第55話 さようなら
「!?」
「!?」
「実!! お前まさか? いや……これはどうやらガチハプニングだな」
「僕は知らないよ」
「二人が見えたから尾行しただけ。月城くんとどんな関係があるか気になったの。遠足の時、月城くんのこと知ってそうだったし……」
「そうだったのか……」
「そんなことはどうでもいいでしょ!! 本当なの? 今の話」
「ああ……。俺は一条光だ……。母親の旧姓で月城を使ってたんだ……」
「そうじゃなくて……テストのこととか……努力をする人を馬鹿にしているって……」
「……チェックメイトだな。俺の負けだな。運までお前の味方かよ……」
「バチが当たったんだよ。これからは凡人の僕らを馬鹿にしないことだね」
光は、深月に本当のことを話したかった。
しかし、今までの弟に対する今までの努力を無駄にできなかった。
一条家の損失は日本の損失にもつながってしまう。
開示することで失うものが多すぎた。
そして、何より、深月に信じてもらえるかわからなかった。
その上、残念なことに、光が、深月を騙していた事実は変わらない。
嘘をつき続けるしか方法がなかった。
「……ああ。そうだ。さっきの会話通り、別に俺は努力なんて、特に何とも思っていない。弟のような惨めなやつのすることだと思っている」
その言葉を聞いて、深月は思いっきりビンタをした
光は避けれたが、避けなかった。
そのビンタは、今までに光が受けた痛みの中で、最も痛かった。
「信じていたのに。最低!! 目の前で私と勉強している時、どんな気持ちだったの? ずっとバカにしていたの?」
「……ああ……そうだな……」
「じゃあ、今まで過ごした日々はなんだったの?? 体育祭の時も、遠足も、合宿の日々も、文化祭も…
…全部全部嘘だったの??」
「……」
光は言葉が出なかった。
「兄さんはそういう人なんだ!! 弟の僕でも騙されたんだ! 僕だってずっと信じていたんだ」
「私がバカだったのかな。初めていい人に会えたと思ったのに。前に約束したの覚えている? 天才なら覚えているよね。それとも、バカのいうことなんて忘れちゃった? 拒絶する時はハッキリ言うって」
「体育祭の後の公園のベンチだろ。天才なんで覚えているよ」
「じゃあ、もう、私に二度と話しかけないで。関わらないで」
「……ああ」
「信じてたのに。さようなら」
深月は涙を流しながら、光から去っていった。
「だから、言ったんだ。兄さんはいつか人を傷つけるって」
深月がその場を離れようとした時、「なあ、俺らって本気でやり合ったことあったっけ?」とぼそっと呟いた。
そう言った、光の目は完全に闇に飲まれていた。
天明高校での思い出は、光が初めて自ら手にした思い出であった。
そして、早乙女姉妹は、光の中で最も大切な存在であった。
光にとって、奪われてはならないものだった。
それにも関わらず、いつも通り弟に、簡単に奪われてしまった。
弟に対する嫉妬心、深月を失ったことによる絶望。
天才といえど、まだ10代。
光の心は重圧に耐えられなくなってしまっていた。
光の心は完全に崩壊してしまった。
「天才の俺が、惨めな弟に指導してあげよう!!さあ、来なよ。本気の俺と戦いたいんだろう?」
兄の顔を見た実は、全身で恐怖を感じた。
小学二年生の時の事件の時と同じ目であった。
そして、光の脳が初めて、解放された時でもあった。
約10年前、いつものように、執事一人と、兄弟二人が下校していると、一瞬の隙を狙われ、執事も含め誘拐された。
一条家に、逆恨みを持った犯罪集団の行為であった。
とある倉庫に連れてた。
一条家の執事は優秀である。
拘束を外し、執事は命をかけ、兄弟二人を守ったが、人数に敵わなかった。
執事は、危険人物ということで、ひどい暴行を受けた。
実も、『やめろ』と文句を言うと、暴行を受けた。
弟や大好きな執事に危害加えられるのを見て、光の怒りは頂点に達した。
初めて、脳が解放された。
人間の本能は凶暴的である。
縛っていた拘束をぶち破り、小柄の小学生が、次々と誘拐犯を倒していった。
ある時は、ナイフを奪い、笑いながら目に刺したり、拳銃を交わし奪い、笑いながら、即死にならない臓器を狙い、撃ったりしていた。
なんの躊躇もなく、殺戮マシーンのように、悪魔のように、笑いながら傷つけていった。
結果的にたった一人で、裏社会、殺し屋、を含めた10人の集団を再起不能にした。
目の前で、敵を倒していく兄の姿に、心から尊敬をする実であった。
兄の存在は、実にとってのヒーローであった。
事件は、一条家の力で、表沙汰になることはなかった。
執事は、光のおかげで命拾いをした。
従者が主人に助けられるという前代未聞のことを恥じた。
一条家には誰も、執事を責める者はいなかった。
その執事には、2つ歳の離れた娘が、二人いた。
そして、感謝の気持ちを込めて、姉の方を実に、妹の方を光の従者とした。
その一人がリサであった。
脳が解放されてしまって以降、光の病気が発動した。
光自身は気がついてはいないが、脳は日常生活において自然と使用率を抑えいる。
その副作用が、緊張として、光の体を蝕んでいるのだ。
そして、怒り以外の感情では脳が解放できない状態になっていた。
「ごめん、早乙女さん……。ちょっと先生呼んで来てくれる? この兄さんはやばいかも。止められるかわからない」
実は、今回は味方ではなく、敵である本気の兄を見て心から焦った。
「……は、はい」
深月は涙を拭いて、先生を呼びに行った。
「俺が全てを奪ってあげますよ! さあ、来なさい! 奪えるものなら奪ってみろよ!! なあ!!」
弟が相手のため、光に快適さはなかった。
本気の兄を見て、恐怖はあるものの、実も日々のストレスを一気にぶちまけた。
「兄さんに僕の気持ちはわからないだろ!! 毎日、毎日辛い努力してもしても、絶対追いつけない! 惨めに見えて当然だろーな! そのくせ虚像として『天才!天才!』と言われる気持ちが!! 龍上での生活は辛いんだ!! 褒められるたびに兄さんの顔しか浮かばないんだ!! それでも我慢してきたさ!! 兄さんは僕のことを認めてくれているって!! なのに、ずっとバカにしてただって聞いた時、許せなかったんだ!! でも、僕は兄さんを超えた!!」
先に仕掛けたのは実の方からであった。
左のジャブをノーモーションでを光の顔面に打ち込むフェイントをかけ、右のローキックを放った。
実のスピードは人間が出せる限界のスピードだった。
それにも関わらず、光はフェイントに動じることなく、ローキックにローキックのカウンターを合わせた。
蹴った実の方に激痛が走った。
「イッッて…。」
「今まで何していたんですか? 動きが単純すぎですよ。 兄だからって手加減するなよ!!!」
「舐めてんなマジ……動体視力どうなっているんだよ……」
「全力でこい!!」
「僕の辛い日々を舐めるなよ!!」
実は、飛び膝けりを放ち、軽く止められながら、体勢を直し、後ろ回し蹴りをしたが、光は瞬時にしゃがみ、軸足を蹴り思いっきりこけさせた。
実の顔は、擦りむいて血が出ていた。
打撃は敵わないと思った実は、柔術で戦うことにした。
瞬時に体勢を立て直し、柔道のように組んだ。
しかし、その瞬間にわかった。
体格が大きいから有利だと思った考えが浅はかであったと。
ゴリラなどの野生動物を相手にしている状態だった。
実は、何もできずに、簡単に投げ飛ばされてしまった。
なんとか、今までの努力による体が覚えていた反射で、受け身を取ることができたが、あまりの衝撃により背中に強い痛みが残った。
「たく……僕の背筋力が400近くあるのに一体いくつあるんだよ!」
「500は軽く超えてるんじゃないじゃない?」
「ぶっ壊れ兄貴め……」
「わかったか? 同じ次元に立つことが烏滸がましいことに!!」
光は動けない実に、馬乗りになった。
実はあらゆる武術に精通していた。
馬乗りからのあらゆる反撃方法を知っていた。
でも、今回だけは全パターンを考えたが、諦めた。
光が全てに対応できるように馬乗りになっていたからだ。
そもそも、押さえつけられている力が尋常ではなかった。
身動きすら取れなかった。
光にも弟を傷つけたくないという気持ちは残っていた。
スッキリしないものの、無意識に手加減をしていた。
痛がっている弟を見て、ほんの少しだけ冷静さを取り戻していた。
「なあ……なんでわざわざこの学校に来たんだ?? 忙しいだろ。 そんなに俺とやり合いたかったのか?」
「兄さんとやり合いたいのもあった。家に来ないからね」
「お前……やっぱり……深月さんに会いに来たのか?」
「兄さん。もしかして、僕が遠足で早乙女さんと話しているの見てた?」
「まあな」
「やっぱり。タイミングおかしいと思ったんだ」
「なんで名前知っているんだ?」
「一緒に交流した女子に名前聞いたのさ。別に、探偵とかは使っていないよ」
「そこまでなのか??」
「一目惚れというやつだよ」
「そんなくだらない理由か?」
光の抑えている力が無意識に強くなった。
「兄さんにはわからないんだろうな。僕はあの人に一目惚れしたんだ。僕はあの人を幸せにする。 傷つける兄さんとは違う。兄さんにだけには渡せない!! 現に傷つけたではないか。 天も味方してくれたんだ。運命なんだよ」
そういった実の言葉に嘘偽りはなかった。
最も、別の意図もあった。
実はずっと練習をしていた。
特に、兄が消えた後は、寝るまも惜しんで血反吐を吐くような努力を休まずに続けていた。
眠いのも我慢して、一条家の社交性のために、色々な人と交流も行ってきた。
それが、一瞬にして否定されたことが許せなかった。
実は、深月の存在が兄にとって重大なことは気がついていた。
そこで、兄の怒りを誘い、隙ができると。
人は怒ると冷静さを失う。
そう思っていた。
逆効果であった。
光の目が再び完全に闇に染まった。
「ああ。もういいよな。疲れたよ」
光は本気の殺気を出した。
実も、兄が初めて自分に向けた殺気に、恐怖した。
本当に今まで、手加減されていたことを感じ、絶望も味わった。
深月が呼んできた、教師がやってきた。
いつもは緊張する光だが、この状態では教師ごときの目線で止まることなどありえなかった。
光は軽く拳を握り思いっきり実の心臓目掛けてパンチを放った。
当たれば、完全に心停止する威力であった。
が
あと少しのところで思いとどまった。
光には、教師の後ろにいる、深月の心配する顔が見えたからだった。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
大声で叫んだ後に、冷静さをとり戻し、「俺はもう帰る!」といって実の元を離れた。
二人は、教師に事情聴取された。
一条家のために、兄弟は、身元を明かすことをしなかった。
光には、1週間の停学処分が言い渡された。
光は深月と目線を合わせることなくその場を去った。
光が敵わないくらい強いやつは、【3年生編】になったら出てきます。
リサに姉いたのかよ……(兄弟より1歳上のエリカちゃんとか、機密情報は漏らさないからね?)
てか、深月……
信じてやれよ……光のこと……
まあ、夏休みの時、光も、ナンパのセリフ聞いた時にショック受けてたし仕方ないのかな……
今回は本人も認めて、言われてるしな……
じつの弟にも言われてるしな……
しかも、夏休みの時より、関係は進展してたからな……
でも、2学期は長いし、大丈夫だよね……??




