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騎士祭のお話 前編

※本編32話~33話の間に起きたお話です。

「騎士祭?」


 聞いたことのない言葉にエリーズは首を傾げた。そう、とヴィオルが頷く。


「我が国にはたくさんの騎士がいるけれど、出番はそう頻繁にあるわけではない。だけどどんなに立派な剣も磨かなければなまくらになってしまうからね。彼らの士気をあげるために考え出された祭なんだ」


 大地の精霊の加護を受けたアルクレイド王国は、建国以来いちども戦を経験したことがない。だが王国内でときおり起こる犯罪の取り締まりや災害の対処のために騎士たちは日々、鍛錬を積んでいる。

 騎士祭は王国で年に一度行われる、最も強い騎士を決める祭だ。優勝した騎士は家名に(はく)がつき、名家の令嬢との縁談が持ち込まれることも多々あるという。王国最強の騎士と認められることは、彼ら全員の共通の目標といってもいいのだろう。

 今年の騎士祭もひと月後に迫っており、国王と王妃には試合の行く末を見届け、優勝者を労う役目がある。


「そんなに気負わなくていいからね。他国からの来賓は基本的に来ないし、その名前の通りお祭りだから」


 ヴィオルは優しく言った。

 王国の騎士たちには実直な者が多く、エリーズとすれ違うときには皆、丁寧に挨拶をしてくれる。彼らが戦っている姿をきちんと見た経験はエリーズにはまだない。

 ひと月後を楽しみに待つこととし、エリーズは政務に戻るヴィオルとその場で別れた。


***


 その後、エリーズはリノンと合流し他愛もない話をしながら王城の周りを歩いていた。騎士たちが稽古をする詰所が見える場所まで来たところで、三人連れの若い騎士たちと出会った。王妃の姿を見つけるや否や、彼らは揃って礼をした。


「皆さん、大変な訓練お疲れさまです」


 王妃の労いの言葉に、騎士たちの顔に少年のような無邪気な喜びが浮かぶ。そのうちの一人、金髪の騎士が一歩進み出た。


「あのぅ、王妃殿下……もうじき開かれる騎士祭に向けて、よければ私に応援のお言葉を頂けないでしょうか」


 栗色の髪をした一番背の高い騎士がよせ、とたしなめた。


「王妃殿下に気安く頼み事なんかするな。陛下に見られたら騎士祭に出る前に処刑台行きになるぞ」


 それを聞いた三人目の赤毛の騎士が小さく笑う。金髪の騎士が口を尖らせた。

 

「やましい気持ちなんて一切ない! 純粋に王妃殿下に応援して頂きたいだけだ!」

「ふふ。もちろんです。優勝目指して頑張ってください、応援しています」


 金髪の騎士の顔を真っすぐ見つめエリーズが言うと、彼は勢いよく両手の拳を握り肘を曲げた。それだけには留まらずその場で小躍りまでする。


「あー最高! めちゃくちゃ頑張れる。絶対に優勝できる! ありがとうございます! 王妃殿下」

「おい(ずる)いぞ、抜け駆けしやがって」


 ぶつくさ言う栗色の髪の騎士へ向けてもエリーズが応援を贈ると、彼はその場にひれ伏さんとする勢いで礼を述べた。同じように王妃からの応援をもらった赤毛の騎士は、顔を赤らめて深々と頭を下げた。

 その様子を見ていたリノンが笑いながら腕組みをした。


「ほんと、男ってみんな単純だよねぇ。せっかく応援してもらったんだから、生半可な結果で終わっちゃ駄目だよ?」


 お前もな、と金髪の騎士が返した。リノンはエリーズの近衛になるまでは王国騎士団に所属していたため、彼らとも馴染みの仲のようだ。


「残りひと月、追い込みかけろよ。王国一の騎士の名前は伊達じゃないんだぜ」


 リノンはにっと笑って腰に手を当てた。


「分かってるよ。あたしも頑張るから。ほら、そろそろ行ったら? 油売ってるのがばれたら団長にどやされるよ?」


 まずい、と三人の騎士たちは顔を見合わせ、もう一度エリーズに礼をするとそそくさと立ち去った。彼らの姿が見えなくなった後、エリーズはリノンに声をかけた。


「リノンも騎士祭に出るの?」

「ううん、あたしは出ないよ。あれ? もしかして誰からも聞いてない?」

「何のこと? さっき騎士の皆さんは、リノンのことを応援していたけれど……」

「近衛騎士はね、ちょっと特別な立場なの。騎士祭の優勝争いに参加することはできないんだ。ただ代わりに優勝者が決まった後に、特別試合があるの」

「特別……試合?」


 すべてエリーズの初めて聞く話だ。そう、とリノンは頷いた。


「国王の近衛騎士と王妃の近衛騎士が、一対一で戦う試合。近衛に相応しい実力の持ち主であることを周りに示すんだ。王妃がいない間は騎士団長が代わりをしてたんだけど、今年はエリーズがいるからね。あたしが出るってわけ」


 エリーズはすぐに相槌が打てなかった。騎士祭の締めくくりに、王と王妃の近衛騎士が戦いを繰り広げる。その舞台に立つのはリノンと彼女の夫――ローヴァンだ。


「じゃあ、リノンはローヴァンさんと戦うの?」

「そうだよ。いやー、正直なところ勝算はいまいちなんだけどね。なんせローヴァンはものすごく強いから」

「でも、あの……ローヴァンさんは、リノンの旦那様よ?」

「そうだよ。それがどうかした?」


 リノンは不思議そうに首を傾げた。

 騎士の戦いは剣をぶつけ合うものだ。カードやチェスで勝負するのとは訳が違う。下手をすれば大怪我に繋がるかもしれない。そんな危険が伴うことを、お互いに想い合う夫婦が行う――それはエリーズにとって、受け入れがたいことだった。


「ああ、もしかしてあたしとローヴァンがそれきっかけで喧嘩するんじゃないかって心配? だいじょーぶ。それはないよ。それとこれとはきちっと分けるっていうのがあたしら騎士の世界では当たり前だからね」

「そう、なの」


 返事はしたものの、エリーズはこの場でそれを完全に腹に落とし込むことはできなかった。だが、仲間の騎士から応援されて元気に応えていたリノンの様子を見るに、彼女はやる気なのだろう。

 エリーズはそれ以上の言及は避け、リノンに対してもいつも通りに振舞うようにした。


***


 騎士祭まで二週間を切った。騎士たちはどこか気もそぞろな様子だ。鍛錬に最後の追い込みをかけているようで、走り込みや組手をしている彼らの姿があちこちで見られた。

 エリーズの胸のつかえはとれないままだった。リノンが彼女の夫であるローヴァンと剣を交える。リノンがエリーズの近衛騎士に任命されてしまったばかりに起こったことだ。彼女は何食わぬ顔をしてエリーズに接してくるが、本当は辛いのではないだろうか。エリーズなら例え冗談だとしても、ヴィオルに刃を向けることなどできない。

 そして何より、エリーズ自身がその戦いを平常心で見ていられる気がしなかった。ローヴァンのことを話しているときのリノンの表情は一層明るく、なおかつ女性らしい柔らかさがにじみ出ている。ローヴァンも口数が多い方ではないが、リノンのことをとても愛している。それを知っているからこそ、その二人が戦う姿など目に入れたくない。わざわざ周りに証明などせずとも、彼らは立派に近衛騎士としての務めを果たしているのだ。しかし王妃として、騎士祭に出席しないという選択肢はとることができない。

 一人で悩んでいても仕方がないというのはエリーズにも分かっていた。そして、こんな時に頼ることができるのはヴィオルしかいない。

 確か今の時間は執務室にいるはずだ。エリーズはそちらへと向かい、扉を軽く叩いた。入室を許可する声が内側から聞こえた。


「あれ、エリーズ?」


 妻の訪問は予想外だったらしく、ヴィオルの顔に驚きと喜びの両方が浮かぶ。


「ヴィオル、急にごめんなさい。今、少しお話できる?」

「もちろん。さあ、こっちで話そう」


 ヴィオルはエリーズの手をとり、執務室の端に置かれたソファに誘った。


「お茶を持ってきてもらおうか」


 大丈夫よ、とエリーズは首を振った。


「すぐに終わらせるわ。あのね、騎士祭のことで聞いて欲しいことがあって……」


 ヴィオルが頷き、言葉を絶対に聞き漏らすまいとするようにエリーズの方へ軽く身を乗り出した。


「リノンから聞いたの。近衛騎士の方は、特別試合をするでしょう?」

「ああ、そうだよ」

「だから、リノンとローヴァンさんが戦うということよね? わたしね……それが何だか、辛いの」


 そう聞いた途端、ヴィオルの表情が一気に心配のそれへと変わる。だが取り乱したりエリーズの話を遮ろうとはしなかった。


「リノンとローヴァンさんはとっても仲が良いのに、愛し合っているのに……怪我をするかもしれないことを二人にさせるのが辛くて。わたしは王妃だからその様子を見届けなくてはいけないと分かっているのだけれど、きちんと見ていられる自信がないの。それで、どうしていいのか迷ってしまって……ごめんなさい、ヴィオルに頼るしかできなくて」

「……いや、いいんだよ」


 ヴィオルは静かに言い、エリーズの手を優しく包むように握った。


「エリーズ、話してくれてありがとう。君が勇気を出してくれなかったら、僕は君の気持ちに気づけないまま騎士祭を迎えて、君のことを傷つけてしまっていた」


 ヴィオルはそこで言葉を切り目を伏せた。エリーズの言葉を反芻(はんすう)しているようだった。そしてまた、紫水晶の瞳がエリーズの顔を見る。


「エリーズ、君には選べる道が三つある。一つ目は特別試合自体を取りやめること。僕と君の総意として声明を出せば、ローヴァンもリノンも、他の騎士もそれには逆らえない。二つ目は、特別試合は決行するけれど君はその間退席すること。そして三つ目は王妃として、特別試合の行く末を見届けること。どれを選んでもいい」


 ヴィオルの提案を聞いても、エリーズの顔は曇ったままだった。特別試合を取りやめたり退席するなど、本来ならしてはならないことだ。ヴィオルはその上で、エリーズの選択の責任を被ろうとしている。彼にそれを強いることは、余計にエリーズを苦しめることになる。


「うん。どうしたらいいか分からないよね。じゃあ……考えるための材料として、僕の話を聞いてくれる?」


 エリーズが頷くと、ヴィオルは言葉を続けた。


「君も知っている通り、僕とローヴァンは小さい頃からの知り合いだ。よく一緒に遊んでいて、その時のローヴァンは僕にとって兄みたいな存在だった」


 ヴィオルは昔を懐かしむかのような遠い目をした。


「あれは……僕が六歳くらいの時だったかな。近衛騎士というのがどんな役目を持っているのか教えられた日、僕は必死になってローヴァンに頼んだよ。『近衛騎士になんてならないで。僕のせいでローヴァンが危ない目に遭うのは嫌だ』ってね」


 近衛騎士が背負う義務、それは己の命に代えても主君を守ることだ。今まで暗殺や非業の死を遂げた国王がいないのは大地の精霊の加護の他に、近衛騎士たちの覚悟と並々ならない努力があったからだろう。


「その時のローヴァンの答えを、僕は今でも覚えているんだ。『自分は近衛騎士になるために生まれてきた。だからその道を閉ざすことはやめて欲しい』って。驚くよね。ローヴァンだってその時、十歳かそこらの子供だったのに」


 確かに、あまりにも大人びていて覚悟の決まった返事だ。


「ローヴァンは約束してくれた。僕のことは絶対に守る。そして自分自身のことも同じように守るってね」


 幼い頃から己の肉体と精神を鍛え続け、ローヴァンは王国一の騎士、国王の前に建つ難攻不落の要塞とまで言われる程に成長した。近衛騎士になるという決められた運命を嘆くことなく、それだけを自分の生きる意味とした彼の原動力は、主君であり大切な友人と交わした約束なのだろう。


「ローヴァンの自慢をしたかったのではなくてね、騎士には騎士の、王族には王族の矜持(きょうじ)というものがあるんだって伝えたかったんだ。僕だって騎士の全てが分かっている訳じゃない。だけど、彼らには彼らの大事にしているものがある。僕にできるのは、それを尊重することだと思ってる」

「騎士さんたちが、大切にしているもの……」

「だから、ローヴァンには少なくとも僕が国王でいるうちは、絶対に騎士を引退するな、って言ってあるんだ」

 

 ヴィオルが笑いながら話を締めくくった。

 エリーズの脳裏にリノンの顔が浮かぶ。二人でいるとき、彼女はエリーズの話し相手でいることがほとんどだ。だが近衛騎士としての役目を放棄している訳ではないことをエリーズは知っている。彼女は朝、王妃の傍に控える前に鍛錬に打ち込んでから来ているようで、頬が紅潮していたり額に汗をにじませている姿を度々見るのだ。

 リノンが大切にしているもの、それはエリーズにとって考えも及ばないところにあるのかもしれない。


「エリーズ」


 ヴィオルが物思いにふけるエリーズの手に己のそれを重ねた。


「騎士祭が始まって以来、死者や騎士生命を絶たれるような大怪我を負った者は誰もいない。君の近衛を務められるのはリノンしかいないと僕も思っている。彼女を危険な目に追い込むことは絶対にしない。それは約束するよ」


 ヴィオルは柔らかく微笑んだ。


「僕が伝えたかったことは全部話した。良かったらこれを踏まえて、さっき言った三つの道の中でどれを選ぶか……当日までにゆっくり考えてごらん」

「ええ、分かったわ……ごめんなさいヴィオル、忙しいのにわたしのために時間を作ってもらったりなんかして」

「とんでもない。大切な妻の悩みに向きあえないような人間に、国王なんて務まらないよ」


 白い手袋に包まれたヴィオルの指がエリーズの頬を撫でた。


「君の悩みがリノンと、それからローヴァンのことも大切に思っているからこそ生まれたものだっていうことを、僕はきちんと分かっているからね。どうか自分を責めないで」

「ありがとう、ヴィオル」


 彼は自分にできることを尽くしてくれた。後の決断はエリーズが行うべきだ。

 ソファから立ち上がり部屋を出て行こうとしたエリーズをヴィオルは呼び止めた。


「せっかくだから一回だけキスさせて」


 彼の優しい口づけを受けて、エリーズの心もほかほかした熱に包まれる。エリーズに勇気をくれる最高の魔法だ。

 また後でね、と夫に告げ、エリーズは執務室を後にした。霧の中をあてもなく彷徨う中で、道を照らす光に巡り合えたかのような気分だった。

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