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藤原さん大丈夫かなぁと心配しながら、その場で待機すること10分。時間通りに藤原さんが壁の向こう側から先ほどまでと変わらない元気な様子でひょっこりと戻ってきた。
「お待たせしました。一通り散策したところ、これと言った障害もなさそうだったことも確認しましたので、皆さんで壁の向こうに行ってみませんか?」
と、提案され、一同がその言葉に従うことにした。一度経験したことではあるが、壁をすり抜けると言うのは何とも不思議な感覚だ。通り抜けた先には、先程見た光景と同じような光景の広がる洞窟の中にある、大きな空間と言った場所であった。
「ざっと見た感じでだけど、特に何も無さそうな空間だね」
「…モンスターの反応もなし。休息をとるなら、絶好のポイント?」
そんな事を話すエルフ2人と似たような感想を抱いていると、藤原さんがその場所の奥にあるある一点を指さしていた。その場所にあったのは…
「宝箱、ですか?」
「ええ、その通りです。ざっと見た感じトラップの類もありませんでしたし、どうせなら、皆さんと一緒に中身を確認しようかなと思い、お呼びしたんです」
『ダンジョン』で宝箱を発見できるというのはすでに常識ではあるが、実際に宝箱をその目で見たことのある探索者の数は実のところかなり少ない。宝箱自体が非常に珍しく、発見できるにしても常に『ダンジョン』にいるような上位の探索者にほとんどが占められているためだ。
「私も宝箱を直接見るのは今回で7度目です。宝箱を開けたり、中身を取り出したりすると一定時間が経過すると宝箱自体が消滅してしまいますので、開封することなく皆さんをお呼びしたんですよ」
藤原さんの気づかいが非常に嬉しい。スマホとか持ってきていたら写真とか撮っていただろうが、そう言った貴重品は当然のように自宅に置いてきている。この光景を心の記憶に留めて置こう。
「この場所には、宝箱以外の物はなかったんですか?」
「ええ、そうみたいですね。つまりこの空間は、この宝箱の為だけに存在している空間と言っても差支えが無いと見ていいでしょう。そして問題となるのは、この空間と似たような場所が他のダンジョンにも存在しているのかいないのか、と言うことですかね」
「付け加えるとするなら、今回はハヤテ君がこの空間の存在を感知していました。他のダンジョンも犬、もしくは動物でなければ感知できないのか否か、と言う事も言えるのではないでしょうか」
と、先程からこの部屋の様子をカメラで撮影している作田さんが付け加えて言った。彼の仮説が正しいのであれば、今後、『ダンジョン』の攻略組には動物の随行者が必要になってくるかもしれない、と言う事だ。無論、初めから宝箱を諦める、と言う選択肢を取れるのであればその限りではないが。
「考察は後にして、とりあえず宝箱の中身を確認しませんか?俺、宝箱を直接見たのが今回が初めてなんですよ。早く中身を確認したくって、ワクワクしているんですが」
宝箱の中身は非常に高価で珍しいものが納められている。上級探索者が命がけで未開の『ダンジョン』を攻略するのも宝箱が目当てであると言われているほどに。俺の様な一般人が、そんな貴重な物を目の前にお預けを喰らっていつまでも我慢できようはずもないのだ。
「そうですね、考察はダンジョンから無事に帰ってからでも問題は無いでしょう。それでは、皆さん…」
と、皆を宝箱の前に集め、宝箱の蓋を開ける藤原さん。その中にあったのは金色と銀色に輝く二組の腕輪であった。
「腕輪…ですか?」
「みたいですね。宝箱の中にあったという事は、当然ただの腕輪ではないでしょうが…〈鑑定〉っと」
藤原さんも〈鑑定〉の『スキル』を発動したみたいだし、俺も続けて発動することにした。
【 品 名 】 力の腕輪
【 スキル 】 〈肉体強化Lv5〉 〈剛力Lv4〉 〈金剛Lv3〉
【 品 名 】 速の腕輪
【 スキル 】 〈疾風Lv5〉 〈縮地Lv4〉 〈回避Lv3〉
「やはり魔道具の類ですか」
「えっと……これはつまり、この腕輪を装備すると、これらのスキルが使えるようになるってことですか?」
「その通りです。未だ獲得していないスキルを試してみることも出来ますし、こういった肉体を強化するような魔道具は魔法職寄り…つまり、獲得しているスキルが遠距離攻撃に特化している探索者が、己の身を守るために装備することもあります。どちらにしろ、かなりの需要がある魔道具と言って差支えが無いでしょう」
作田さんの説明を聞いてナルホド、と思った反面、この魔道具ならハヤテ君でも装備できるんじゃね?という、疑問が頭をよぎっていた。




