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1週間ほどの滞在期間を終わらせ、帰国の途についた『協会』の関係者一行。
その帰りにはプロヴェスト王国の外交官を中心とした多くの文官が同行することになり、その遠征自体は大成功と言っても差支えが無いほどの成果を出した。しかしその犠牲はあまりにも大きいものであった。
「毎日のように開かれる大宴会。私は……そう、私たちはまだマシだったんだ。だが男性職員の方は――あの酒井が、『当面は酒は見たくもない!』と言うほどに心の傷を負ってしまった……まぁ、奴の奥方からは礼を言われてしまったがな」
酒井さんは『協会』の中でもかなりの酒好きとして有名だったらしい。
遠征が終わった後、遠征組は長期の休暇を貰い多くの職員が自宅へと帰っていった。彼のお嫁さんも、普段の酒井さんなら家に帰ってすぐに晩酌をしていたらしいが今回はどうも様子が違うことにすぐに気が付いた。
それとなくお酒を勧めると「そんなものは見せないでくれ!」と大層おびえた様子で叫んでいたとか。詳しい話は秘匿事項もあるだろうからと聞かなかったそうだが、とりあえずお酒代がかなり浮いて良かったと喜んだとのことだ。
「ま、犠牲者には悪いが得るものが多い遠征だった。美術品や工芸品の素晴らしさは当然ながら目を見張るものがあったし、何よりもドワーフ達の作り出す武器や防具も相応に素晴らしいものであったな」
「そんなにすごかったんですか?」
「ドワーフは私達人間よりも〈鍛冶〉や〈彫金〉といった物作りに特化した『スキル』を習得する職人が多く生まれる傾向にあるみたいでな。その者達が切磋琢磨することで、より素晴らしい作品が生み出されるわけだ」
なるほど、『スキル』の有無だけでなく、そういった環境がよりよい物を生み出すための土壌となっているという訳か。
「君は『魔剣』について何か知っているか?」
唐突な質問ではあるが、これまでの話と全く関係のないものでもないのだろう。素直に答えることにした。
「えっと……確か、『ダンジョン』で見つけることの出来る『宝箱』の中に、極稀に発見することの出来る『魔道具』の類でしたかね?切断力も高く、『魔力』を込めると火や雷を発生させることも出来る強力な武器ですが、現在の技術では劣化コピーを作る事すら不可能だとか」
「うむ、正解だ。そしてこの『魔剣』なんだがな、なんとドワーフの武器職人が作り出すことが出来るらしいんだ。無論、希少な素材を使う上に、あの国でもトップクラスの技術力を持つ職人しか作成することができないがな」
俺達の世界に『ダンジョン』やら『スキル』と言った概念が誕生したのは20年ほど前だ。何百年も前からそういった概念の存在するエルフやドワーフとの間に技術格差があるのは仕方のない事だろう。そんな事を考えていると島津さんがクツクツと笑い出した。
「分かるか?檀上君。今まではそういった強力な武器を手に入れようにも、物が無いから手に入れようが無かったわけだ。だが、これからは違う。希少であることには変わりないが、それなりの金を積めば『魔剣』を入手することも出来るようになったんだ」
「それでもそういった超強力な武器を買えるのは、懐にかなり余裕がある、上級探索者からになりそうですね」
「その通りだ。だが、そうして強力な武器を手に入れることが出来た上級の探索者はどうすると思う?簡単だ、『ダンジョン』のより奥地を目指せるようになるというわけだ。そうなれば『ダンジョン』から得られる資源やアイテムの量が今までよりも圧倒的に増えるとは思わないか?」
「思いますね」
強い武器や力を手に入れることが出来たのなら、それを使ってみたいと思うのも人間として当然の考えであると思う。俺も少し前に〈支援魔法〉を習得したので、その気持ちはよく分かる。
もしかすると、中級探索者の中からも『魔剣』を手に入れようとする人も出てくるかもしれない。堅実に倹約を重ねているの人なら、中級探索者でもそれなりの貯蓄がある人も多いと聞く。強力な武器を手に入れることが出来れば、戦力が倍増するといっても過言ではない。
「時代が大きく動き出すぞ、檀上君。いや、エルフの件ですでに大きく動きかけていたわけだが、その動きもより加速することになるだろう。エルフのもたらす素晴らしい食料品。ドワーフのもたらす武器や防具、美術品の数々。そういった珍しく、そして素晴らしい物を手に入れたいと思う人はごまんといるからな」
1年ほど前の俺の様にこれまで『ダンジョン』と一切関わり合いのない人生を歩んできた人でも、これからは違うかもしれないというわけだ。
食料品から美術品と言った物にまで、『ダンジョン』が関りを持つようになってきたわけだもんな。何となくすごいことになりそうだな~というのは理解しているが、あまり実感もわいていなかったのは俺が凡人だからかな。饒舌に話す島津さんを見ながらそんなことをぼんやりと考えていた。
 




