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時間丁度に部屋の扉をノックする音が聞こえた。
部屋の中に入ってきたのはパリっとしたスーツを着た、いかにも仕事が出来そうな見た目の30代前半ぐらいの女性の方と…いかにも強そうな、厳つい見た目の20代くらいの男性の2人組だった。
「初めての方もいるからな、まずは自己紹介からさせてもらおう。私は島津、こっちにいる厳つい見た目の男は私の護衛でな、名前は覚える必要はない…と、その前に」
そう言うや否や、ツカツカとこちらに歩み寄って来て突然手に持っていた分厚いファイルの角で湯川所長の頭を叩く。ゴツッといういかにも痛そうな音が部屋中に響く。流石にそのようなことをされてしまえば、いかに研究に熱中しようとも集中力が途切れてしまうようだ。叩かれたところをさすりながら、ようやく湯川所長がこちらに注意を向けた。
「いきなり何を…っと、島津さんじゃないですか。随分とお早いご到着ですね?」
「何がお早い、だ。時間ぴったりだこの研究馬鹿め。…っと、失礼した。まぁ、こいつとは大学の同期でな、少しばかり縁があるんだ。さて、報告を聞かせてもらったが、渡された書類を読んだだけではいまいち実感が湧かなかったが、こうして目の前に存在しているとなるとこれが真実であると認めざるを得ないというわけだな」
『エルフ』の2人を見つめながら、そう言ってきた。
「失礼、アウラさんとライラさんですね。色々とお話を伺いたいところではありますが、この研究馬鹿…湯川という男に、何か無礼なことはされませんでしたか?」
「いえ、これと言って特には。実は昨日この部屋で別れてから会うのは今回で2度目でして。無礼なこと以前に、碌に会話すらしていませんから」
「私たちと主に会話していたのは女性の人のみ。すごく丁寧な人ばかりで、逆に恐縮する」
「それは良かった。これからは私が貴方達の交渉役を務めさせていただきます。何か不都合などがあれば遠慮なく申してください。さて、それでは本題の方に移らせていただきましょう」
と、少しばかり長くなったが前置きも終わり本題へと話が移る。個人的には親しそうな雰囲気であった彼女と湯川所長との関係も聞いてみたかったが、野暮な感じがしたので止めておく。決して島津さんが怖いからではない。そう、決して。
そして会話の内容は昨日言われたような、エルフの生態に関したり、エルフとはどういった生活をしているのか、どういった信仰をしているのかなど分野を問わず多岐に渡っていた。
その間俺と剣持さんはソファーの上で物言わぬ置物になっていた。口を挟むことは憚られる。彼女らを連れて来ただけの俺達に、この件に関してこれ以上の成果を出すのは不可能であると自覚しているからな。となると当然に暇になるわけで。彼女たちが色々なやり取りをしている間、俺は今日の昼食のコトばかり考えていた。
「さて、次にお伺いしたいことは…っと、もうこんな時間ですか。食休憩を挟みましょう。彼女らの食事もここに持ってきてください」
今日だけでも100回は視線を向けた、壁に掛けられている時計が12時を20分を指したころにようやく食休憩に突入した。本音をいえば12時になった瞬間に「そろそろ休憩しませんか」などと口を挟みたかったが、島津さんを前にそんなことを出来る人間がいるとは思えない。
……いや、湯川所長なら平気で出来そうな気もするが…彼も彼で『エルフ』達の話に夢中で、休憩のことなど微塵も考えていなかっただろう。熱中すれば周りが見えない彼に進行を任せていれば、食休憩すら挟んでもらえなかったかもしれない。
しばらくすると、強そうな職員さんがワゴンを押しながら入室してきた。ワゴンに乗っている食器の量から考えると、俺と剣持さんの分。そして湯川所長たちと島津さんの分の食事も持ってきたみたいだ。
正直、食事の時ぐらいは彼らと離れた場所でのんびりと摂りたかったが、湯川所長たちと一緒に食事をとることになることが確定したことで少々…いや、かなり落胆した。彼らと一緒にいると気疲れするのだ。もちろん、そのことをおくびにも出さないが。
今日の昼食は豚の生姜焼き定食だ。豚の生姜焼きをアツアツのご飯の上に、みりんの品の良い甘みと生姜の辛味のしっかり効いたタレを一度バウンドさせてから口の中に放り込む。その味を忘れないうちにタレのついた白米を口いっぱいに頬張って食べるのだ。これが至高にして頂点。うおォン、俺はまるで人間火力発電所だ。
余程美味そうに食べていたのか、エルフの2人も真似をして食べていた。ちょっとばかしお行儀悪いので出来れば真似て欲しくはなかったが、仕方ないだろう。俺の熱いリビドーを止めることは出来ないのだ。
ちなみに彼女らは箸の使い方をマスターしている。というよりエルフ達にも似たような食器があるとのことで、箸を使って食すことに不便はないとのことだった。ただ本音を言えば、箸を使って食事をするエルフというのは俺の頭の中にあるエルフ像とはかけ離れたものではあったが。
剣持さんと島津さんも俺と似たような感想を抱いていたようで、興味深げに箸を使って食事をする『エルフ』を観察している。湯川所長達は我関せず。食事の仕方にまでは興味はない様だ。黙々とご飯を食べていた。
食後に出されたお茶を飲みながら軽く雑談をする。この雑談にはなんと俺と剣持さんも参加させられた。というより、島津さんが俺達の事を聞いてきたのだ。それも彼女の仕事なのだろう、俺達が信用に値する人間なのか、そうでないかを見定めるための。
1時間ほどの食休憩の間色々と聞かれたが、俺達は人格的にも特に問題が無いと判断したようだ。俺達から興味を無くし、すぐにエルフ達の聞き取りに戻っていた。ほんのちょっとだけ、ここで俺が不適格者であると判断され、今回の件から手を引くようにと言われた方が良かったかもしれないと思った。もちろん、これも口には出せないが。何もしていなかったはずだが、とても気疲れしてしまった。そんな珍しい1日であった。




