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短弓から同時に放たれた2本の矢。2本とも吸い込まれるようにオーガの両の目に突き刺さり、オーガの視界を奪い去ることに成功する。その後、暴れ狂うオーガに気配を悟られないよう足音を発生させず首元まで接近し、隙を突いて首を深く斬りつける。初めのうちは痙攣するようにビクビク動いていたオーガだったがその動きを少しずつ弱めていき、動かなくなったかと思うと光の粒子となり『魔石』を残して消滅した。
「ま、ざっとこんなもんですよ。この程度の相手に苦戦するアウラさんじゃないんだよね、これが!」
自慢げに語るだけあって、彼女の腕がかなりの物だと理解させられる。弓の腕も勿論だし、足音を発生させずに接近する歩法も『スキル』によるものだろう。どちらもかなりの高レベルに違いない。
「流石にいい腕をしていますね。貴方がエルフでなければ、うちの部隊に勧誘させてもらっていたでしょう」
「ふふんっ!ま、条件次第じゃ考えなくもないですよ!」
「…それは流石に隊長に怒られる。勝手に部隊を辞めるのは、厳罰もの」
「わ、分かってるわよ!ちょっと、冗談で言っただけだって」
「…分からない。貴方はすぐに調子に乗るから、隊長も気を付けろって」
しばらくの間朗らかな空気が続いた後、俺の〈索敵〉がモンスターの接近を感知した。まだ距離はあるが、この場にいる誰もが戦闘態勢を取らない。俺ですら感知できたことが、この場にいる人たちに感知できていないはずもない。つまり、即座に戦闘態勢を取らなければならない相手ではないと判断しているわけか。
「…今度は私の番」
そう言ったライラさんが腰に差していた長さ30センチほどの杖を構え、モンスターが接近してきている通路の方に向ける。通路の先は薄暗くなっており、依然として敵モンスターの姿をこの目で捕らえることは出来ないが既に『魔法』の発動に入った。
「〈アイス・ジャベリン〉」
ライラさんの頭上に長さ1メートルを超える大きな氷の槍が出現し、接近してきたオーガをちょうど俺の目でも視認することの出来た瞬間に放たれた。そのオーガの胸に深々と氷の槍が突き刺さり、呻き声の様な声を漏らし2・3歩ほど後退した後仰向けに倒れてこれまた光の粒子となって消え去った。
「お見事!氷魔法が使える人間はほとんどいませんからね。正直、エルフの方々の層の厚さが羨ましいですよ」
と、2人のエルフを褒め称える藤原さん。彼の言ったように魔法を使うことの出来る探索者すら少ないわけだが、その中でも〈氷魔法〉を使用できる割合はかなり少ないらしい。ちなみに俺が使える〈火魔法〉は<魔法>の中ではまぁまぁポピュラーな部類だ。
希少な魔法を使うことの出来る彼女らを羨む気持ちがある一方、魔法が使えるだけでもありがたいと思わなければとも思う。現状に満足し進歩を止めるのは愚かなことだし、他者を羨むだけでは自分の境遇に変化は訪れないのだ。もっともっと努力を重ね強くならなければ。
「…私たちエルフはアウトレンジでの戦闘が得意。でも接近戦は苦手。近距離と遠距離、バランスの取れたニンゲンと組むことで戦術の幅が広がる」
「そう言って頂けると、こちらとしても嬉しいですね。…さて、エルフのお二方の戦闘は見せて頂きましたし、今度は檀上さんの戦闘でも見させてもらいましょうか」
…まぁ、いずれはそうなるだろうと覚悟はしていたが、実力者であったこの2人の後だとかなり遣り辛いものがある。アウラさんのように優れた弓術の能力があるわけでもないし、ライラさんのように高い魔法力があるわけでもない。所詮俺は1年前に探索者になったばかりの新人だ。
藤原さんもそのことは知っているので過度な期待がされていないことは理解しているが、だからと言って遣り辛くないわけでもないのだ。
ま、彼らを落胆させないよう、全力で戦いに挑むとしよう。兄弟子にも、弟弟子のだらしない姿を晒すわけにもいかないからな。期待に満ちた目?を向けてくるハヤテ君の気分を落ち着かせるためにソッと頭を撫で、気合を入れた。




