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「来週にはドワーフの使節団がこちらに来る予定になっている。そしてそのタイミングでドワーフという種族のことも大々的に公表するつもりだ」
「エルフの時よりも、かなり展開が早いですね」
「向こうさんからの要望が来ているんだ。よっぽど、人間の作り出す酒にご執心らしい。……話を戻すが、その使節団が美術品やら『魔剣』を始めとする高性能な武器や防具を持ってきてくれることになっている」
「ドワーフによる展示会でもするんですか?」
「ま、そんなものだろう。信頼のおける企業にはあらかじめ話を通しているからな、そういった物を目当てに多くの企業のお偉いさんが来るだろうな」
今まで日本と取引をしていた異世界はエルフでのみであった。主な取引物は飲食料品であり、量はかなりの物であったが金額にするとそれほどでもなかった。
しかしドワーフは違う。彼らが主に取り扱う美術品や武器防具はかなり高額で取引されることは想像に難くない。金額にするとかなりの額になり、そのおこぼれにあずかりたい思う企業などもごまんと出てくるだろう。
「おっと、そう言えば一つ言い忘れていたことがあった」
何気なく、ポツンと呟いた島津さん。本当に何気なかったことのようであり、それほど大事な要件でも無さそうな雰囲気でもあった。だが、どういうわけか、非常にいや~な気配を感じた。
「言い忘れていたこと?」
「ああ。そのドワーフの使節団何だがな、最初にゴルド兄弟にあった君と話がしたいそうなんだ。…彼らの言う、互いの本心を言い合えるような状況で、な」
島津さんが人の悪い笑みを浮かべている……
「えっと……それは、つまり?」
「何だ、君にしては察しが悪いな。早い話、君と酒の席で話がしたいというわけだ」
「……………逃げていいですか?」
脳裏によぎるのは、酔いつぶれた職員さんたちの苦しんでいる顔だ。彼らは現在研究所にいる職員の中から選ばれた、いわば酒好きの精鋭部隊だった。そんな彼らも成すすべなくやられたのだ、俺が生きて帰れる保証などどこにもない。
「協会としては、使節団の方々の好感度を稼げるのであれば君1人の犠牲など簡単に目を閉じることは出来る。だが、それなりの恩のある君の事だからな…」
「何とか……何とかなりませんか………?」
縋る様に声を出す。多分、人生で1度あるか、ないかぐらいの悲壮感たっぷりの声色だっただろう。
「くくっ………いや、すまない。あまりにも悲壮感たっぷりの声色だったのでな、つい笑ってしまった。…安心してくれ、すでに協会に来ているドワーフ達には、人間がそれほどお酒に強くないという話を通している。無理に君に宴会に参加させようとはしないだろう。ま、宴会とは関係のない、普通の話し合いの場でなら問題は無いと伝えたからな。安心しろとは言えないが、それほど気にする必要はないさ」
「ほっ……脅かさないで下さいよ、寿命が縮むかと思ったじゃないですか」
「いや、本当にすまんな。だがな、これだけのことを理解させるのもそれなりに苦労したんだ、そのぐらい遊んだっていいだろ?」
人間がドワーフほどお酒に強くないということを理解させるのに、そんなにも苦労したのか?疑問に思ったが、ドワーフ達の世界には人間という異種族は空想上にすら存在していなかった。
つまり彼らの世界には、お酒に強くない知的生命体なんて存在してなかったわけだ。だから、お酒に強くないという言い分にも素直には理解しがたいものがあるというわけなのか?―――これもまた、異種族との交流の難しさの証明である気がした。
「だがな、一応ではあるが、体裁と言うものが必要だ。使節団が来た当日、君が研究所内にいるにもかかわらず宴会に参加しないなんてことは出来ないからな」
「なるほど。つまり使節団が来る日、俺がこのダンジョンにいては不参加の表向きの言い訳が必要であるわけですか」
「その通り。だから君には、しばらくこのダンジョンから離れていてもらいたいんだ。その為の用事もこちらで用意してある」
そう言って1枚の紙を渡してきた。
「指名依頼書だ。君にはとある物資をとあるダンジョンに運んでもらいたい」




