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このダンジョンの『ぬし』はサイクロプスという、人の形をした体長4・5メートルほどの一つ目の大きなモンスターだ。
サイクロプス自体は他の高難易度のダンジョンの深層にポップするらしいが、『ぬし』はそのポップするモンスターよりも戦闘力が高く、油断してしまうと上級探索者ですら返り討ちにあってしまいかねないほど油断してはならない存在らしい。
『ぬし』のいるエリアに足を踏み入れてもそれなりに接近しないとこちらには反応を示さないらしく、反応を示さないギリギリのラインで皆に〈支援魔法〉をかけることにした。
「それでは皆さん、いきますよ……〈エンチャント〉!」
光の膜が皆を包み込む。俺のスキルレベルが低いためか、その光はとても弱弱しく感じられたが効果はちゃんとあったらしい。軽く拳を握ったり開いたりした藤原さんが何かを確かめたように軽く頷いていて、その効果を実感したらしく、他のメンバーも似たような反応を示していた。
…残念ながら、その効果を実感できていなかったのは俺だけだったらしい。俺自身が鈍いのか、それともこの場にいる俺以外のメンバー全員の感覚が異様に鋭いのか。心なしか、兄弟子が俺を慰めるように鼻をこすりつけて来た。ま、何の効果が得られなかったというよりは遥かにましだと自分を納得させる。
「それじゃ、行きましょうか。私と作田で敵の注意を引きつけるので檀上さんとアウラさんとライラさんは遠距離攻撃で適当に攻撃して下さい。ハヤテは…みんなの邪魔にならないように、端っこに待機していてくれ」
これから散歩にでも行こうか。そんな軽い口調で話し、これまた軽い足取りでサイクロプスに接近していく藤原さんと作田さん。そういや、このダンジョンは『協会』の所有物だったな。もしかしたら、何度もあのサイクロプスとの戦闘経験があるのかもしれない。だからこそ、俺達が『ぬし』に挑むことを止めなかったのかな。
藤原さんが軍刀を抜き放ち、作田さんが大きな盾を構える。2人の接近に気づいたサイクロプスが手に持っていた大きな棍棒を2人に向かって振り下ろすが、作田さんが角度をつけて構えた盾によって簡単に受け流され、そうして生まれた隙に剣持さんがサイクロプスの腕を深く斬り付ける。
そんな感じで始まった『ぬし』との戦闘は、本音を言えばこの2人だけでも余裕をもって倒せそうではあったが、指をくわえて観戦だけするのは不味いだろうと思い、遠距離から〈魔法〉を発動し2人の援護?をする。
「〈ファイヤー・ボール〉!〈ファイヤー・ボール〉!はぁ、はぁ……2人は援護攻撃をしないんですか?」
サイクロプスの体格が大きいため、胸から上を狙えば基本的には藤原さん達にフレンドリーファイアはしないので安心して攻撃が出来る。しかし各々が弓と杖を構えてはいるものの一向に攻撃する素振りを見せていないエルフの2人。確かに、このままでも十分に勝てそうではあるが、『ぬし』に挑みたいと言ったのはこの2人だ。何もせずに終わってしまう事を良しとはしないだろう。
「物事には的確なタイミングと言うものが存在する。それを見計らっている…と、言えば納得してもらえるかな?」
「…同じく。チクチク攻撃するのも悪いとは言わないけど、優秀な前衛がいるこういう時に、後衛としての練習をするのも悪くはない」
後衛の練習…多分、前衛が敵の注意を引いている隙に相手をつぶさに観察し、敵が大きな隙を見せた瞬間に弱点に向けて最大火力を投入する、そんな感じの事を言いたかったのかな?と推察する。
確かに俺のようにチクチク攻撃していて、仮にではあるが敵に対するヘイト管理を失敗し敵に後衛に向かわれてしまえばパーティーの崩壊につながりかねない。それよりは攻撃に転じるまではじっと息をひそめ、絶好のタイミングで必殺の一撃を加えるほうが良いのかもしれないな。
とりあえず俺も先達に倣い、いったん攻撃を止めサイクロプスの観察に入る。
………う~ん、分からん。パッと見では、あの大きな一つ目が弱点に違いないと思っていたが、何発か俺の魔法が着弾したはずなのにこれと言ってダメージを受けた様子は見られない。そんな事を考えていると、彼女らの言う絶好のタイミングと言う奴が来た。
いつまでたっても自分の足元でチョロチョロしている藤原さん達がいい加減鬱陶しくなったのだろう、だんだんと攻撃が一撃必殺を狙った大振りなものになっていき、ことさら大きく振りかぶった瞬間に作田さんがサイクロプスの足をすくい上げ、体勢を大きく崩した瞬間に藤原さんが足の腱を斬り付け機動力を奪い2人同時にサイクロプスから距離を取った。
と、同時に後方に控えていたエルフ2人から攻撃が放たれる。俺も負けじと〈ファイヤー・ジャベリン〉を放つが、タイミングがズレた感じは否めない。結果、エルフ2人の攻撃をもろに受けて横に倒れそうになったところに俺の攻撃が加わり、オーバーキルのような感じにはなったもののサイクロプス自体は光の粒子となって消え去った。一応、俺達の勝利というわけだ。俺達、と言うには俺の功績が微妙ではあるが。




