第70話 どうしよう……
陽菜も西棟側にある林の中に行き、光に連絡しようとしたところ、「お待たせしました!!」と声をかけられた。
不思議に思い振り返ると、そこには、背が高く、どこか光に似ている人がいた。
その人物を見て、自然と、陽菜の心臓の鼓動は早くなった。
光が待ち合わせ場所を出て、実が、少し遅れてにやってきていた。
実は、人の多さに驚きつつ、深月を探したが、見当たらなかった。
たまたま、近くにいた高安に『早乙女さんって、見かけましたか?』と声をかけた。
普通の人なら、姉妹のどちらを探しているはずかを聞くはずである。
しかし、光と陽菜の関係を知っている高安は、そのまま、深月のことと理解し、西棟の方向へ案内していたのだ。
「……なんでここに……?」
「本来の待ち合わせ場所で、西棟付近にいると聞いたので探しに来ました!! わざわざ来てくれてありがと!!深月さん!!」
その時、陽菜は全てを理解した。
遡ること、2年前。
龍上系列の中学での文化祭。
その頃の、実は、兄への劣等感が強かった。
努力しても努力しても、兄に追いつけない自分が嫌いであった。
1番ではないにも関わらず、天才と評価されることに、うんざりしていた。
自分を囲んでくる女子達に何の興味もなかった。
誰も、実の、裏での努力を評価しなかったからだ。
かけられる言葉は、『イケメン!』『天才!』などの薄い言葉であった。
エリカを除き、周りにいる誰も、実のことを評価しなかった。
そんな日々にうんざりしていた。
本当の実は、兄のように、人との関わり合いを持ちたくなかった。
しかし、家の方針で、社交性を持たなければならなかった。
弱者故に、わがままは許されず、我慢をしなければならなかった。
学校行事が起こるたび、他クラスの女子が群がってくる。
誰もが、ハーレム状態を羨ましがった。
実は、そんな生活に退屈していた。
文化祭の日も同様であった。
いつも通り、群がってくる女子にうんざりしながらも、後継の為に、社交性を大切にするしかなかった。
自分を偽るにも限界があった。
実は、とうとう耐えられず、その日は、逃げ出すことにした。
近くで開催されていた、仮面作り屋台から、お面を1つもらい、被って、隙を見て、女子達の前から姿を消した。
体育館の裏で一人の時間を楽しんでいると、一人の女の子が、高校の先輩達、6人の男に囲まれているのを発見した。
その女子は、実が今まで見た女子のなかで、一番綺麗で可愛かった。
実より、背が高く、ボブヘアーの女の子であった。
その女の子は、先輩達に囲まれていた。
実は、訳ありだとすぐにわかった。
「そこで何しているんですか?」
実は、その女の子を助けるために、声をかけた。
「あ?? チビは黙っていろ!! 今から、こいつにいいことすんだよ!」
「嫌がっているではないですか!」
「雑魚は黙っていろ!!」
その女子は、足を震わせながら、「わたしは大丈夫ですから……」と、実に危害が及ばないように、逃がそうとした。
それを見て、実の怒りは頂点になった。
実は、兄の真似が好きだった。
誘拐犯から守ってくれた兄は、悪魔のように、全てが悪だった。
そんな兄に憧れていた。
「お前らこそ、小物のくせに、どうしてイキがるんだ……?どいつもこいつも、カスのくせに。あーあ。だるいな」
その発言を聞き、先輩達の興味は、一瞬で実の方に向いた。
「てめえ、後輩だからって容赦しねーからな?」
実は、挑発されて激昂した先輩達、6人に囲まれた。
先輩の一人は、一条家の取引先の息子でもあった。
悪いことをしている気はなかったが、家の問題を起こすことは避けたかったため、実は、お面を被ったまま戦うことにした。
実にとって、なんの問題もなかった。
兄に教わった合気道や、テコンドーの技を使い、一人一人倒していった。
その女子は、華麗な洗練された、圧倒的な格闘技術に魅了された。
実に手も足も出なかった先輩達は、その場を立ち去った。
「大丈夫ですか??」
実は、その女子に声をかけた。
「あ、ありがとうございます……。今の……すごくかっこよかったです」
初めて話して、今までの女子と違うことを直感した。
今までの同級生とは異なり、綺麗な目に魅了された。
初めて、異性との会話に緊張した。
「いや、そんなことないですよ……」
「いや本当ですよ!! すごく努力された技術でした。苦労されたんだなって」
「……え?」
「あ、すいいません。勝手に失礼なこと……」
自分の努力を褒められた、初めての経験だった。
「い、いや……すごく嬉しいです……」
「あれ…中学生ですよね? 何年なんですか?」
「僕は、中三です」
「え。同い年じゃん!! すごいですね……」
「そんなことないですよ……」
「……」
「……」
少し気まずい空気が流れた。
「ねえ、同い年だからさ、タメ口でいい? 助けてもらってあれだけど、わたし……仲良くなりたいし」
「そうしましょう!」
「ふふっ! 敬語になってるよ〜〜?」
「あ……すいません……あ。ごめん!」
「面白いね〜〜」
「女の人との会話なれなくて……」
「わたしの身内にも、すごい頑張っている子いるの。とっても、尊敬しているんだ〜〜。」
「そうだったんだ。僕なんかまだまだ落ちこぼれだよ。世の中にはすごい人がいるんだ……」
「わたしは、あなたが今まででみた中で、一番すごいと思うけどね? てか、なんで、仮面なんか被ってるの〜〜?」
実は返答に困った。
女子が群がってきたから逃げためと言いたくはなかった。
「い、いや。人と接するのが苦手で……」というしかなかった。
「そうなの〜〜?? さっき一瞬顔見えた時、かっこよかったし、お面外せばいいのに〜〜!」
「やっぱり、顔って大事ですか?」
「わたし、顔なんてどうでもいいけどな〜〜。もっとこうなんだろ。人間の本質的なところかな? 陰で努力して、行動で魅せるところとか? 誰かさんみたいに!! 惚れちゃう」
実の耳が赤くなってしまった。
「耳が赤いよ〜〜」
「そ、そんなことないよ!! あ、あの、今日はどうしてこの文化祭に?」
「わたし、龍上高校受けようと思ってて。ついでに中学見にきたの! 」
「そうだったんだ! 僕も内部進学で龍上高校いきます!!」
「じゃあ、会えたらいいね!! あんなことされて、行くのやめようと思ったけど、行くことにした!!」
「今は未熟だけど、もっと強くなって、いつでも助けるから安心して入って!!」
「入試受かるかな……? 今のところ模試の成績的には大丈夫だけど、本番はわからないからね〜〜」
「模試で大丈夫なら、大丈夫だよ!! 頑張ってね!」
「じゃあ、高校生になったら、探しにきてね??」
「もちろん!! 僕も、もっと落ちこぼれじゃないようになっておくよ」
「落ちこぼれなんかじゃないと思うけどな〜〜。でも、楽しみにしてるね〜! また会おうね」
「楽しみにしてる!」
実とその女子は、互いに連絡先と名前を聞こうとした。
最も、互いに、社交辞令で話しているのかと思い、躊躇した。
そして、その女子に連絡が来て、解散していった。
これが、実と陽菜の最初の出会いであった。
陽菜にとって、仮面の青年が初恋の相手であった。
一方の実も、陽菜に一目惚れをした。
たった数分の出来事。
しかし、二人にとって、忘れられない出来事だった。
姉が恋に落ちていた時、妹の深月は、平常運転だった。
深月は、屋上で開催されていた屋台に並んでいた。
そして、フランクフルトを1本購入し、男の目線など気にせず、屋上の端で食べようとした。
ケチャップをかけようとしたところ、勢い余って、思いっきり飛ばてしまった。
ケチャップは、屋上のフェンスの網を綺麗に避け、そのまま地面に落ちていった。
慌てて下を覗いてみると、そこには人はいなかった。
ただ、不思議なことに、地面にも赤い汚れは見当たらなかった。
不思議に思いながらも、大事にならなかったため、深月はゆっくりと、フランクフルトを口に含んだのであった。
光にとっては、何も楽しくない文化祭であった。
弟のハーレム状態を、ただ指を咥えてみるしかなかった。
クラスでも、行事の仕事があてがわれることはなく、ただ独りで過ごすしかなかった。
光が歩いていると、首元に何かがついた。
恐る恐る触ってみると、ケチャプであった。
白いワイシャツにもベッタリと着いていた。
深月が飛ばしたケチャップは、たまたま真下を歩いていた、光の制服に、運悪くかかったのであった。
暴行の類のイジメは経験していたが、今までとは異なる陰湿な種類のいじめに困惑した。
見上げても人影はなかった。窓の近くに人影は見当たらなかった。
光は、次なる攻撃を避けるため、屋根のある場所に瞬時に移動した。
そして、一人寂しく、汚れた制服を洗っていた。
『絶対に、ケチャップをかけたやつは見つけ出す』そう誓った光であった。
そんな文化祭後、すぐに受験がやってきた。
陽菜の結果は、まさかの不合格だった。
勉強を怠ったわけではなかった。
むしろ、文化祭以後、全力を尽くしていた。
予想外の体調不良のせいだった。
陽菜は、すごく落ち込んだ。
仮面の青年と会う運命ではなかったと、自分に言い聞かせるしかなかった。
どうせ、仮面の青年も、自分のことなど覚えていないと諦めるしかなかった。
一方の実も、高校生になるまでに、文化祭であった女子の隣に並ぶ人物になれるために、物凄い努力をしていた。
自分より背が高い女の子の隣に並ぶため、身長を伸びる効果がある全ての物事を試した。
結果として、身長を伸ばすことに成功した。
高校に入学したと同時に、各クラスを回って、文化祭の女子を探して全教室を見て回った。
しかし、そこに彼女はいなかった。
惚れたの自分だけであった。
社交辞令だったんだと痛感させられた。
名前も知らない、たった数分の出会い。
覚えている方が不思議であった。
自分が未熟だから、会う資格がなかった。
いつか、成熟した時に、再会できると信じて、努力を続けるしかなかった。
そんな二人は、退屈な高校生活を過ごしていた。
陽菜は、高校に入ると、色々な男子に声をかけられた。
どの人も、下心丸出しで、心に響くものはいなかった。
陽菜はずっと、仮面の青年を忘れることができなかった。
実の生活も、中学との頃と変わらず、兄を超えることはできず、偽物の1位を演じるしかなかった。
あっという間に、1年が経ち、編入試験の日
光が陽菜を助けた。
意識が混濁する中、陽菜の体は無意識に、仮面青年を感じ取っていた。
運命の仮面の青年に出会えて、助けてくれたのかと思った。
そして無意識の陽菜は、
「……ありがとう。……また助けてくれたね」
そう言って、光にキスをしたのであった。
光に出会った陽菜は、どこか懐かしい感じがしていた。
直感的に、初恋の彼に似ていると思っていた。
無意識に光と初恋の相手を重ねていた。
文化祭の時、光が、龍上高校出身と知った陽菜は、死ぬほど嬉しかった。
仮面の青年が、光だと思ったからだ。
階段で助けてくれた人物が、初恋の相手だった。
一度は会えなくなってしまったが、再会することができた。
運命で結ばれていると感じた。
弟がいることは知っていたが、話を聞く限り、出会った仮面の青年と違かった。
身長も女性が苦手なところも、全てが真逆だった。
そんな陽菜は、光が覚えていなかったことにショックを覚えながらも、出会えたことに感謝した。
それからの陽菜は止められなかった。
一緒に過ごしたくて仕方がなかった。
映画に誘ったのも、デートだけをしたかったわけではなかった。
初恋の内容にしたのも、運命の話をしたのも、全て、文化祭の話を思い出してもらうために。
もっとも、運命の相手は、光の弟であったにも関わらず。
実にも、奇跡が起きていた。
二年生になり、実は、兄からの裏切りを聞かされ、より一層、修行に励んでいた。
兄を超えたと思い、学校生活を過ごしていると、遠足で、2年前に『一目惚れ』した、女の子に再開したのだ。
スタイルも顔も2年前と同じであった。
実は、抑えきれない喜びを隠しながら、声をかけた。
しかし、その女子は、覚えていなかった。
実は、ずっと思い続けていただけに、ショックで、一瞬言葉が出なかった。
しかし、連絡先も名前もしらないところから、出会うことができた。
兄が消えてから、一層努力をして、すべてのレベルが上がった自分のご褒美だと思った。
自己紹介をして仲良くしようとしたところ、一瞬で地獄に叩き落とされた。
その女子の鳴った携帯から、兄と関係を持っていた事がわかった。
兄弟で同じ人を好きになってしまった。
尊敬している兄には敵わないと、無意識にその場を立ち去るしかできなかった。
しかし、遠足後、兄の性格を知ってからその女子を傷つけていたら、許さないと決めていた。
努力し続けてきた、自分にも自信があった。
文化祭に行くことを決心した。
結果として、実は、一目惚れした子を手に入れた。
それが、2年前に出会った女の子の妹だとも知らずに。
*
陽菜は、ゆっくりとウィッグを外した。
「深月さん。髪が短かったんだね。僕は似合っていると思うよ。」
「……そうじゃないの。ちゃんと見て??」
実は、陽菜のことを、顔、胸、足の順でじっくり見たが、陽菜の言っている意味がわからなかった。
「ど、どう言うことですか?」
「わからないよね……。わたしは……深月ちゃんの双子の姉の陽菜っていうの……あの時名前言ってなかったね……」
「え??……ふ、双子!? 深月さんはそんなこと一言も……。あの時って…もしかして……」
「そう……。もちろん、忘れてないよ……。でも、あなたじゃダメなの……。なんでこのタイミングで……あなたなの?? 裏切れないの…… 」
「……覚えていてくれたのですか!! 僕もあの時の約束は忘れません。僕はあなた一目惚れをしてました。 未熟だった。だから、成長してきた。深月さんと間違えてしまったのは申し訳ないですが……」
「そうじゃない! そうじゃないの……。わたしも、すごい勘違いをしていたの。とにかく、光くんを裏切れないの……」
「兄さんを……? そうか。深月さんと双子なら、兄さんと関係がある可能性もあるのか。あの、兄さんは……」
「だから!!それがダメなの!!」
「え?」
「あ〜〜〜。もう!! 言うしかないようね! わたしの初恋の人はそこまでバカじゃないでしょ??」
「え?」
「なんで、光くんの辛さをわかってあげないの? あとで、一条財閥に殺されてもいい。それでも、わたしはあなたが弟なら、本当のことを知って欲しい!!」
「……本当のこと?」
「いい?? 光くんは病気なの!! 人前では別人のように緊張して力が出せなくなっちゃうの!! 小学2年生の頃からずーっと苦しんでいたんだよ?」
「それって、力をわざと抜いて、僕を引き立たせる演技の間違いじゃないですか?」
「演技じゃないよ!」
「でも、別人すぎる……。本当の兄さんは人類が到達できるレベルじゃない」
「光くんの凄さは知ってる。でも、本当に別人級になるの。 いい? 水泳で溺れたのよ!? 助けなきゃ死んでたよ? それでも演技って言える?」
「そ、そんな……」
「どれだけ辛ったか想像つく? 前の学校では、ただ、力が出せずに、苦しんでるだけだったの唯一力が出せるは怒った時だけ。最近は少しづつ克服している感じだったよ」
「……」
「でも、なんで、言ってくれなかったんだ……。なんで、父さんまで……」
「光くんの提案に決まっているでしょ! あなたの期待を裏切れなかったの。
才能と結果乖離に悩み、心が完全に壊れながらも、弟のためを思って。
現に、あなたは光くんを目標にして頑張っていたから、すごく強くなったんでしょ?」
「はい……」
「これが真実ってわかるでしょ?」
「そ、そんな……僕は一体何をしていたんだ……」
実は、真実を伝えられ、座り込んでしまった。
「とりあえず、光くんに連絡するね。この状況見られたら大変だし……」
「僕も連絡しないと……」
二人は、光と深月に連絡した。
連絡も終わり、なんとも言えない空気が二人を包んでいた。
「もし、光くんがわたしのことを好きって言ったら、わたしは裏切れない。勘違いさせちゃったから。わたしもあなたと間違えていたことに責任はある」
「それは、そうですよ……」
「でも、もし、光くんがわたしに興味ないなら、その時は、わたしはあなたと仲良くなりたい」
「僕もです……」
ちょうどその頃、遠くで、キャンプファイヤーが開催された。
陽菜も、今後のことをどうしていいかわからなかった。
ただ、ずっと思っていた人に再会できた喜びを抑えることができなかった。
「わたしは悪い人だな…… 」
「え?」
「せっかく、再会できたんだから、踊ろ?」
「でも、兄さんが……」
「これは、光くんとは関係なく、昔、助けてくれたお礼。それならいいでしょ?」
悪いことだと思いつつ、『お礼』という言葉を口実に、実は、差し伸べられた手を取った。
全ては、第一話から決まっていました。
全ては、陽菜が間違えたところから始まりました。
陽菜の心の中には、ずっと、実がいたようですね。
光への好意は、どこか、実と重ねていたんですよ
(だから、この作品で3pは難しいんですよ。物語の根幹が崩れてしまうのでね。3pは弟のいない世界線で)
光も深月も、陽菜も実も、みんな初恋を叶えられた。
運命をかなえた、陽菜と実
運命ではなくても惹かれ合った、光と深月(ケチャップは運命ですかね?)
この作品に負けヒロインはいないと信じてます。
あと、作者のことは嫌いになっても、実のことは嫌いにならないでください!!
こっからは、両想い4人組の、気まずいポンコツ具合をお楽しみください。
あと、第1話からもう一度読んでみてください。
1周目と2周目で意味が変わるように作っておきました。
全てを知った今なら楽しめると思います。




