングキッチン。左側には1段の段差の上に畳の部屋がある。

「荷物は適当に置いていいわ。お風呂沸かしてくるから、緋は休んでて」

「あ、うん」

「あ、あと熱を計っておいて。そこのたなに体温計あるから」

 蒼の目線の先には、畳の部屋があった。

「ん、分かった」

 返事をすると、蒼は先程の扉から廊下へと出ていってしまう。

「……」

 ひとりになった。それを自覚した瞬間に、また疲労感が体を襲ってくる。

 ひとまずギターケースと鞄を置いて、畳のスペースに上がる。

 茶色の棚に、分かりやすく赤十字の箱が置いてある。箱をとって、体温計を手に取り、電源を入れる。起動まで少し待つと、前回の記録であろう『34.8℃』の表示が出る。

 黒いワイシャツのボタンを外し、胸が邪魔で変な体勢になりながら体温計を左脇に挟む。

 待っているのも辛いので横になる。

 体調不良のせいもあるのかもしれないが、改めて今一人の時間を過ごしてみると、本当に蒼と再会したのかと、まだ実感が無いように思う。

 このぐにゃぐにゃした思考が晴れた時、目の前にある光景は、あの廃屋か、豪勢な自宅だったりしないだろうか。

 体温計の計測完了のピピピピという音を聞いて力を抜く。体温計を横に置いて、シャツのボタンを閉める。

「……ぁぉぃ…」

 思わず零れてしまった。昔と同じように、本当に甘えていいのなら。

「緋、待たせてごめんなさい。大丈夫?」

「蒼…!」

 明らかに元気が無いのが伝わったのか、心配そうに駆け寄ってくる。

「…ごめん……ちょっと疲れてるだけ……」

「熱は?」

 蒼は私の横に転がっている体温計を手に取って表示された数字を見る。

「…38.9度……凄い熱じゃない…」

「……凄い……かな……?」

「馬鹿…。よくこんな状態で路上ライブなんてやろうと思ったわね」

「なんで……かな…。蒼に…会えるような、気がした……から…?」

「……ありがとう。会いたいって思ってくれてて」

「うん」

「……とりあえず、大人しくしてて。寒かったろうし、喉も乾いてるでしょ」

 蒼は立ち上がると、台所まで行きカップにインスタントの紅茶を淹れる。

「蜂蜜レモンティー。飲める?」

「……うん」

 蒼は一旦紅茶をテーブルに置くと、私の肩を支えて体を起こしてくれる。

「ありがと……。……あ…」

 体を起こすが、また気が付いたら目からは涙が垂れていた。

「ごめんあおい……私……」

「……いいわよ泣いても。…泣いていい。好きなだけ泣いて、ひいろ。私がいるから」

 優しく抱き締められる。

「貴女はもう独りじゃないわ。どれだけ世界が残酷でも、私だけは貴女の味方だから。私には甘えていいのよ。どれだけでも甘えて」

 沢山抱きしめられる。

 昔と同じ。他の何よりも温かくて、柔らかくて、幸せに包まれる感覚が懐かしい。

「……落ち着いた?」

「うん。ありがとう」

 せっかく入れてきた紅茶を放置するわけにもいかない。一度体を離してもらい、飲む。

「……ん」

 温かく、レモンの香りと柔らかい酸っぱさとほんのりとした甘さが体を芯から温める。

「お風呂は入れる?着替えは私のを貸すから」

「…うん」

「一緒に入りましょ。洗ってあげるわ」

「一緒に…入るの…?」

「嫌だった?…ごめんなさい、そうよね、いきなり恥ずかしいわよね」

「いや……別に……嫌とかじゃない。ただ聞き返しただけ」

「そう?ならいいけど」

 しばらくゆっくり過ごしていると、音楽と共に『お風呂が湧きました』と音声が流れる。

「行くわよ」

「…うん」

 蒼に連れられて、脱衣所へ向かう。

「ぁ…あおい、ごめ……」

「緋…!?」

 脱衣所のすぐ手前で、体がふらりとまるで糸の切れた操り人形の様に力無くその場に崩れ落ちる。蒼はそれに咄嗟に手を伸ばして抱き寄せる。

「………ごめんなさい。辛いわよね、熱もあるのに…今日はもう寝ましょう?無理しなくていいわ」

「ううん……今のはごめん。ほんの少しだけ力が入らなくなっただけ……お風呂には入る」

「無理しなくていいから……」

「無理はしてない……汚れたままの体で蒼の傍に居続けるわけにはいかない……」

「私に気なんて使わなくてもいいのよ」

「私が嫌なの…」

「…分かったわ。ただし、本当に酷い時は言うのよ。いいわね?」

「うん。…ありがとう、こんなわがまま聞いてくれて」

「甘えていいって言ったのは私だもの」

 脱衣所へ入り、服を脱いでいく。

 昔もよく蒼の家で一緒にお風呂に入っていた。あの頃は2人とも同じような体型だったが、今はお互い身長も伸びて体の凹凸も大きくなった。

 なんとなく蒼の顔が見たくて蒼の顔を見てみる。蒼は私の体をじっと見つめていた。

「……あの………えっと……蒼?」

「あっ、ごめんなさい…」

「……見てもいいけど、あんまり見られたくない。……傷だらけだから」

「傷だらけ…?………ぁ……」

 私の体を見た蒼は絶句してしまう。

 ワイシャツを脱いで露になる私の体には、あちこちに打撲や火傷、切傷の痕が散りばめられていた。

「緋………」

「………醜いよね、ごめん」

「ッ───」

 思いっきり抱きしめられた。肌と肌が触れる。蒼の熱が直接伝わって熱い。

「私が守るわ」

「…あおい……」

「何があっても。もう二度と貴女から離れない。私が貴女を守るから」

「……。…ありがとう、蒼」

 その後、2人で風呂場へ。体を洗い、十分温まってから湯船から上がる。

 蒼の用意してくれた下着を付けようとするが、自分の胸は入らない。サイズを見てみるとD。普段のサイズはHなのでかなり小さい。

あおい……」

「なに?」

「…悪いんだけど、これ小さすぎて……どう頑張っても入らない」

「……………」

 蒼は自分の胸と私の胸を見比べてしまう。

「い、いや、蒼のスタイルも凄く良いと思う。私のは大きすぎというかさ…」

「別に気にしてないわよ。成長した緋のプロポーションとか、そんな緋が泊まりに来るシチュエーションを考えていなかった自分に腹が立ってるだけ」

「…ぇ…?」


 仕方なくこれだけはさっき着ていたもので我慢する。

「…これも正直キツくなってきたけど」

「…明日、もし緋の熱が下がっていれば服屋に行きましょう」


 髪を乾かしてもらう。蒼の優しい手が髪を撫でてくれるのが幸せだった。

 水分を取って、2階にある蒼の部屋まで連れていく。

 部屋は質素で、あまり物が置かれていない。棚もスカスカで、有名バンドのアルバムが何枚か飾ってあるくらいだ。そんな部屋で、すみの方ではなく絨毯じゅうたんのすぐ横の手に取りやすい位置に置かれたベースが存在感を放っている。木目が綺麗なナチュラルカラーのジャズベースタイプのエレキベース。

「…あおいのベース…?」

「そうよ」

 蒼はベッドに緋を寝かせながら答える。

「…フェンダーじゃん…」

「ええ。フェンダーのジャズベース。緋のギターもフェンダーだったわよね」

「…うん。ストラトキャスター……」

「何でそれにしたのか覚えてる?」

「…一目惚れ……」

「一緒。最初は音の違いとか分からないし、見た目で1番グッとくるものを選ぶしかないのよね」

「…うん」

「ん。……ほら、もう寝ましょう。体に悪いわ。明かり消すわよ」

「……うん…」

 蒼は壁のスイッチを押して照明を消す。

あおい……」

「なに?」

「……あおいはどこで寝るの?」

「…貴女のそばで」

 私の問いにそう返し、蒼も布団に入る。

「嫌だった?」

「ううん。……一緒にいてくれて…嬉しい……」

「なら良かったわ」

 蒼は優しく抱いてくれる。

「…あおい……今日はありがとう…」

 蒼の温かさに。

 声が、体が震えている。

「…本当に…ありがとう…ッ…。…私…こんな…優しくされたの初めてで……っ……味方なんていなくて……誰からも愛されなくて……ッ……1人で生きてきて……ずっと辛かった……寂しかった……この世界が嫌いだった……!!心も体も…何もかもボロボロでズタズタになって………!何度も……何度も死のうと思った……死ねなかった度に、逃げる勇気もない自分が嫌いになって……でも……」

「うん」

「……今日(あおい)に出会えて……私……初めて生きてて良かったって思えた」

「…うん」

 ほんの少しだけ、お互い、抱きしめる腕に力が入る。

「…私……頑張ったよね…」

「頑張ったわよ。緋は頑張ったわ」

「……っ…」

「偉いわ。えらい、えらい」

 蒼は泣きぐじゃる私を抱きしめ、頭を撫でる。

「もう大丈夫だから。ゆっくりおやすみ。緋」

 触れるたび、想っていたものが込み上げてくる。

 ずっと、ずっと、この中にいたかった。


 そして泣き疲れて蒼の腕の中で夢に誘われる途中の私に、蒼は囁く。

「…大好きよ、ひいろ。愛してる」




◇◇◇




 温かい布団の中の、温かい胸の中で目を覚ます。いつもの寒い朝じゃない。

「……ぁ…」


「──おはよう。ひいろ。よく眠れた?」

「ぁ…あおい……?」

 目をパチパチさせて、この光景を目から脳へと送りこむ。

「………」

 思い出した。昨日は蒼と奇跡のような再会を果たして、流れで家に泊まらせてもらったのだった。

「おはよう。蒼。蒼のおかげで過去一よく眠れた」

「ならよかったわ。体調は?」

「だいぶよくなった。熱ももう無いと思う」

「よかった…。食欲はある?」

「うん。昨日は何も食べてなかったし…」

「馬鹿。せめて栄養取らないと悪化する一方よ」

「そうだよね……」

「もし私があの場にいなかったら貴女本当に死んでたかもしれないわよ」

「それならそれが結末ってだけで」

「……そんな悲しいこと言わないで」

 蒼が今までにないくらい悲しい顔をした。ハッとなって恩人への発言を悔いる。

「……ごめん……」

「…謝らなくてもいいわ。こんな説教みたいなこと言い出した私が悪かった。お腹すいてるでしょ。残り物しかないけどいいかしら」

「あ、うん。なんでもいい。ありがとう」

 蒼と共に台所へ。

「なにか手伝えることがあったら手伝うよ」

「大丈夫よ。温めるだけだから」

 蒼は冷蔵庫からタッパーを取り出し、皿に移すと電子レンジに突っ込む。

「…ねぇ緋」

「なに?」

「抱きしめてもいいかしら」

「また泣いちゃうと思うから嫌」

「泣いていいのに」

「泣きたい気分じゃないの。体調も少し良くなって気分良い時に泣かせに来ないで」

「……そうよね。分かったわ。ごめんなさい、無理なお願いして」

「謝らなくてもいいよ、私のわがままだから。助けてもらって、家にも泊めてもらって、何でもしてもらってる分際なのに無理言ってごめんね」

「私がやりたくてやった事だから気にしなくてもいいわ。……加熱終わったわね。ほら、食べましょ」

 蒼はまとめて温めた料理を運んでくる。

 白い湯気を上げる白米。ご飯に合いそうな炒め物。そして、ワカメと厚揚げの味噌汁が並ぶ。

「いつの間に……」

「自作インスタント。お湯入れて出来上がり。…って、そんなのはいいのよ。雑なんだし。ほら、食べましょ」

「うん。いただきます」

 ───泣きたい気分じゃないと言った矢先に、1口で泣いてしまった。

「……緋……?どうしたの?どこか辛い?」

「なんか……優しくて……」

「……優しさに敏感すぎるわよ」

「…うるさい」

「ふふっ、ごめんなさいね」

「ん」

 温かい食事がボロボロの体に染みわたる。大切にされ無さすぎてバグっていた体が今、食欲を取り戻した。




「ご馳走様でした」

「お粗末様でした」

 両手を合わせる。蒼の優しい笑顔も美味しい。

「…ちゃんと全部食べてくれたわね。作った身としては嬉しい」

 蒼は笑いながら食器を片付ける。

「凄く美味しかった」

「ありがとう。今度は出来たてを振舞ってあげたいところだけど、残ってるものから先に消費していかないと大変なことになるから…」

「気にしないで。私はなんでもいい」

「ええ。でも遠慮はしなくていいから。なんでも本音を言えばいいわ」

「食にこだわり無いだけなの。…昔から」

「………じゃあ、私が緋のこだわりの食になるしかないわね」

「なんでそうなるの」

「なんでって、緋、帰る場所も無いんでしょう?だったらここにずっといればいいじゃない。それで私のご飯を食べて生きていけばいいわ」

「……でも……」

 迷惑にならないか。そんな謙遜けんそんが出てしまう。

「一人暮らしってコスパ悪いのよ。電気代水道代……たとえばエアコンとか、お風呂とか、料理とか。…それに、この家の広さも無駄にしてるし」

「……私…居ていいの?」

「いいわよ。どうせ両親は帰ってこないし。私としても、緋が一緒にいてくれると嬉しいんだけど……緋は嫌?私と一緒に暮らすの」

「嫌なんかじゃない…」

「じゃあいいわよね」

「……蒼が良いなら、甘える」

「ふふっ、じゃあ、これからすえながくよろしくね、緋」

「……うん。こちらこそよろしく。蒼」


「……それで、緋。貴女着替えって持ってるの?」

「あぁ……無いこともないけど、もうボロボロなんだよね…。正直もう捨てた方がいいと思ってる」

「…じゃあ、今日新しい服を買いにいこうと思うんだけど、どうかしら」

「…うん。いいよ。流石に服は新しいのが欲しいと思ってたところだし」




◇◇◇




 2人でショッピングモールを訪れた。

 平日なのであまり混んでいない。

 1晩を共に過ごしてはいるが、離れ離れだった9年という年月が距離感を困らせる。

 昔は、あの頃は、もっと積極的に甘えられたのに。今は遠慮気味だ。昔なら、蒼の手を掴んで「手を繋いで歩こう」と言えたはずなのに。

「……緋」

「ん?」

「……手」

「え、何?」

「…はぐれるかもしれないから手を繋ぎましょ」

「えぇ?」

 何を言っているのだろうと思う。こんな場所ではぐれるほうがおかしい。きっと気を使ってくれたのだと思う。蒼も蒼で少し不器用なのかと思うと、少し面白くて、口元が緩む。

「うん。繋ぐっ」

 少し気恥ずかしいが、蒼の優しさにとことん甘えて、手を繋ぐ。

「…やっぱり、緋の手はあったかいわね」

「そう?蒼の手もあったかいけど」

「緋のおかげよ」

「……?私の?」

「ええ。…緋がいないと、私は何もできないから」


 蒼は少し照れくさそうにして、手を握る力をほんの少しだけ強めた。




◇◇◇




「──どう?」

 試着室のカーテンを開けて、蒼に姿を見せる。オーバーサイズのワイシャツによる抜け感が良い。

「可愛い。…そんな薄っぺらい言葉でしか言い表せない自分を憎むわ」

「ありがと」

 嬉しい。蒼に褒められるのが何よりも嬉しい。笑い慣れてないせいで変な顔になっていないか心配。笑顔の作り方を思い出しながら、またカーテンを閉め、これからの季節に合いそうな涼し気な白いワンピースに着替えてカーテンを開ける。

「どう?」

「可愛い」

「これは?」

「可愛い」

「こっちは?」

「似合う。全部似合う」

「決まんないんだけど」

「もういいわ、全部買いましょ」

「そんなお金は無いんだけど…」

「私が出すに決まってるでしょ。何のためにバイトしてきたと思っているの」

「生活のためだったんじゃ……」

「いいから。どうせバイト代は持て余していたし。このくらいの出費でむしろ丁度いいのよ」

「まあ……蒼がいいなら」

「緋の幸せが私の幸せなのよ」

「…ありがとう」

 蒼はどうやら遠慮だけは許してはくれないようで。

「…さ、行きましょ、緋」

「うん。蒼」

 差し出された手を、握る。

 自分でも分かる。心臓が、今までにないくらい高鳴っている。9年振りに、いや、初めてかもしれない。生きるのが楽しいと思えている。

 手を繋いで歩き出す。

 止まっていた時がようやく動き出した感じがする。


 初めて蒼と話したあの時から。心は決まっている。自分の人生をスカスカなままで終わらせない為には、この人が必要なんだ。何でもできる。そんな気力が、活気が、湧いてくる。他の何よりも。蒼の存在が私に力をくれる。

「次、どこ行く?」

「あ、げん買っとこうかな」

「了解」




◇◇◇




 午後。緋は装いを新たに、蒼と共に人気(ひとけ)のない河川敷にやってきた。


「蒼、早速何か合わせてみようよ」

「…そうね。そうしましょう。と言っても、人とやるのは初めてだから、上手くできるか分からないけど」

 そう言いながら、蒼はベースを担ぐ。

「大丈夫だよ。私と蒼でしょ?」

 そう言って、緋は笑った。

「……!」

 蒼も、それに釣られて笑みがこぼれてしまう。

「ふふっ、そうね。私と緋だもの。私たち2人なら、きっと何でもできるわ」

「じゃあ、即興そっきょうのアドリブで。セッション」

「…いきなりぶっ込んできたわね…!」

「大丈夫!絶対行けるから!」

 そう言って、緋はストラトキャスターを鳴らす。

 Cadd9、Dsus4、Em7、Dsus4を繰り返す。緋にとっては実家のようなコードの進行。

「ええ。やってみる。やってみせるわ」

 蒼も緋に合わせて、ジャズベースを鳴らす。

 2人、アイコンタクトで意思疎通して、体を揺らして、鼻歌を歌ってリズムを取る。

 音に酔っていく。

 響く低音。心の奥底の、 体を動かしたいという本能を刺激するジャズベースの音色が、緋のストラトキャスターの温かくひずんだオーバードライブのストロークを後押しする。

 体温が上がっていく。心拍数が上がって、演奏がどんどん前のめりになって走っていく。


 ──そうか、あれはそういう事だったのか。


 今まで夢に見てきた、数々のバンドの演奏する姿。仲間と笑い合い、体を揺らす彼らの音楽。それが今、自分たちに重なっている。


 完全に息のあったベースとギターによるグルーヴ感が染み込んでくる。

 目と目を合わせ、体を揺らして、声で更にリズムを取る。

 楽しい。と、そう思った。

 長らく忘れていた、音楽への想い。

 これまでずっと、ひとりで演奏してきた。誰か聴いてくれ。誰か見つけてくれ。そう願いながら、願うことしかできなくて、なんで音楽を選んだのかを忘れていたような気がする。

 初めは憧れ。けれど、ここまで続けてこれたのは間違いなく、演奏が好きだったから。ギターを弾くのが、楽しくて、絶対にこれで生きていこうと決めたから。

 蒼が、私に、教えてくれた。


 大きく体を振る。


 ラスト。この演奏を終わらせにかかる。めちゃくちゃに掻き鳴らして、息を合わせて〆る。


 余韻に浸って、気が付いたら肩で息をしていた。


「……私、確信した」

 蒼と向き合って、言葉を紡ぐ。

「…私、ひとりじゃダメダメだけどさ。やっぱり、蒼と一緒なら、なんでもできる気がする」

「私も同じよ。緋と一緒なら、なんでもできる」

「うん。…蒼」

「なに?緋」

 私は、どうしても言いたくなった言葉を蒼に伝える。

「今度こそ。約束。…ずっと、ずっと一緒にいよう」

 それを聞いた蒼は微笑んで、優しい声で返した。

「ええ。勿論。ずっと、ずっと一緒にいましょう。緋」

 2人笑いあって、楽器を下ろした。


「…すっかり忘れてたけど、バンドの名前決めないと」

「そうね。名前が無いと、活動しようにもできないわ」


 ベンチに座った2人は、 本格的にバンドの活動を始めるためにまず1番大切なものを決めにかかる。


「名前か……」

「難しいわよね」

「私たちのこと、曲のこと、全部を背負うものだから、適当なのにはできない」

「そうね。…まあ、今どき意味わからない名前のバンドも結構ある気がするけれど……それは私たちには合わないわよね」

「どうせなら、オシャレでかっこいいやつがいい。私と蒼の生きる意味を背負う名前……」

「緋と、私の生きる意味を背負う名前ね。…ひとまず何か使えそうな単語とか調べる?」

「ん、じゃあそうしよう」

 2人は携帯を取り出す。

「…で、何て検索したらいいのかしら」

「え……うーん……」

「……急いで決めなくてもいいわよ。まだ2人だけなんだし」

「でも、名前もないんじゃ活動のしようもないし……」

「まあ、言いたいこともわかるけど……そうだ、一旦、カッコ仮の名前を決めたらどう?」

「…まあ、そうだね。それならちゃんと結成してから決めれるし」

「ええ」

「……よし。じゃあ、1回弾くよ」

「休憩はもういいの?」

「1回だけ。私と蒼の音楽をもう1回感じて、決める」

「…ん。分かったわ」

「私は思うように弾く。蒼も好きなように弾いて」

「ええ」


 ────気づけば、日が殆ど沈んでいた。


 夕方から夜に。ビルに隠れた緋色の上には星のない夜空が広がっていた。


 私たちは好きに生きればいい。

 縛るものは無い。

 自分が自分でいるための音楽をやればいい。


 ついひいろ霜夜しもよあおい、2人の音楽を、ここから、始めるんだ。


 空を見上げて、私たちこそは人工物の輝きに負けてたまるかと思いながら弾き散らかして、2人は息を合わせてこの一瞬の時間を終わらせた。



「──Scarlet Night。これどう?」



「───文句無いわ」



……To be continued

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