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「……まだ痛い」


 シスターから熱烈なビンタを頂戴してから、三日が過ぎた。

 だというのに、頬の腫れは引かないし、未だに表情を動かしにくいのはどうかと思う。


 正直、普段暴力を振るわないシスターはちゃんとシスターだったんだな、と思った。思ったけどなんか言語として正しくない気がする。

 ……気のせいか。


 なんでこの人シスターなんだろう、と今まで何度も考えたが……彼女もきちんと己の力をわきまえている大人だった。うん。


「イキシア、大丈夫?」

「…………ああ」

「それ絶対大丈夫じゃないよね??」


 ……しまった。レリアにも心配をかけてしまった。

 夕飯の手伝いで、キッチンのテーブルで一緒に野菜の皮むきをしていた彼女の整った眉が、へにょりと垂れる。


 安心させるように微笑みたかったが、表情筋を動かせないせいで失敗して不自然な笑顔になってしまった。


 逆にさらに心配をかけてしまうとは情けない限りだが、これは仕方ないだろう、とも思う。


 男だろうがなんだろうが、シスター渾身のビンタは痛い。

 とても痛い。


 レリアは遠い目をする俺の腫れた頬を見ながら、「シスターは怒らせないようにしよう……」なんて呟いていた。

 俺もそのほうがいいと思う。


 これが自業自得で殴られたものなら「俺が悪いから仕方ない」で済むのだが、如何せん今回のビンタはイマイチ原因が分からない。

 と、いうより原因を突き詰めている最中だ。


 無意識にため息が口から零れ落ちてしまい、それを見たレリアが「あ!」と声をあげて席から立ち上がった。


「ちょっと待ってて!」

「あ、おい……、……行ってしまった」


 ……レリアの思い立ったら即行動、なところは、彼女の長所でもある。

 が、正直それが原因でこの先数えきれないくらいのハプニングに逢うのを知っているし、なんなら高確率で巻き込まれる身としてはちょっとどうにかしてほしい。


 少し注意するべきだろうか……なんて思いつつ手を動かしていると、パタパタと足音を響かせてレリアは戻ってきた。廊下を走ると神父様に叱られるぞ。


 彼女の手には、ひとつの写真立てが握られている。

 どんな写真なのかは、まだ見えない。


「急にどうしたんだ?」

「ごめん! ……えっと、そのほっぺ、『ラーレ』って人のことで、シスターに叩かれたんだよね?」

「……知ってたのか」


 思わず目を瞬くと、レリアは「ごめんなさい」と肩を縮ませた。

 怒っているわけじゃないので、首を横に振って先を促す。


「私、シスターが怒ってるの聞いちゃって」

「見られてたのか。これ」

「あ、ううん。昨日のことだから、ビンタは違うと思う」


 つまりまだシスターは俺に怒ってる、と。

 ……胃が痛くなってきた。


「それで、シスターが言ってた『ラーレ』さんって、もしかしてこの人じゃないかな、って……そう思ったの」

「ラーレの、写真?」


 確かに、彼女の写真はない。


 というのも、写真は高価なものだから、この教会でも数えられるくらいしか存在していないのだ。

 だからこそ、ザンカも「マシロの可愛さを残すため」と絵の技術を上げたのだし。


 レリアがそう前置きして、差し出された写真立て。

 それを見て、目を見開いた。


「……これね、私の部屋にある、空きベッド横のチェストに入ってたんだ。 ……すっごい大事な宝物なんだな、って、見てすぐわかるくらい、大切にされてたの」


 そこ写されていたのは、はじけるような笑顔のラーレと、彼女に寄り添う俺の姿だった。


「私、シスターが怒るの、ちょっと分かるな……だって、写真のイキシア、見たことないくらい優しい顔してるんだもん」


 それなのに、イキシアは、この人のこと忘れちゃったんでしょう?


 レリアの、責めるでもない、事実を確認するような穏やかな口調が、胸に刺さる。


 それくらい、写真の中の俺は、彼女を──ラーレを、愛おしそうに見つめていた。


 ……本当にこれが自分なのか、疑わしいくらいに。


 どこかで、冷静に「こんな顔もできたのか」と少し関心している自分もいるほどに。


 それほどに、写真のなかの俺たちは、幸せそうだった。


「それ、あげるね。私より、イキシアが持ってた方いいと思うから」


 レリアの、優し気な言葉に、俺は無意識に頷いていた。


 写真立ての中のラーレから、目を離せないまま。


ちょっと後ほどラーレの初恋を修正します

写真立てという存在を出してやらねば……

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