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「おっ!ボスか。久しぶりだな、元気してたか…って、愚問だったな」
「ブニャ~」
近寄ってきた『ボス』の頭を撫でながら問いかける。ま、こいつが元気のない日ってのは想像できないが、聞いておくのがお約束といやつだ。
昔からのちょっとした縁もあり、こいつが初めて『ダンジョン』に訪れた日もまっさきに俺の元にやってきたのは、『ボス』からそれなりに信用されている証だろう。最近は『ダンジョン』を訪れる下僕の数も増え、頻繁に会っていたわけではないが俺達の関係が切れたというわけでもない。
そんな『ボス』が珍しく俺に会いに来たのは、多分、俺の背負っているカバンの中身を野生の勘と言う奴で察知しているためだろう。相変わらず抜け目がない。だが、そこがいい。
と、いうのも、最近あまりにも暇すぎて、何かないかと色々と考えていたのだ。そこでふと思い出したのが、剣持さん達との探索の中で食べた、カンコウトリの肉、いわゆるキャンプ飯ってのが非常に美味しかったなぁ、と言う事だ。
思い立ったら吉日、すぐに『ダンジョン』に出店している大型スーパーに行き、肉やら野菜やらカップ麺などを大量に購入し、『ダンジョン』の奥、人のいない場所にまで遠征することにした。目的地は特に決めてはいなかったが、『ダンジョン』の入り口から見て正面の方向はエルフとの交易のため人通りが多い。そこを避けるため、入口から見て右側の方面に行くことにした。
一応『協会』には「ダンジョンの安全性を確認するため遠征をする」と伝えてはいるが、あくまでも主な目的は野外で食べる飯の方だ。馬鹿正直に報告するわけもなし。現地調査もほどほどに(多分何もしない)、今からすでに、食事の事で頭がいっぱいであった。
そして、いざ出発と言ったタイミングで『ボス』が俺の目の前に現れた。そしてその目が「俺も連れていけ、そして美味いモンを食わせろ」と、雄弁に語っている。ま、旅は道連れ世は情け、食料は十分すぎるほど確保しているので、猫一匹増えた所で問題は無い。ちなみに、ハヤテ君は置いて来た。あいつはこの戦いに付いてこれない…ではなく、知り合いの職員さんにお任せした。何でも、<調教>の『スキル』を習得できるのか訓練したいとのことだった。
そうして俺は、頼もしい仲間を引き連れ遠征に出発することにした。
半日ほど移動しただろうか。すでに周りに人の気配はなく、野外飯を食うには十分な環境と言えるだろう。予定では2・3日ほどキャンプして帰る予定だ。新しく新調した、そこそこ立派なテントを張りキャンプの準備を進める。
ちなみにボスは道中俺の背中とリュックの間にある境目の上でずっと挟まって眠っており、疲れていないはずなのに今もまたお昼寝の真っ最中である。羨ましいほどの自堕落な生活っぷりだな。ま、俺もあまり人の事は言えないが。
一通りの準備も終え、夕食には少し早いがご飯の準備を始めた。昼食が移動しながら食べたオニギリ一個だけだったこともあり、夕食は少しばかり豪華にしようと心の中でずっと決めていたのだ。
ガスコンロを取り出して火を着け、鋳物のフライパンに牛脂で油をひく。フライパンを温めている間に肉に下味をつける…の前に、肉を少し切り分けておいて、別の場所に置いておく。無論、これは『ボス』の分。猫に味の濃いものをあげるわけにはいかないのだ。
そうして十分に熱したフライパンに肉を乗せじっくりと火を通す。肉汁のはじける音を聞きながら付け合わせのサラダの準備もする。十分に火が通ったら肉を取り出し、アルミホイルで包んでおく。そうすることで中までしっかりと熱が回り、肉汁を落ち着かせるのだ。
仮に『ボス』が只の猫であるなら、この肉の焼ける匂いに誘惑され今頃は「ニャーニャー」と鳴きながら『早く飯をくれ』と催促していただろう。しかし『ボス』は違う。
自分がこの肉を貰えるということをすでに確信しており、催促をすると言った浅ましい行為はしない。こちらの調理手順に従い、最上の料理を最上のタイミングで仕上がるのを待っているのだ。故に『ボス』であり、その名前に負けないほどの貫録がある。
肉が仕上がるのを待ちながら買ってきたパンを切り分け、火で軽く炙って大きなバターを落とす。時計で時間を確認し、肉が仕上がっていることを確かめるとアルミホイルから肉を取り出し、皿に盛り付けた。完成だ。
肉と一緒に何故かカバンの奥にあったネコ缶を添えて、『ボス』の料理の盛り付けも終わらせる。その頃になってようやく『ボス』が大きなあくびをして、こちらにゆっくりと近寄って来た。
「いただきます」
『ボス』と並んで食事を頂く。自分で言うのも何だが、今回の飯もかなり旨く仕上がった。その味に『ボス』も満足したようであり、ガツガツと食べている。
俺より先に食べ終わった『ボス』が毛繕いをし、彼が満足し終えた頃、俺も食べ終わることが出来た。『ボス』には食後の水を、俺はコーヒーを飲み、移動の疲れもあってか少し早いが眠ることにした。久しぶりになかなかに充実した1日であった。




