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只野さんとの会話の間周りにいる猫が怖かったのだろう、ずっと俺の足にすがっていたハヤト。このダンジョンにいる猫はすべてボスの支配下にあるため、猫たちはボスの友人であるハヤトに厳しい視線を向けるが、直接的な危害を加えることはないんだがな。その辺りのことはまだ理解していないみたいだ。
ただ、それもまた仕方のない事だろう。何せ猫たちは只野さんの肉を奪いに?来ているのだ。当然ながらライバルになりうる存在を快くは思っていない。それが例え生まれて間もない子犬だったとしても。
そう。ここにいる猫たちは、目の前にある1度の食事に命を懸けなければならないほどの厳しい野良の世界を生き抜いている猛者たちなのだ。皆が自分のことで精いっぱいであり、他者に掛ける慈悲はない……と、考えてはみたものの、ここにいる猫たちはふくよかなヤツが多い。まあ、只野さんをはじめ猫にエサを上げているヒトもたくさんいるからな。つまりは食い意地を張っているだけの連中だな。
プルプルとしているハヤトを抱き上げ、同じボスの非公式ファンクラブの只野さんの食事があれだけではかわいそうと思い、彼におすそ分けをすることにした。
寮の裏手には現在、『ダンジョンガーデン』がある。これは読んで字の如くダンジョンの中にある畑であり、ダンジョンの中では野菜の生育が早くなる特性の研究の為、急遽こしらえられたものだ。
その広さはざっと1反ほどある。畑とすればそれほど広いとは言えないが、研究の為となるとそれなりの広さと言えるだろう。
なぜこれほどの広さの畑を用意したのかと言うと、簡単に言えばこの畑から収穫できる野菜を寮や研究所にある食堂で提供することも目的に含まれているからだ。
この『ダンジョンガーデン』の建設するにあたって、1つだけ問題があった。それは、彼らが当初予定していた広さの畑を作ってしまえば、俺が最初に無償で譲渡した土地の広さから少しばかり足が出てしまうということだ。
研究者、そして寮の料理人からの熱心な交渉を受け、最終的には俺にも畑の1部を使わせてもらうことを条件に、出てしまった足の分の土地の譲渡に応じたわけだ。
この畑が作られる様子を見たことがあるが、『スキル』を使って地面に浅く広い穴を掘り、その穴の周りをダンジョンに吸収されない特殊な素材でコーティング。最後に土を穴に戻して完成、と言った工程で作り出された。
そうして出来上がった『ダンジョンガーデン』には現在は葉物野菜を中心に多くの野菜が育てられており、研究者と料理人がこの畑に足しげく通っていた。
研究者たちが面倒を見ているエリアを抜け、俺に譲渡されたエリアに向かう。そこには枝豆やトウモロコシ、スイカやメロンが成っている。
生育期間の違いだろうか、枝豆は収穫までもう少しかかりそうであったがそれ以外は十分に収穫可能なほどにまで成長している。その中でもとりわけ大きいトウモロコシを数本収穫し、只野さんのところまで戻る。
「只野さん、よろしかったらこれ、どうぞ」
「…ん?このトウモロコシは……なるほど。すみません、逆に私の方が貰っちゃって」
「お気になさらず、以前お世話になりましたので」
俺がダンジョンガーデンで野菜を育てていることを、話の途中で思い出したのだろう。そのトウモロコシを皮付きのまま七輪の上に置き焼き始める。皮付きのまま焼くことで、トウモロコシから水分が抜けにくくなりジューシーな焼きトウモロコシに仕上げることが出来る。
「ダンジョンってホント、不思議な場所ですよね。トウモロコシの収穫時期は夏だと記憶していますが、小春日和なこの気温でも、ここまで大きく成長するんですから」
「全くです。でもそのおかげで、今回は美味しそうなトウモロコシを食べることが出来そうなことに感謝していますよ」
「ま、今度感想でも聞かせてください。……感想を聞いて一喜一憂できるほど、このトウモロコシの生育には関わっていませんがね」
種を蒔いた後は人工授粉をして、時々様子を見に来ていたぐらいしかしていないからな。研究員の話だと水をやらなくても普通に成長するとのことだったので、本当にそれ以外何もしていない。これはある意味、自然栽培の極致なのではないだろうか?…いや、ちょっと違う気もする。
只野さんに別れを告げ、依然としてビビッて動けなくなっているハヤトを右手で抱き上げるように持ち、左手で先ほど収穫した残りのトウモロコシとその葉茎を持って別の場所を目指して移動を開始した。
 




