君がパン屋をみつけたから
甘いものはすこぶる苦手である。歯が浮いて仕方がない。特にチョコレートやキャラメルなど。食べるだけで毒に思えてくる。ハッキリ言ってしまおう。
嫌いだ。
吾輩は一人、そんなことを思っていた。イヤホンで守られた音楽の世界。人には、決して誰も踏み入ることが許されない領域というものが在る。
――――がちゃ!
「ただいま!」
それは玄関の音とともに崩れた。
「美味しいパン屋さんを見つけたよ!」
と君は言う。
やれやれ、余計な物を買うお金はあるのかい、なんて皮肉交じり。君には効かないか。輝いた目で沢山のパンを取り出しながら、
「これ、ミルクパン! これ美味しいの! だいすき!」
入院していた頃に食べたパンの話をしている。イヤホンを外して「ふむ、ふむ」と相槌を打たねば君は不機嫌になるからね。困ったものだよ。
「買い過ぎちゃった……」
「だろうね」
机の上に山盛りのパン。しかも全部甘いモノだらけだ。メロンパンにザラメパン。クリームパンにくるみメープルパン……う、言葉にしただけでも歯が染みてくる……。
「ねぇねぇ」
「なんだい」
「どれ食べよっか?」
……。
そんな輝いた目でこちらを見るな。
仕方ない。『一緒に食べろ』ということか。
吾輩、甘いのは苦手である。しかし、誘いを断るわけにはいかん。それに、話を聴いていて少しだけ興味が湧いた。
「じゃあ、ミルクパンをもらおうか」
「ダメ。これは私の!」
「六個入なのに」
「……じゃあ一個あげる」
君にとってミルクパンは大事な物なんだね。綿菓子でもつまむ様に吾輩に渡してくれた。ふわっふわなそれは、ミルクの甘い香りを放っている。あとはバターの深い匂い。それ以外はちいさな食パンのような素朴なパンだ。
「どれどれ……」
口に含む。比較的甘さ控えめなパンだと思う。そうか、君は入院中にこういうパンを食べていたのか。なんて話をしながらコーヒーを啜る。
「えへへ、また買いに行くね!」
「おかずパンは無いの?」
「甘いパンが好きなの。知ってるでしょ」
……。
「知ってる」
吾輩の返しに満足そうにキャッキャという声を響かせる。そんな君に心から救われていることを、君は知らないんだろうなぁ。
(あぁ甘い)