第16話【Friend or Fan?】
黎は適当に授業を聞き流しながら、頭の中でScarletNightの曲を思い浮かべていた。
現状、ScarletNightのオリジナル曲は6曲。緋の言うようにCDを作るとなれば、あと4曲は欲しいところだろう。
ソロ時代やスカレ黎明期の曲をリメイクしたりはしないのだろうか……と、脳内でひっそりと厄介古参ファンムーブをかましてみる。
ぼーっとしながら、今日の授業を終える。
さっさと教室を出ようとした時、3人のクラスメイトが黎のところへやってきた。確か名前は……なんだっけ。
「ねえねえ、昏木さん」
「…はい?」
人に話しかけられるなんて滅多にない事だ。何せ、小中学では、家柄のせいでみんなに怖がられてまったく近寄られなかった。高校にもなると流石に何も思わないか。せっかく話しかけてくれたのだ。これを機に、友達になる努力をしてみることにする。
「あの、勘違いだったらごめんね。昏木さん、バンドやってたりする?」
「はい。やってますよ」
突然の質問で戸惑ったが、隠す理由もないので正直に答える。
「やっぱり!?日曜日に路上ライブ見てさ。あれ、昏木さんかなーって思ってたの!」
「昏木さんギター弾けたんだね!めちゃくちゃ上手くてびっくりしちゃった!」
「バンド名、ScarletNightだよね。曲も凄く良いし、メンバーみんな美人だし凄いよね。私、路上ライブ1回見ただけでもうファンになっちゃいそうでさ。色々調べちゃった」
あ、友達じゃなくてファンになっちゃった………。
「なかなかいないんだよね。洋楽というか…UKロックに影響受けたタイプのギターロック、っていうのかな?その系譜のガールズバンド」
「分かる。なんか、ガールズだけどガールズっぽくないのよね。曲の作りもそうだけど、ボーカルの声質かな。他にない声してるよね」
「そうそう。ボーカル、歌唱力本当に凄いんだよね。ただ歌が上手いって訳じゃなくて、グッと来る歌い方っていうのかな?感情乗ってるって感じ。それがめちゃくちゃ好みでさ」
「で、コーラスも凄い良いのよね!ハモリが死ぬ程綺麗だし、ボーカルとの…何、絆…?みたいなのが感じられて、本当に好きなの」
「色々褒めて頂いてありがとうございます。メンバーのみんなに言ったら、きっと喜びますよ」
「こんなの褒めたうちに入らないって。ただの感想」
「褒めようと思えばもっと褒めれるよ」
「……ちょっと今はいいです…」
やばい。こいつら本当のファンだ。
「ちなみにいくつか質問してもいい?」
「はい。答えられるものであれば」
「動画さ、路上ライブの映像ばっかりだけど、ちゃんとした音源っていうか、ミュージックビデオとかは出さないの?」
「あ…それなら、完成がいつになるかはまだ分かりませんが、近いうちにやりたいと思って計画してます」
「そうなんだ。良かった。やっぱりちゃんとした音源で聴きたいなって思ってさ」
「CDとかは出すの?」
「それも、次のライブの時に物販に出せるようにしたいと思ってます」
「え、ライブやるの!?」
「あ、11月末か12月あたりにやろうかと…」
「ほんと!?ねぇ、前売り買ってもいいかな?」
「え?はい、まあ…」
「いいの?ありがとう昏木さん!」
「ライブの日程決まったら教えてよ。絶対見に行くからさ」
「は、はい」
昏木黎、高校1年生。10月。友達は0人のままだが、ファンが3人できた。少し嬉しい。
◇◇◇
学校から、蒼の家へ直行する。いつもは降りない駅から電車を乗り継ぎ、郊外の緑のある場所へ。坂を登り、まるで隠れ家のような素敵な家が緑の間に現れる。
「ここが……緋さんと蒼さんの愛の巣……」
語弊のある言い方だがそれがあながち間違いではないということを黎はまだ知らない。
チャイムを鳴らして反応を待つ。
「遅くなりました。黎です」
「今出るわ」
玄関のチャイムのスピーカーから蒼の声が聞こえ、少しだけ待つと扉が開いた。
「いらっしゃい。学校終わりに悪いわね」
「いえ。バンドの仲間と過ごせるなら疲れも気になりません」
「そう。入って。何か飲み物いれるわ。黎はコー……ココアでいいかしら?」
「…今コーヒーって言おうとして止めましたよね?」
「甘いものの方がいいかと思って…」
「…まあ、はい。コーヒー飲めないのでココアでお願いします」
「飲めますってパターンじゃないのね…」
「普通女子高生はコーヒー飲めません」
「そう?」
「そうですよ。決して、私の舌がお子様だなんてことではないです」
「まあ、そういう事にしておくわ」
蒼に案内され、居間へ。
「…!」
かなり素敵な空間だった。フローリングのスペースを挟み、1段上の畳の部屋と、カウンター型のキッチン。フローリングのスペースの上は吹き抜けになっており開放感がある。
「オシャレな家ですね…」
「ありがとう。父も喜ぶわ」
蒼がコップにお湯を注ぎながら笑う。
「お、黎が来たか」
「やっぱり紫音さんもいらしてたんですね」
「まあな。今日は一日ここで作戦会議しつつゆっくりしてた」
「緋さんは?」
「それが、今日1日ずっと眠そうにしてて。部屋で休ませたわ」
「そうですか…。大丈夫なんですか?」
「大丈夫だと思う。…少し、気を抜いてくれたんじゃないかしら。安心してくれたというか…」
「安心……」
「だから、心配はいらないと思う。でもごめんなさいね。せっかく来てくれたのに」
「いえ。緋さんに無理をさせる訳にはいけませんから。また元気な時に会えばいいだけです」
「ありがとう。…それじゃあ、今日3人で話して決まったことを伝えるわね」
「はい」
黎は蒼からココアを受け取り、畳の部屋へ上がって座る。
「グッズのデザインのイメージはこんな感じに決まったわ」
蒼の携帯の画面を見る。
スカレTシャツ、スカナイTシャツ、マフラータオル、ラバーバンドの4つ。
「かっこいい…!」
「こうして見ると、ようやく活動が本格的になってきたって感じするな」
「ですね」
「最初だし、あまり収益性は考えない方向で行くつもりだけど、小遣い程度にはなると踏んでる」
「でも、その第1歩が肝心ですよね」
「そうよ。ここから少しずつバンドを大きくしていくの。ファンを増やして、そのファンを裏切らない良い音楽をやっていけばいいわ。それを続けていくだけよ」
「ですね」
「だな」
「あと、CDのことだけど、とりあえずは、今ある5曲を収録したミニアルバムを作る方向で進めるつもりよ」
「ミニアルバムですか」
「ああ。まずはミニアルバムを作って、オリジナル曲がアルバムを作れるくらいまで増えたら、それも収録してファーストアルバムを作る」
「ミュージックビデオも作りたいし、早めに音源は作っておきたいから」
「曲が増えるのを待つ間にも、活動を進めたいってことですね。了解です」
「それで、音源が出来たら、さくなと予定を合わせて撮影も始めようと思う。CDジャケットも撮らないとだし」
「レコーディングも撮影も、楽しみです」
「ええ。そうね」
「アー写も新しいの撮らないといけないしな。良い写真撮って貰おうな、黎」
「はい!」
◇◇◇
───最近、少し生活が変わったような気がする。
自分でもよく分からない。
今までずっと、何かしらに怯えながら生きてきた。
家にいれば親に。学校にいれば同級生と先生に。街に出れば、知らない大人に。いつも常に何かに怯えていた。
味方なんていなかった。誰にも頼れなかった。自分だけを信じていくしか無かった。何の力も無い自分に、期待なんてできないけれど、それでも自分に想いを託すしかなかった。
どれだけ痛めつけられても、どれだけ罵声を浴びせられても、『いつか奴らを見返して下さい』と自分に祈ることしかできなかった。
そんな日々が何年も続いた。夢も希望も見失ったまま、奴隷のような人生を送ってきた。
多くの大切なものを失いながらも、ギターと歌だけは手放さなかった。そして蒼に出会い、音楽を通じて色々な仲間に出会った。
歌う楽しさを知った。バンドの面白さを知った。ライブでの一体感を知った。かつてはこの世界の全てが敵に見えていたのに、今はそんな風には思えなくなってきたような気がする。ちゃんと私を見てくれる。聴いてくれる人がいる。毎日、そばには大切な人がいてくれる。
そう思うと、今まで張り詰め続けていた緊張の糸が切れるように、安心しきってしまう。
朝、目が覚めて隣に蒼がいる。そんな日常が続いたことで、私の警戒心は徐々に薄れて行ったのかもしれない。
夜、ちゃんと眠れているのに、あまりにも眠たくて横になってしまうのはきっと、この幸せな生活に慣れてきて、ここに敵がいないことを知って、安心しきってしまうからなのではないか。
そんな事を一瞬でも思い浮かべると、幸せに酔う自分に何の恨みがあるのか、私の脳は過去の記憶を掘り起こして突き付ける。
終緋。お前は悲劇のヒロインでいるべきだろ、と。
……To be continued




