第15話【何も知らない】
黎は授業を適当に聞き流しながら、窓の向こうの空を眺めていた。
───3人は今頃、バンドのことについて真剣に考えているんだろうな………。いいな……私も高校辞めちゃおうかな……。
◇◇◇
紫音は、蒼の家を訪れた。次のライブでの物販開始へ向けてグッズの案を練るためだ。
「紫音、いらっしゃい。待ってたわよ」
玄関を開け、蒼が姿を現す。普段とは少し違う、部屋着のような、抜け感のあるラフな格好だ。緋にばかり目が行きがちだが、蒼も相当可愛い部類に入る。やはり私では勝てそうにない。ファンは2人をお求めだろう。後ろの方にいるドラムの私には目もくれない。
「入って」
「お、お邪魔します…」
家の中に入っていく。
生活感のある、良い家庭という雰囲気を玄関だけで感じられる。
廊下を少し行き、扉を開けて居間に入る。フローリングの部屋の横、開け放たれた襖を挟んで、畳のスペースがある。そこで、我がバンドのリーダーは座布団を枕にしながら寝息を立てていた。
「寝てる……」
「ごめんなさいね。もう少しだけ寝させてあげてくれないかしら。まだ眠たかったみたい」
「お、おう…」
「紫音、コーヒー飲む?」
「あ、ああ。じゃあ頂こうかな」
「ブラック?」
「ああ。ブラックで大丈夫」
「了解。座ってていいわよ。あ、緋に触ったら殺すから」
「触らねぇよ」
だが寝顔は拝見させてもらう。
あまり見る機会のない表情をしている。不安があるような、それでも安心もしているような表情にも見える気もする。…いや、私が何も分かってないだけかもしれない。人の寝顔で感情は分からない。
緋から少し距離を置いて座る。
「…ほんとに2人で暮らしてんのな」
「ええ。緋がそばに居てくれて、毎日が幸せ」
「新婚かよ」
ボソッとツッコむ。
「はいコーヒー」
「ああ、ありがとう」
紫音は蒼からコーヒーの入ったマグカップを受け取る。
蒼は緋のすぐそばに座ると、折れた座布団に替わって膝枕になり、緋の手を握って髪を撫で始める。
「…黎の時も過去話でもそうだったけど…こいつ、もしかしなくても相当重いやつか…」
「何か言ったかしら」
「いや、何も」
あぶね。声に出てた。
コーヒーに口をつけて誤魔化す。
「……そういやさ」
「何かしら」
「あの後、どうなったんだ?」
「あの後って?」
「……高校、辞めれたのか?」
「ああ、それのことね。辞めたわよ」
「…思ったよりあっさりだな。親に何か言われたりしなかったのか?」
「…何かやりたいことができたの?って聞かれたわ」
「なんて答えたんだ?」
「ええ。って、それだけ」
「…そうか」
「…そういえば、紫音も高校辞めてるわよね。紫音は何か言われたりしなかったの?」
「…私は………SKYSHIPSが売れて、『これを仕事にする』って言ったら、『頑張って』って。……応援してくれたのに、酷いよな。私」
「……SKYSHIPSを辞めた時は何か言われたりしなかったの?」
「………さあな…」
「……ごめんなさい。少し踏み込みすぎたわね」
「……いい。気にするな」
「……」
蒼は目を落として自身の膝で眠る緋を撫でる。
紫音はそんな彼女の様子を見て思う。やはり、蒼は以前と比べてもそれ以上に緋に依存してしまっているように見える。何かあった時、ふとした瞬間には彼女は緋に触れている。そしてそれに幸せを感じている。
やはり、高校での一件にケリを付けたとはいえ、その時に1度深く傷を抉られたのは、彼女の心にとってはかなりのダメージだったはずだ。
──もし、緋がいなかったら、蒼はどうなるのだろう。もし緋に何かあれば、蒼はもう二度と立ち上がることができなくなってしまうのではないか。
そんな心配が頭の中に思い浮かぶくらいに、彼女にとって緋の存在が精神の安定剤になっているように見える。
恐らく、緋も緋でかなりヤバい爆弾を抱えているはずだ。売れる売れない以前の問題で、そもそもこのバンドは崩れるか崩れないかの本当にギリギリのところで成り立っているのではないだろうか。
思っている以上に、この先の道のりは険しそうだ。
蒼は緋に依存してしまっている。黎も緋に惚れてこのバンドに入っている。緋がバンドのリーダーだということはあるが、それとはまた別で、このチームは緋という柱が崩れた瞬間に崩壊するのではないだろうか。
紫音は、蒼にされるがままの緋を見つめる。
今思えば、私は緋のことを何も知らないままだ。彼女が、これまでどんな人生を送ってきたのか。彼女は何故高校を中退したのか。何故自分の家ではなく蒼の家で暮らしているのか。何故登録者13人のチャンネルに荒らしが湧いたのか。このまま、何も知らないままでいいのだろうか…。
「なあ蒼」
「何かしら」
「緋って……何者なんだ」
「……え、何なの急に。バカにしてるの?」
「いや、ごめん。なんて聞けばいいのか分からなかった」
「何よそれ…。緋が何者か……?そうね。私の生きる意味かしら」
「…いや……そうじゃなくて……」
「………分かってるわよ。…どんな人なのかってことでしょ」
「ああ。……ある程度は察してる」
「……そう」
「緋は、学校で虐めを受けてたんじゃないのか。それも、相当酷いヤツを」
「……ッ………」
「…蒼……?」
「ええ……。でも、それ以上は言えないわ」
「……そうか」
「安易に緋の傷には踏み込めないわ。私にだって詳しいことはまだ話してくれないんだもの」
「蒼にも…?」
「私には話すって言ってくれたけど、でも、緋はまだ話してくれていない。…傷はずっと残り続けてる。思い出したくないのよ。明るく振る舞っているけど、本当は崩れるギリギリのところでなんとか踏みとどまってるのよ」
「……まあ、そんな気はしてたけどさ…」
「緋が話せるようになるまでは聞けない。分かったわね」
「……ああ」
しばらくして、緋が眠りから覚める。
「ん……」
「おはよう緋。2回目だけど」
「…蒼……おはよう…」
緋は蒼の膝枕から、這い上がるようにして蒼に抱きついて起きる。
「やっと起きたか」
「ん……?あれ、紫音…?もう来てたの?」
「お前なぁ…。私が来てからもう20分は経ってるぞ」
「ほんと?ごめん、寝すぎた…」
「いや、いいんだ。気にするな。…蒼と2人で話す機会は今まで無かったからな。新鮮だったよ」
「そう?」
「ええ。私も紫音と2人で話すのは初めてだったから新鮮だったわ。まあ、あまり内容のある話はしていないけど」
「そっか。でもまあ、ごめんね。朝ちゃんと起きて朝ごはんも食べたのに寝ちゃって。…ちょっと疲れてるのかな」
「…!大丈夫なの?今からでも布団に入って寝る?」
「大丈夫だから。そこまでじゃない。紫音も来てくれたんだし、一緒にバンドグッズ考えよう」
「……ええ。分かったわ。でも、無理だけはしないで。いいわね」
「分かってるって。心配しすぎ」
「そう……?」
「…まあ、緋が大丈夫だって言うんなら大丈夫だろ」
「……そうね。私も少し大袈裟だったかしら」
「ううん。ありがとう、心配してくれて。…私、人に心配されるとか無かったから……心配してくれるの、ちょっと嬉しい」
「…そうか……」
紫音は、蒼にくっついたままの緋を直視できずに視線を落とした。
やはり緋は、精神が崩れるギリギリのところで…いや、もう既に壊れてしまっている可能性まで出てきていた。
蒼には心を開いているように見えても、実際のところ本当にそうなのかはまだ分からないなと思う。
覚悟は決めなければならない。
私はこのバンドを終わらせたくは無い。ScarletNightで、緋と、蒼と、黎と一緒に音楽をやりたい。
蒼のような、緋がいないと生きていけないくらいの想いは持っていない。黎のように、ただ緋が好きで、緋のことを応援、協力するために仲間に入れてもらった訳でもない。私はただ、たまたま、本当にたまたま、ドラムが欠けている状態のバンドの原石と出会い、自分のやりたいロックのために仲間になったに過ぎない。けれど、だからといって音楽さえできれば他がどうでもいいなんてことは無い。
もう二度と裏切らない。緋との約束だ。
SKYSHIPSを脱退したことを後悔はしていない。けれどそれは私だけの勝手な都合だ。ほかのメンバーのことは何一つ考えていなかった。
その二の舞にはなりたくない。それだけは確かだ。
裏切らないとは言ったものの、私は彼女に本当に信用されているのだろうか。今ここで、バンドやめるわ。って言ったとして、いいよ。で済まされるとしたら、それはそもそも信用なんてされておらず、裏切りにも当たらないのではないか。
──それは嫌だ。
緋の音楽を見てきた。私は緋の仲間でいたい。この先もずっと、このScarletNightでドラムをやりたい。そのために、緋の力になりたい。理由なんてそれで充分だろ。
緋に信頼されたい。そのためにも、今はバンドのことに真剣になるしかない。
もしも緋が傷に耐えられなくなって崩れ落ちたとして、蒼も黎もダメになるならその時は私が何とかするしかないのだから。
◇◇◇
「バンドグッズの定番といや、黎も言ってたようにTシャツとかラバーバンドだよな。あとタオルとか」
「うん。製作コスト的にも、その3つから始めるのが良さそうかな」
「ええ。でも、肝心なのはデザインよね」
「だな。シンプルにバンド名のプリントでもいいけど、もう少し捻りが欲しいよな」
「フォントとかも拘りたいし、どうせならグッズ用のバンドロゴも作ってもいいかも」
「ScarletNightのロゴか」
「それもいいわね」
「ちなみに、SKYSHIPSはどんなデザインのグッズ出してたの?」
「SKYSHIPSの時は……各メンバーの手書きの謎キャラクターが書いてあった」
「なにそれ」
「調べたら多分出てくるぞ。ちなみにめちゃくちゃ高値で転売されてる」
「それほんと?」
「デビュー前のグッズは数が出てないから、超プレミア付いてる」
「…あれ、4種類あるけどどれが紫音の書いたやつ?」
「…どれだと思う?」
「ん~……分かんない」
「分かんないか…」
「教えてくれないの?」
「いや……」
紫音は目を逸らす。
「………ふーん」
緋は何かを察したようにスマホの画面に視線を戻した。
「………」
SKYSHIPSの4種類のTシャツのうち、ひとつだけ、あまりにも絵心の無い謎キャラクターが描かれたものがある。
「……ちなみに、何着か残ってないの?」
「……まあ……なくはないけど………」
「…あれ、この1番下手なやつの写真の端に写ってるスカート、紫音が前着てたのと同じ……」
「あ……」
緋が見ているフリマサイトのとある出品者の商品画像の端に、見覚えのあるスカートが写っていた。
「……」
「え、もしかしてこれ紫音?」
「……ノーコメント」
「………自分で自分のグッズを高値で売る人なかなかいないわよ」
「もしかして、これだけ売れなかったんじゃない?」
「う、売れたぞ!?…多少……」
「多少……」
「と、ともかく、私の過去のグッズの話なんて今は関係ないだろ!!?今はScarletNightのグッズのデザインを考えないと!」
「まあそれはそうか」
「でも、難しいわね。下手なデザインにすれば、それが悲惨な結末を迎えてしまう可能性は高いわ」
「あのさ、もう弄らないでくれるか……」
「でも、Tシャツを何種類か作るのも悪くないかも。それでそれぞれの好みが別れるのを見るのも面白そう」
「あ、それなら、ひとつ思いついたわ」
「ほんと?」
「ええ。2人は、私たちの略称が『スカレ』と『スカナイ』の2通りに分かれてるのは知ってるわよね」
「ああ、確かに、人によってバラバラだよな。レイボーの店長にはスカナイって呼ばれたし、LEVORGERのみんなやさくなにはスカレって呼ばれたな」
「…そういうことね、流石蒼。スカレTシャツとスカナイTシャツの2つを作ってみるってことだよね」
「正解。どうかしら」
「いいんじゃないか?」
「私も良いアイデアだと思う」
「ちなみに、Tシャツのサイズはどうするんだ?私はMくらいで十分だと思ってるけど」
「私もMくらいがちょうどいいと思うわ」
「…私は大きいサイズの方が楽でいいと思うんだけど…。せめてLにしたい」
「………」
紫音と蒼は緋の顔から少し目線を落とす。…シルエットは細いのだが、確かに彼女はMだと少しばかり窮屈になるかもしれないか。
「……。そうね。緋がそう言うなら、Lにしましょうか」
「………まあ、そうだな。私もオーバーサイズのTシャツは好きだし…」
「ごめんね。ありがとう」
「いいよ。それで、あとバンドのロゴだよな。フォント、明朝体はまんますぎるか」
「そうね…」
「あ、あれは?筆で書いたみたいなやつ」
「ああ、確かにそれかっこいいかもな」
「ええ。いいと思うわ」
「じゃあデザインはその方向で行こう。前にScarletNightは同じで、スカレとスカナイは背中側でいい?」
「いいと思うぞ」
「ちなみにTシャツの色はどうするの?」
「うーん…。何色がいいんだろう」
「私たちのイメージカラーとか?赤青紫……黎は黒かしら」
「2パターンでさらに4色分も作るとキツいぞ。1色に絞った方がいい」
「確かにそうね」
「バンドのTシャツなら、黒系の色が一般的じゃないか?黒とか紺とか」
「確かに、普段使いしやすい色にするのがいいかもしれないわね。赤とか青より」
「ん。じゃあ…思い切って白にしちゃう?」
「どうしてそうなる」
「でもいいんじゃないかしら。白も合わせやすいしいいと思うけれど」
「まあ、確かにそうか」
「没案は第2弾で回収すればいいよ」
「そうね」
「だな」
もう既にScarletNightグッズの第2弾の発売が決まった。
……To be continued




