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「やはりここにいらっしゃいましたか檀上さん、おはようございます。…それとボス、元気そうで何よりだ」
「おはようございます、松重さん。何か俺に用でもありましたか?」
「ええ、実はドワーフの件で、島津さんから言伝がありましてね」
俺の質問にそう答えながら、おやつを食べたことで腹が満たされ、満足そうに毛繕いをしているボスの頭を撫で繰り回しているのは『協会』に所属する研究員の松重さんだ。
身長が190センチ近くもあり、少しばかり人相の悪い彼ではあるがその実大の猫好きで、ボスの非公式ファンクラブを立ち上げた人物、その人でもある。
研究の合間にボス専用のアカウントを作成し、自分が撮影したいくつもの写真や動画をそこに投稿している。また、そのアカウントから得られる広告収入のすべてを、自身のあらゆる伝手を辿って入手した、本当に信用できる猫の保護活動をされている団体に全額寄付をしているというほどのアクティブさも兼ね備えていた。
一般企業であれば、仕事の合間にそんなことをしようものなら一発で処分されてしまうだろうが、『協会』は完全なる実力主義の組織。つまり彼が処分されず依然としてこの研究所で研究しているという事は、彼がそれだけ優れた研究員である証拠でもあるというわけだ。
漫画やゲームなどでよく、『優秀ではあるが性格に難あり』といった研究者が出てくることがあるが、これはある意味納得がいくキャラクター作成なのだと思った。何故なら、優秀でないうえに性格まで捻くれていようものなら、即座に職を追われ研究職なんて続けること何で出来ようはずも無いというわけだ。
今も片手でボスの頭を撫でながら、もう片方の手でスマホを操作しシャッターチャンスを窺っている。その目つきは真剣そのものであり、島津さんからの言伝があったことを伝えにのみ来たわけではないという事は説明されずともわかる。と言うより、彼ほどの偉い研究員ならそんな小間使いのような事は決して任されない。つまりボスがメインで俺がついでというわけだ。
「ってことは、そろそろドワーフの件も世間様に大々的に発表するってことですかね?」
「交渉がかなり円滑に進んでいたらしいですからね。エルフの時と比べてかなり早いですが、まぁ、エルフという前例があるのであの時ほどの騒ぎにはならないだろう、というのが島津さんを含めた協会の考えでしょう」
ボスが膝の上に乗って来て、ご満悦と言った表情の松重さん。俺も負けじとハヤトを膝の上に乗せ、顎を掻いてあげる。……日増しに重くなるな、コイツ。おやつのあげすぎ……?いや、成長期だからだろう。
「それにドワーフ側から、早く交流をしてくれって要請も来ているみたいですからね。それほど、我々人間の作り出すお酒に魅力があるのでしょう……ね!」
ボスがあくびをした瞬間にシャッターを切り、パシャパシャと連写した音が聞こえて来た。会話をしながらもあくび一つ見逃さないとは…恐ろしいまでの集中力だ。これが研究に生かされているのだとしたら、確かに彼は優秀な研究員なのだろうと思った。
「街道の整備も直に始まるでしょうし、ここに訪れるドワーフ達にお酒を売る場所、提供する土地の確保もすぐにでも始まる事でしょう。檀上さんもそのうち、お忙しくなるでしょうね」
先程撮った写真を確認しながら、言葉を続けた。満足のいく写真が撮れたのだろう、何度も頷きながら、満面の笑みを浮かべている。
「ですね。すでに何度も経験したことではありますが、今回も協会の手を借りることにはなるでしょうから、連絡を密にしておかないと」
「………さて、言伝も終わりましたし、名残惜しいですが私もそろそろお暇させて頂きましょうか」
そう言って、本当に名残惜しそうにボスを膝の上からおろし研究所に戻ろうとする松重さん。
「…っと、その前に。檀上さんから以前提供していただいた動画、かなり好評でしたよ。視聴者さんからかなりのコメントを頂いていましてね。時間があるときにでも見ておいてください」
俺が提供した動画、それは、ボスとハヤテ君が一緒にお昼寝をした時の5分ほどの短い動画だ。何となく撮影し、気まぐれに松重さんに見せたところ大層気に入り、自分のアカウントで公開させてくれないかと打診があったのだ。
元は自分で楽しむために撮ったものであったが、そこに広告収入が発生し、1匹でも多くの野良猫が幸せになればと思い喜んで提供することにした。本人…ではなく、本猫と本犬の許可は得ていないけど。
その動画を提供したことにより松重さんにものすごく感謝され、俺はボスの非公式ファンクラブ、会員番号009の称号を賜ったのだ。一度も役に立ったことは無いけれど、会員番号ゼロゼロナインという響きだけは俺もかなり気に入っている。サイボーグの戦士に成れそうな響きだからな。




