第62話 光 vs 深月
テストが開始して、パラパラと問題集をめくった俺は、全体的に問題を確認した。
そして、一安心した。
確かに、問題は難しくなっていた。
ただ、独自問題も、とりわけ解けなさそうな感じではなかった。
さあ、深月さん。
俺に勝てるかな?
いざ解こうと思ったところ、どこからか視線を感じた。
……なんだ?
みんなテストに集中しているはずだ。
試験監督も特に俺を見ているわけではない。
どこだ?
この嫌な予感は……
あ。
詰んだ……
一瞬にして、全身の力が抜けていった。
貧血でぶっ倒れそうだ。
だって……
前の席の、田中さんの背中に蜘蛛が……
無理無理無理。
死にたい。
黒いし、足長いし怖いんですけど……
誰か助けて……
『一条』として受ければこんなことにならなかったのに……
どうしよう。どうしよう。帰りたい。逃げたいんですけど。
このまま逃げるわけにいかない。仕方ない。俺は、色々対処法を考えた。
まずは、田中さんの背中を思いっきりぶっさすことだ。
きっと、陽菜さんに背中を攻撃され続けてきたのはこのためか?
これはストレス発散になるであろう。
急に出てきたモブのくせに、俺のこといじめやがって……
ただ、テスト中に女子の背中を刺したら、停学じゃ済まないであろう。
危ない奴すぎるだろう。
それに、蜘蛛が俺の机に飛んできたら怖い。
同様の理由で、ティッシュを10枚くらい重ねて潰してもいいが、そもそも俺は潰せない。
では……どうする?
手を挙げて先生に知らせるか?
ただ、この静かな雰囲気で声を出すのは、緊張して声が出ない。
それに、監督なんて、『そんなの気にするな』と言いそうだ。
虫が苦手なのことを、クラスのやつにバレるのは恥ずかしい。
そうか!!
陽菜さんに知らせよう!!
陽菜さんなら、俺が虫が苦手って知っているだろ?
そして、陽菜さんに先生に頼んでもらおう!!
女子生徒の意見なら先生も聞くだろう!!
一瞬、陽菜さん方を見たが、珍しく陽菜さんは集中して問題を解いている。
まあ、今回の問題難しいからね??
ねえ、誰か助けて!!!
誰か!!! 深月さんを隣のクラスから連れてきてよ!!!
無理か!!!
ふと、田中さんの背中を見ると、さっきまでいた蜘蛛がいないぞ……?
どこだ!?
少し目を離した隙に、背中にはいたものの、移動していた。
その後も試しに何回か目を離すと、その度に蜘蛛は田中さんの背中を移動する。
そうか。
お前を見張っていれば、お前は動かないのか。
俺はテストのことなどは忘れ、蜘蛛だけを物凄い圧力で見張っていた。
気がつけば、45分が経過してしまっていた。
蜘蛛は見張っているからかほとんど動かなかったが。
え。やばいって。
まじで白紙だぞ……
このまま、他の試験も背中にいたらどうしよう……
え。
俺……下の10位になっちゃうじゃん!!
まさか……深月さんが田中さんの背中に蜘蛛を……
流石にそれはないな。
でも、やばいぞ。
陽菜さんに『待ってて』とかかっこつけて、最下位じゃダメだろう。
それに最下位だと、みんなも本当に落ちこぼれだと哀れな目で見るではないか。
せっかく、みんなに言えたのに、それは辛すぎる。
しかも、散々強者ムーブをかましていたのに、これはないだろう!!!
心の中だけど、『俺に勝てるかな?』とかカッコつけてたよ??
恥ずかしすぎる……
『あと、5分だぞ〜〜』と監督の声が聞こえた。
え。もうそんな時間!?
あと5分だぞ?
まだ一問も解けていなかった。
その時、田中さんが背中を掻いた。
俺の方に蜘蛛が来ると思ったら、違うところにピョンと飛んで逃げていった。
よし!!
これで全力を出せる。
俺は、一問、一問、全て暗算で解いていった。
独自問題の暗算はキツかったが、なんとか答えを出せた。
いくら俺でも可処分時間上、途中式を書く時間はなかった。
やばい……マジで……満点を逃した。
「どうだった〜〜? 難しいのかすらわからなかったよ〜〜。それに、時間足りなくなかった?」
陽菜さんが今頃声をかけてきた。
「ああ……」
「どうしたの? なんか顔青白いよ?」
「……いや……」
「てか、途中式書いてないじゃん!! 調整ってやつ〜〜?」
「いや……」
説明するのも恥ずかしいし、なんとも言えなかった。
深月さんの結果はどうだろうか……
会わないうちに伸びているだろうが……
時間が足りないテストであったと思うが……
それに、俺がどの程度、減点を食らうかわからない……
答えは全部あっているはずだ。
ただ、数学は途中式も重視される。
下手したら0点だな。
どうしようかな。
こんな経験は初めてだ。
このまま残りの科目を満点取れば、ギリか。
でも、それは数学が少しの減点で済んだ場合の話だ。
「ねえ、1科目目失敗したらどんな気持ちで受けるの?」
「まあ、それでも一応やるんだよ!!採点してみないとわからないしさ〜〜」
それもそうか。
陽菜さんとの約束もあるしな。 まあ、陽菜さんは約束のことがテストのこととは知らないんだが。
とりあえず、全力出して、ダメだったら、次回の期末試験まで待てばいいのか。
全力で臨まないのは、陽菜さんに失礼だからな。
よし残りの科目を頑張ろう。
一応、休憩時間に、蜘蛛の場所を見つけ、久しぶりに見た馬込くんあたりに報告しておいたら、うまく処理してくれた。
ありがたいものだ。
そして、国語のテスト。
正直、このまま、満点は余裕だと思っていた。
前にも、とったことあるし。
開始の合図とともに、全力で臨んだ。
が……最後の問題で詰んだ。
そこには、『授業中に上げた例を用いて説明しなさい』と書かれていた。
は?
聞いたことはないぞ?
俺は、株やゲームはやっているが授業は一応聞いている。
いつ当てられても、どもらないようにするためだ。
ただ、先生が具体例を挙げたことなどなかったはずだ。
ああ。そうか。
停学期間の1週間の間の授業か……
それはないっすよ……
とりあえず、思いつきそうなものを考え埋めた。
またしても、満点を逃してしまった……
その後の、他の科目はなんとか大丈夫そうだった。
深月さんとどこまでの差があるかだな……
初めて、テストで憂鬱になりながら、俺はテスト結果を待った。
人生で一番苦戦したテストだったな。
いつものメンバーで、『テストお疲れ様会』として、ファミレスにいったりもしたが、楽しかったが上の空だった。
2位だったら陽菜さんにいうのやめようかな……
テスト結果は翌日に返却された。
このなんとも言えない嫌な期間が終わるのはありがたいが……
「ねえ、見に行こうよ〜〜」と陽菜さんが机の上で突っ伏している俺を誘ってきた。
行きたくねえ……
結局そう思いながらも、いつものメンバーと見に行くことになった。
先生が壁に紙を張り出した。
なんだ。このドキドキ感は。
人生で初めてテストの発表で緊張する。
今までは当たり前に、満点だからな。
先生がどいて、結果が見えた。
ああ。
よかった……
もちろん満点ではなかったが、なんとか点数は入っていたようだ。
深月さんとは1点差だった。
無事に1位だった。
危なかった……
「マジで、月城……すげえな…… 」
須子が驚いていた。
『さすがだね』といつものメンバーも驚いていた。
まあ、天下の龍上高校だから、納得されてはいたが。
「まあ、たまたまさ」
「そう言って調整したんでしょ〜〜?でも、ギリギリじゃん!!」と陽菜さんが小声で話しかけてきた。
「そうなんだよな……。危なかったぜ……」
調整したことにしといた方が、かっこいいよね?
うん。そういうことにしておこう。
おそらく、深月さんは独自問題であまり取れなかったんだろう。
俺の減点分がなんとか耐えた感じだ。
ふと見ると、深月さんも張り紙を見にきていた。
久しぶりに見たな。
前に見た時と比べて、ほんの少しだけ、やつれた気もする。
弟にでも抱かれて疲れているのかな。
目が合ったが、俺と深月さんは話すことはなかった。
『久しぶり』とか声をかけられると思っていたが、そんなわけねーよな。
結果を見た深月さんは、下を向いて、そのまま教室に帰っていった。
そんな深月さんを見て俺はなんとも言えない感情になった。
俺って何がしたかったんだっけ……
まあ、これでいいんだ。
俺も、みんなと教室に戻った。
席に戻ると、1組に知らない女子達がズカズカ入ってきた。
「ねえ、月城くんって誰〜〜?」
え。
お、俺??
深月さんの仲間……?
弔い合戦的な??
怖いんですけど……
クラスの人が俺を指差した
『あの人が月城くんか〜〜』と言うと、女子達に「月城くん。初めまして〜〜!!」と手を振られた。
一応、会釈しておいた、
だって、『月城くん』って言っているし俺のことだよね??
独特のルーティンじゃないよね??
てか、知らない人と話すのは緊張するな……
「ねえ、月城くんってどっかで会ったことない??」
いやいや。
この学校でも、いつものメンバーとクラスメイト以外関わってないっすよ……
てか、なんで、この学校の他クラスの女子はなぜ、俺とどこかであった気がするんだよ!!
文化祭の時もそうだったんじゃねーか!!
とりあえず、首を振って知らないと表しておいた。
「そっか〜〜!! ごめんね!! 1位の子を見たかっただけ!! じゃ!」
そういうとすぐに消えていった。
嵐のような奴らだったぜ。
「あ〜〜。も〜そんなに鼻の下伸ばしちゃって〜〜」と陽菜さんがシャーペンで刺してきた。
「いや。してないでしょ! それより助けてくれよ……」
「え〜〜。だって、久々に緊張している姿見れたし?? でも、本当に嬉しそうだよ〜〜?」
まあ、嬉しいのはある。
女子に声をかけられたことではない。
初めて、苦戦したテストで、頑張って1位を手にいれた感じが嬉しいんだ。
そして、俺は廊下を歩っていると、『早乙女さんを抑えて1位か!! すごいな!!』と知らない人に声をかけられるようになった。
やはり、深月さんを倒したことに意味があったようだ。
俺の名前はあっという間に学年中に広まった。
その日の放課後、いつも通り、陽菜さんは俺の家にきてゲームしていた。
今日は俺はあまり集中できなかった。
俺は今から陽菜さんを誘うからだ。
陽菜さんが帰る時に、少し勇気を振り絞ってみた。
「ねえ……前に言ってたさ……登校するやつって冗談?」
「もちろん冗談だよ?」
えーーーーーー。
今まで俺何してたの……
「あ……なんでもない……」
「うそだよ〜〜!! どうしたの?」
「え。い、いや、誘うって言ったじゃん……」
「え!! もしかして、1位取ることだったの?」
「まあ……。だから言ったろ? 意味がないことをするって……」
「意味なくないよ!! 嬉しいよ? でも、目立っちゃうんじゃ……?」
「まあそうなんだけど……。てか、陽菜さんが嫌なら別に……」
「なんでそうなるの?? じゃあ一緒に行こう!!」
実際、今日思ったことだが、俺のことを知らない人の方が多かった。
陰キャがいきなり一緒に登校したら大騒ぎだ。
それに、一条家とバレた時の陽菜さんのマイナスイメージが大きい。
準備としては大丈夫だろう。
「あと、深月さんを間接的に傷つけてしまってごめん……」
「まあ、真剣に臨まないよりはいいんじゃない?」
「それもそうか」
「じゃあ、楽しみにしているね!!」
「無理じゃなくていいぞ」
「わたしが行きたいの!!」
「ならいいけどさ……」
次の日
俺らは駅の改札前で待ち合わせをした。
集合時刻より早く着いたが、陽菜さんがもう先にいた。
「おはよ〜〜!!! ちゃんと来たね!」
「来なかったら酷すぎるだろ」
「それもそうだね!! 行こ!!」
俺らは一緒に登校した。
文化祭の朝と同じだな。
最も、あの時は人がいなかったが。
周りの人も気にしないようにしてはいるが、俺には視線を感じる。
当たり前か。
ただ、一緒になっただけなら、クラスメイトだし普通のことと思うだろう。
ただ、わざわざ改札で待ち合わせをした。
他の人にとってこれは……
陽菜さんにとって、どういう意味なんだろうか。
やはり、助けたことに恩義を感じているのだろうか
それとも……
今は考えるのはやめよう。
学年1の美少女の一人が隣にいるんだ。
この時間を楽しむしかないな。
『あの人知らない。なんであんな人と?』
『あれだよ!! 学年1位だからじゃない?』
『なるほど!!』
そんな声が聞こえてくる。
高校生だからか、直接『付き合っているの?』という質問はされなかった。
いつものメンバーにとっては、別に普通のことでもあるので、特に問題にならなかった。
ただ、噂をされていることは分かった。
俺は一気に有名になった。
『コミュ障、陰キャの成り上がり』というラノベでも書いてみようかな。
もちろん、深月にも噂は広まっているでしょうね。




