お妃様の誕生日のお話
※本編8話の間に起きたお話です。
エリーズが国王の婚約者として迎え入れられ、王城となって二日目の夜。
エリーズの寝室を訪れたヴィオルは、あれこれと質問を投げかけてきた。好きな食べ物や色、両親はどんな人物だったか、更には過去に好きになった男は誰かいるのか――話している間、彼は手袋を外した手でエリーズの手を優しく握っていた。
真剣に、かつうっとりとエリーズの声に耳を傾けていたヴィオルだったが、大切なことを聞き忘れていたと更にエリーズに尋ねてきた。
「エリーズ、誕生日はいつ?」
「わたしの誕生日? 花の月の二十三日よ」
それを聞いた途端、ヴィオルの顔から笑みが消えた。
「……え?」
何か悪いことを言ってしまったのかしらとエリーズは目を瞬かせる彼を見て思ったが、ただ誕生日を答えただけだ。何が彼の気に障ったのか分からなかった。
「あ、あの、ごめんなさい。わたし何か……」
「いや、僕の方こそごめん。君は何も悪くない」
でも、とヴィオルは眉間を押さえ、大きく息をついた。
「あとひと月もないのか……」
今日は花の月の一日だ。そして末の三十日に二人は結婚式を挙げる。
「今からだと政務の都合をつけるのは難しいな……ああ……せっかく最高のお祝いをしてあげたかったのに……!」
どうやらヴィオルはエリーズの誕生祝いについて色々と考えていたが、その日が予想していたより近く、早くも企画倒れになりつつあるようだ。
「こうなったらジギスを犠牲に……」
「あの、ヴィオル……もしわたしのために何か考えてくださっていたのなら、気にしないで」
今は亡き両親はエリーズの誕生日には一日じゅう娘の遊びに付き合って、たくさん抱きしめてくれた。エリーズの大好物ばかりが並ぶテーブルを囲んで、両親だけでなく屋敷に仕える使用人たちも皆が集まって歌で祝ってくれた。
それはもうエリーズにとって遠い日の幸せな思い出だ。今更それを望む気もない。
だがヴィオルはそれでは納得しなかった。寂し気な目でエリーズの顔をじっと見る。
「エリーズ、どうしてそんなことを言うの?」
「だってわたしも、ヴィオルのお誕生日には何も贈り物ができなかったし……」
「何もだって? とんでもない。あの日は君が僕の前に現れて、素敵な時間をくれた上に求婚まで受けてくれた。それより素晴らしい贈り物なんてないよ」
「でも、結婚式だってあるのよ。ヴィオルはただでさえお忙しいのに、わたしの誕生日なんて気にしてはいけないわ」
「エリーズ、お願いだからそんな風に言うのはやめてくれ」
ヴィオルが悲痛な表情を浮かべて言う。彼と出会ってまだ間もないが、エリーズと話している時はいつも笑顔の彼が初めて見せる顔だった。
間髪入れずヴィオルはエリーズを抱き寄せた。
「大切な人が生まれた日を祝えないなら今すぐ国王なんてやめたい」
「ヴィオル……」
エリーズの額に自分のそれをくっつけ、ヴィオルが問う。
「何か欲しいものはある?」
今後エリーズが身につけるドレスや装飾品はすべてヴィオルが用意することになっている。更に何かを要求するなどエリーズには到底できなかった。
「そんな、これ以上何かを貰うなんて……」
「……お願い、何でもいいからおねだりして。しないと僕が死ぬと思って」
誕生日に欲しいもの――必死に頭を捻り、浮かんだのは一つだけだった。
「ヴィオルがその日におめでとうって言ってくださったら、それで十分に幸せだわ」
それを聞いたヴィオルは納得したようなしていないような、複雑な顔をした。
「……君のためだったら国中のダイヤモンドだって、空の星だって全部集めてくるのに」
彼の手がエリーズの銀色の巻き毛を優しく撫でた。
「何もかもが理想通りの女の子と両想いになって、結婚までできるんだ。僕は今、どうしようもなく浮かれてる。何でも自分の都合の良いように受け取ってしまうくらいにはね」
紫水晶の瞳がエリーズをじっと見つめる。
「つまり、エリーズは僕のことが大好きで、今いちばん欲しいのは僕、ってことだよね?」
確かに、ヴィオルが傍にいてくれるならそれ以上に素晴らしいことはない。エリーズは頷いた。
「よし、一日じゅう一緒にはいられないけれど……でも最高の時間を約束するよ。だから楽しみにしていてね」
優しい声がエリーズの胸をきゅんと揺さぶる。蕩けるような口づけを二人で交わし、その夜は更けていった。
***
そして迎えた花の月、二十三日。
朝食を終えたエリーズは、女官のシェリアとルイザの手を借りて着替えを始めた。
「今日はこちらをお召し頂きます!」
シェリアが出してきたのは、スカートのふくらみの少ない薄い黄色のドレスだった。使われているリボンやレース飾りも、エリーズが王城住まいになってから毎日着ているものと比べて控えめだ。靴は踵の高いものではなく、ふくらはぎまでの丈があるブーツが用意された。
そのことについてエリーズが問う前に、ルイザが答えをくれた。
「陛下から、動きやすいお召し物を用意するように仰せつかっているんです」
「そうなの?」
「はい! 今からお出かけとのことですから」
今のエリーズが自由に行動できるのは王城内と庭だけだ。
昨夜いつものようにエリーズの部屋を訪れたヴィオルは、明日は楽しいことを用意してあると言っていた。彼がどこかに連れて行ってくれるのだろうか。
着替えと支度を終えた後、エリーズが案内されたのは王城の裏に出る扉だった。
そこから外に出たエリーズを迎えたのはヴィオルと、彼の傍らに立つ鹿毛の馬だ。
「やあ、エリーズ」
ヴィオルは片手で馬の手綱を持ったまま空いている方でエリーズの手を取った。
「誕生日、おめでとう」
「ありがとう、ヴィオル」
彼は早速、エリーズが望んでいた言葉をくれた。
「紹介するね。彼はステファン。いつも僕を乗せてくれる馬だよ」
大人しく立つステファンは王を乗せるのに相応しい佇まいの、たてがみも体毛もつやつやと輝く美しい馬だった。
「初めまして、ステファン」
エリーズが声をかけると、黒く澄んだ目がエリーズをじっと見た。
その姿を見ていると、父の愛馬を思い出した。クリーム色の毛をしたその馬は、幼いエリーズが好奇心で口の中に手を入れてきても噛みつかずじっとしている、賢く優しい馬だった。時々、父はエリーズと共に愛馬の背に乗って領内を巡っていた。それは楽しい思い出として今もエリーズの胸に残っている。
「ステファン、彼女はエリーズ。僕の大切な人だ。今から僕と一緒に君に乗ってもらうけど、何があっても落とさないように」
ステファンの耳がぴくぴく動く。ヴィオルの言葉を理解したのだろうか。
「わたしを乗せてくれるの?」
もちろん、とヴィオルが微笑んだ。
「今、君のためにとびきり賢くて穏やかな馬を見繕ってもらっているところ。今日は僕と相乗りでデートしようと思って」
動きやすい服とブーツをヴィオルが指定したのはこのためだ。
彼はエリーズをひょいと抱えてステファンの鞍の上に横乗りにさせ、自らもその後ろに易易と跨った。
「怖い?」
ヴィオルに問われ、エリーズは首を横に振った。馬に乗るのは十数年ぶりだが、すぐ後ろにヴィオルがついていてくれると思うと恐怖はなかった。
「よし行こう、ステファン」
ヴィオルが合図を出すとステファンはゆっくり歩き出した。
王城の裏手に広がる森の中を、ステファンはヴィオルとエリーズを乗せ歩いていく。エリーズはヴィオルに軽く身を預け、景色を楽しんだ。
「ここは、ぎりぎり護衛を連れてこなくて許される場所なんだ。だから一人になりたい時なんかはよく来るんだよ」
程なくして開けた場所に出た。一面に色とりどりの野花が咲き、絨毯のように見える。そよ風を受けて花たちがふわふわと揺れていた。
「なかなかの眺めだろう? 人が手を加えない自然の美しさというのもいいものだよね」
「ええ、とっても綺麗」
王城の庭園には、きっちり形を整えられた生垣や、咲く花の色や種類がしっかり管理された花壇ばかりがある。それもとても美しいが彼の言う通り、様々な花が入り乱れて咲く光景もエリーズを魅了した。
ヴィオルはステファンを近くの木に繋ぐと、鞍の後ろに乗せていた荷袋から敷布を取り出した。花畑の中央にそれを広げ、胡坐をかいて座る。エリーズは彼に招かれ、その膝の上にすとんと腰を下ろした。
「……もっと早く、君に出会いたかったな」
片手でエリーズの腰を抱き、もう片方の手で銀色の髪を撫でながらヴィオルは呟くように言った。
アルクレイド王国のしきたりでは、貴族の家に生まれた子は男女ともに十六歳で社交界へと出る。もし両親が健在であったなら、エリーズも例に漏れず十六歳から王国内で開かれる夜会に参加し、もしかするとどこかでヴィオルと出会えていたかもしれない。
エリーズの父母は双方とも落ち着いた物腰の人物だったが、娘が国王から求婚されたら二人揃って腰を抜かして驚いたはずだ。
「そうね。わたしも、もっと綺麗な恰好であなたの前に出たかったわ」
ヴィオルと初めて出会った日、エリーズが着ていたのは古びたドレスと、高価でもない首飾りがたった一つだけだった。髪も結わず下ろしたままで、慣れない化粧は他の令嬢たちに比べれば冴えなかった。ヴィオルに見初められたのは奇跡としか言いようがない。
「初めて会った日も君が誰よりも綺麗だったよ。今の方がもっと素敵だけれど」
「だって今は綺麗なドレスを用意して頂いて、お化粧も女官たちが丁寧にしてくださるもの」
「もちろんそれもあるだろうけれど、今の方がずっと表情が明るくなったよ」
そう言いながら、ヴィオルはエリーズの目をじっと見た。
「それに、瞳がとっても輝いてる。特に僕を見る時が」
以前に女官のシェリアとルイザが、女性を美しくするのに最も効果的なのは素敵な恋愛だと言っていた。
「ヴィオルの目も綺麗よ。星みたいにきらきらしているわ」
「だとしたら、それは君と見つめ合ってるからだ。世界でいちばん素敵な女の子と」
睫毛同士が触れあいそうな程に二人の顔が近づく。エリーズが目を閉じると、すぐに唇に温かいものが触れた。
甘い世界に浸る恋人たちを後目に、国王の愛馬は呑気に草を食み続けていた。
***
ヴィオルはエリーズをステファンに乗せて王城まで送り届けると、政務のために一度エリーズと別れることになった。次に会えるのは夕食のときだ。たった数刻後が、エリーズにとっては待ち遠しくて仕方がない。
夕食前にエリーズは女官たちによって衣装部屋に通された。今までは王城にあったドレスを借りていたが、エリーズのために作られたドレスが仕立て屋より続々と献上されてきていた。
「今日はエリーズさまのお誕生日ですから、とびきりのおめかしをしましょう!」
「どちらのドレスになさいますか?」
シェリアとルイザがうきうきした様子で問うてくる。目の前にずらりと並ぶ十数着のドレスは色も印象も様々で、どれも同じくらい美しい。あれこれ迷った後にエリーズが選んだのは、柔らかい薔薇色を基調としたものだった。胸には蝶のようなリボンが留められていて、袖やたっぷりとしたスカートのひだに、金と銀の糸で花を象った刺繍がされている華やかなドレスだ。
女官たちは丁寧に、かつ楽しそうにエリーズの髪に櫛を通して香油を塗り、化粧を施した。最後にルビーと真珠が散りばめられたティアラ、耳飾り、首飾りをつけたエリーズの姿を見て、女官の少女たちはうっとりとため息をこぼした。
「エリーズさま、本当にお綺麗です。完璧です!」
「ふふ。もしかしたら陛下、このお姿をご覧になって気絶してしまうかもしれないですね」
何か気になるところはございませんかと鏡を見せられる。そこにいるのは孤独や絶望と戦い続け笑うことを忘れた下働きではなく、優しいものと美しいものに囲まれた幸せな女性の姿があった。
感極まったエリーズは、シェリアとルイザをひとりずつ抱きしめた。いつか彼女たちにもとびきりの幸せが訪れるよう祈りをこめて。
「二人とも、本当にありがとう」
近いうちに王妃となるエリーズに抱きしめられ二人の女官は驚いた様子だったが、すぐに花のような愛らしい笑顔で互いの働きぶりを称え合った。
***
「僕の婚約者は薔薇の国の女王さまだったのか……」
再び顔を合わせたヴィオルが開口一番発した言葉に、エリーズはくすくすと笑った。
「綺麗だと思ってくれる?」
「そんな言葉じゃ安っぽ過ぎる……詩人が百人集まっても表現しきれないくらい素晴らしいよ」
「ありがとう、ヴィオル」
彼の腕をとり食堂へ向かう。テーブルにつくと、給仕係がすぐに料理を運んできた。王城で暮らすようになってからのエリーズの食事は屋根裏部屋で寝起きしていた時とは比べ物にならないほど立派な料理ばかりだが、今日は更にその上をいく。しかもすべてエリーズが「美味しい」「好き」と言った食材や味付けの料理だった。
「もしかして、ヴィオルがお願いしてくださったの? わたしが好きなお料理をお出しするようにって……」
エリーズの向かいに座ったヴィオルは軽く肩をすくめた。
「好物を出すようにとは確かに言ったけれど、料理名までは指定していないよ……彼らなりに、君に喜んでもらおうと考えたんじゃないかな」
彼はそう言って、食堂の隅に待機している給仕係たちに目をやった。王城仕えの使用人たちは厳格な規則にのっとって働いており、エリーズが生まれた家の使用人のようにエリーズと同じテーブルを囲むことはない。だがエリーズの反応や感想を覚えていて、今日のために準備を進めてくれていたのだ。
「我が城の使用人たちはみんな優秀で気が利くけれど、人の心が完全に読めるわけではないからね。君が自分の思いをはっきり口に出していたから、彼らも動きやすかったんだよ」
「……小さかった頃にね、どうしてもお料理がしてみたくてお料理番の方にお願いしたら少しだけお手伝いさせてくれたの。それを知ったお父さまとお母さまはとっても美味しいって喜んでくださって……それが嬉しかったの。今も覚えているわ」
その時のエリーズがしたことは簡単な手伝いだけだったが、大好きな両親から褒められたことが幼いエリーズにとっては宝物として残っている。他の誰かを喜ばせると自分も幸せな気持ちになれるとその時に知った。それからというもの、前向きな思いは相手に伝えることをエリーズは心掛けている。
「いい心掛けだ。僕も見習わないといけないな」
最後に運ばれてきたデザートもエリーズの大好物――王城に来てから食べたものの中で最も好きといっても過言ではない、チョコレートでできたケーキだった。真ん中にナイフを入れると温かいチョコレートがどろりと溢れ出す。それを囲むように苺のソースが花模様を描いている。
「本当に美味しいわ、ありがとう。お台所の皆さまにもよろしく伝えて」
満足気なエリーズの表情を見て、給仕係は微笑んで礼をした。愛想笑いではなく、心からの笑顔だった。
***
夕食を終えたエリーズはヴィオルと共にしばし庭園を散歩した後、夜用のゆったりしたドレスに着替えた。
身支度を終えたエリーズを、ヴィオルが部屋まで送り届けてくれる。部屋に戻ったエリーズの目に入ったのは、テーブルの上に置かれた一輪の赤い薔薇だった。茎のところに金色のリボンが結わえてある。
「まあ、綺麗。どなたが用意してくださったのかしら」
「もちろん僕だよ」
ヴィオルが笑みを浮かべ、さて、と言葉を続けた。
「ちょっとしたゲームをしよう。この部屋に、こんな感じで薔薇の花束を隠してある。全部で百一本、探して僕のところに持ってきてくれる?」
「ええ。分かったわ」
寝台の下、衣装だんすの中、部屋の隅の死角など、至る所を探し回り見つけた薔薇の花束は七つ――それぞれ四本、五本、九本、十本、十一本、二十一本、四十本の赤い薔薇でできていた。テーブルの上に置かれていたものを入れて花の数は百一本だ。
「見つけてくれてありがとう。知ってる? 薔薇の花束は、使っている花の本数で意味が変わるんだよ」
ヴィオルはそう言って、まず一輪の薔薇をエリーズに差し出した。
「一輪だと、『私にはあなたしかいません』」
込められた意味とともに、彼は花束を一つずつエリーズに手渡していった。
四本は「一生愛し続ける」
五本は「あなたに出会えてほんとうに嬉しい」
九本は「いつもあなたを想っています」
十本は「あなたは完璧」
十一本は「最愛の人」
二十一本は「あなただけに尽くします」
四十本は「真実の愛を誓います」
「そして……百一本で、『これ以上ないほど愛しています』」
百一本の薔薇の花束からは、優しい甘い香りがする。それを抱きしめたところで、ついにエリーズの中の感情が抑えきれないほど膨らんだ。
目からどんどん涙がこぼれて止まらない。朝から晩まで国のために身を粉にする王が、エリーズたった一人へ捧げてくれる真心が、ただ嬉しくて仕方がなかった。
「エリーズ……」
「ごめんなさい、ヴィオル……嬉しくて、胸がいっぱいで……涙が、止まらないの」
しゃくり上げるエリーズの頭をヴィオルは優しく撫でた。
「いいんだ。止めなくていい。どんな宝石より美しい涙だ」
ヴィオルは花束を抱えたエリーズをひょいと横抱きにすると、部屋に置いてある長椅子に腰かけた。彼の膝の上であやされ、エリーズの涙は次第に止んでいった。
「ありがとう、ヴィオル。今日のことはずっと忘れないわ」
「喜んでもらえて良かった。君が幸せだと、僕もすごく嬉しい」
ヴィオルの手がエリーズの頬を愛おしそうに撫でる。
「僕だけのお姫さま、他に何かお望みは?」
これ以上に何かを望むなど、以前のエリーズならぶんぶんと首を振っていただろう。だが愛されることを知った今、もっと欲しいと思うものがある。それは豪華なドレスでも、美しい花束でもなく――
「……もっと、ヴィオルのキスが欲しいの」
ヴィオルの目が嬉しそうに細められた。
「仰せのままに」
蕩けるような口づけがエリーズの唇に贈られる。それは額、瞼、鼻先、頬へも降りて、また唇へと戻る。
最愛の人の腕に包まれたまま、エリーズの幸せな一日は幕を閉じた。
***
はしゃぎ疲れて眠るエリーズを、ヴィオルは寝台に優しく寝かせた。眠っていてもなお大事そうに抱えていた薔薇の花束は、彼女を起こさないように預かって使用人に託した。きちんと花瓶に挿した方が長く楽しめる。
ヴィオルの最愛の婚約者は、うっすらと微笑みを浮かべていた。どんな素敵な夢を見ているのだろう。たくさんのドレスを目の前にどれにしようかと迷っているのか、次々と運ばれる大好物に舌鼓を打っているのか、それとも子供に戻って、大好きな両親に思いきり甘えているのか。ほんの少しだけでも、自分の夢を見てくれないものか――それを願って、ヴィオルはエリーズの額にそっと口づけた。
結婚式を挙げエリーズが王妃として認められれば、誕生日には国内外から多くの贈り物が届くようになる。愛らしく優しく、常に感謝の心を忘れない彼女に、きっと誰もが夢中になる。そしてエリーズもこれからたくさんのことを知って、更に立派な女性になるだろう。それが彼女にとって最も必要なことだ。
だが、その時が来るまではもう少し、エリーズの世界を独り占めしていたい。
「おやすみエリーズ、誕生日おめでとう」
耳元でささやいて、ヴィオルはそっと部屋を後にした。




