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俺がドワーフとの邂逅を果たした日から3日が経過した。その間もゴルド兄弟に対する聞き取りは続いており、兄弟はその見返りとして連日連夜の宴会を所望。毎夜少なくない職員がそれに付き合わされ、多くの職員が二日酔いに悩まされていた。
そして、ついに今日、その地獄の様な日々から解放されることになった。つまりゴルド兄弟を連れて、彼の故郷に赴くことになったのだ。〈収納〉のスキルを持つ職員に大量の酒を持たせ、それを手土産にまずは『商業ギルド』との交渉に入るのだとか。
ちなみにその遠征に、今回俺は参加させられることは無かった。道案内はゴルド兄弟がしてくれることになっており、俺の同行が必須ではなかったためだ。
何でも、近日中にアルベルトさんとの土地の賃貸借契約を締結する予定になっており、そちらを優先してもらって構わないということらしい。この時ばかりは、その日付を指定してくれたアルベルトさんに心の底から感謝した。
当日はお見送りと言う立場で顔を出した。すると見知った顔があることに気が付く。酒井さんだ。流石に数日前のお酒は抜けているようで、あの時とは比べ物にならないぐらい顔色がいい。それでも、すこしだけ、彼の表情に影のような物が差しているのは気のせいだけではないだろう。心配し、思わず声をかけてしまう。
「大丈夫ですか?酒井さん」
「檀上さん…えぇ、まぁ、一応……」
数日前の宴会で、俺がしれっとバックレたことに対する恨み言は無かった。まぁ、俺は『協会』の職員ではないからな、無理に宴会に参加する必要はなかったので、勝手にバックレても誰にも文句を言われる立場ではないんだが。それでも負い目があるので、ついつい警戒してしまう。
「自分は昔から蟒蛇だとか、酒豪だとか言われていたんですよ。それいい気になっちゃってたんですよね、あの兄弟相手に飲み比べを挑んでしまって…所詮私など井の中の蛙、彼らからすれば私などその辺に生えているぺんぺん草みたいな存在なんですよ」
酒井さんはそれなりに立場のある人であり、普段からその立場に見合うだけの威厳と自信を兼ね備えていた人だった。今のしょぼくれた彼の姿からは想像することが出来ない。ゴルド兄弟によって、彼のプライドはポッキリと折れてしまったようだ。
下手に慰めるのも酷かと思い、『頑張ってください、今回の交渉が上手くいけば協会の中でも立場が一つ上に行くこと間違いないですよ!』と励ましておいた。
続いて伊集院さんと何かしらの確認を取っている島津さんに声をかけることにした。
「お疲れ様です島津さん。その…俺が言うのもアレですが、頑張ってください!ところで…今回は湯川所長は同行されないんですか?」
「別に私とアイツは2人で1セットというわけではないんだがな。今回はゴルド兄弟によって提供されたサンプルの解析を優先させることにしたらしい。それにアイツは酒にすこぶる弱いんだ。ドワーフの国に行ってしまえば、酒の匂いだけでまともに動くことすら出来なんじゃないかってほどだからな」
冗談っぽく語る島津さん。そうこう話していると、再び見知った顔である、毛利さんが姿を現した。つまり今回も彼女が交渉役に選ばれたというわけか。異世界国家との交渉経験のある彼女に、再びそのお鉢が回ってきわけか。前例主義の大好きなお役所らしい人選だと思った。その内『異世界交渉担当課』なんてものが作られたら、間違いなく彼女が課長に任命されることだろう。
「それじゃ人数もそろった事だし、そろそろ出発することにするか。檀上君、お見送りご苦労。アルベルト氏にもよろしくな」
そうして今回も、いくつかのグループに分かれて移動を開始していた。前回と同じように、周りに人の目が無くなれば車を利用して森との境界まで行くのだろう。
ゴルド兄弟にも声をかけておくつもりだったんだがな、協会の職員さんから渡されたのだろう、無線機やらバッテリー式の電灯、腕時計やらスマホに興味津々であり、声をかけづらかったのだ。
ま、ドワーフとの交流が本格的に開始すればアウラさん達同様、再び彼ら兄弟に会う機会もあるだろう。無理に別れの挨拶をする必要はないか。
ドワーフの国への交渉団を見送った俺はいつものようにハヤテ君と一緒にその辺を散歩して、ハヤテ君のご飯の準備をしている最中にシレっと現れたボスのご飯も用意して一緒に食べさせた。
昔から犬と猫の仲は悪いと聞くが、少なくともこの2匹に関してはそれは当てはまらない。仲良く揃ってご飯を食べ終えた後、一緒に毛繕いをして重なるようにして居眠りをしていた。周りの人間は忙しそうにしていたが、俺はいつもと変わらない日常を過ごしていた。




