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今回は1人での遠征と言う事もあり、流石に野外で寝る気にはなれずテントの中で眠ることにした。前日の移動の疲れもあってか、夜はぐっすりと眠ることが出来た。そうして翌朝。テントの外から聞こえる、野太い男性の声で俺は目が覚めた。
モーニングコールがおっさんの声であることに少しばかりの落胆と、こんな僻地に人がいることに少しばかり違和感を覚える。とはいえ、ここは距離的には研究所からそれほど離れていないため、『スキル』の訓練をする人が全くいないというわけでもない。
仮に声の主が不審者であるなら声を立てずにテントに接近するだろう。少なくとも彼らには俺を害する意思は無さそうなことに安心し、とりあえず、テントの外に出てみることにした。
するとそこにいたのは、身長130センチぐらいのやたら横と幅の太いガッシリとした体格に、顔の下半分が濃い髭に覆われた、三国志の関羽みたいな立派な髭を持った2人組のおっさん達であった。
「……ん、子供か?どうして子供がこんなところで1人でおる。にしても…子供の割には背が高いのぉ、おぬし」
まさか、この年になって子供と間違われることになるとは思わなかった。顔だって年相応のものだと思うし、彼が何故、俺を子供と判断したのか。
「……いや、兄者。多分じゃが、こ奴はれっきとした大人じゃないのか?確かに髭は薄いが…」
髭…?確かに、目の前にいる彼らよりは髭は薄いが、これも特別薄いというわけでもない。人並みには十分生えていると思うが。
「あの…俺は立派な大人ですよ?いや、立派と言うほどの者でもないですが…っと、どうして俺を子供だと思ったんですか?顔も身長も、年相応の物だと自分では思うんですが?」
俺がそう答えると、ハッとした表情を見せた後、何かを察したかのように2人ともバツの悪そうな表情をした。
「………そうか、そういう事か。それは辛いことを聞いてしもうたな。すまんかった。おぬしも色々と苦労しておるんじゃろう。じゃからこんなところで1人でおったのか」
「兄者がすまんな。思ったことをすぐ口に出してしまうんじゃ。しかし…背はいくら高くなろうとも、髭が全然生えておらんのでは子供と間違えられても仕方なかろう。おぬしも色々と苦労したんじゃろうな」
2人は何となく理解した、みたいな反応を見せ、神妙な顔をして頭を下げ謝罪してくる。俺に同情しているは話しぶりからして分かったが、濃い髭が生えていないだけで大人と判断されないことには違和感しかない。まるで俺と彼らの持つ常識が異なっているような…
思えば、この2人もいかにも外国人って感じの堀の深い顔立ちをしているが、言葉が通じている。髭に覆われて確認し難いが口元をよくよく見れば、耳から聞こえてくる言葉と、彼らの口の動きが一致していない気がする。ってことはこれはつまり……そう言うことか?
「う~む、異世界人か。にわかには信じがたいが、こうして儂らの持つ道具と、明らかに技術体系の異なる品々を見せられてしまえば信じざるを得んと言うか、何と言うか…」
「この『ガスコンロ』と言う奴か?ガスという気体を使って火を燃焼し続けるというのは非常に興味深い構造をしておるの。ギルドの連中に見せれば、さぞや、興味を抱くことじゃろうな」
流石に何の証拠もなく説得する自信はなかったので、とりあえず、カバンの中に入っていたガスコンロとか、手回し式のランタンとか見せることで、何となくではあるが彼らを説得する。
彼らは自分たちの種族の事を『ドワーフ』と呼称していた。『エルフ』に続いて『ドワーフ』か。2度目ともなれば、パンピーである自分でも流石に慣れたのだろう。1人でも何とか対応できている気がする。
「とりあえず協会…っていう、ゴルドさん達の様な異世界?の住民との交流の窓口?となるような組織の支部がこの先にありますので、そこに一緒に行きませんか?もちろん、俺のことを信用できないというのであれば、日を改めて、他のドワーフの方も同伴されてって言うことも出来ますが」
「おぬし、細かい事を気にし過ぎじゃないのか?儂らの様な一般人がどれほど役に立てるか分からんが、ここで会ったのも何かの縁じゃ。面白そうじゃし、一緒に向かわせてもらうことにしよう」
ちなみに彼ら名前はゴルドさんとゴンドさんと言い、ゴルドさんが兄でゴンドさんが弟の兄弟であるのだとか。『顔とかあんまり似てないじゃろ!』とか言われたが、顔のほとんどが2人とも同じように濃い髭で覆われているため、『いやいや、どう見てもクリソツです』というのが今の俺の素直な感想だ。
まぁ、他のドワーフの顔を見ない事には、その感想が正しいものなのかそうでないのかは分からないのだがな。少なくとも、ドワーフという種族の個々人を顔だけで判別できるようになるまでには、多大な労力が必要であることだけは理解した。




