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翌日。朝食を摂り終え自室にてテレビを見ながらベッドの上でゴロゴロしていると、扉をノックする音が聞こえた。開けるとそこには、藤原さんの部下である男性の姿があった。来た理由の方は聞くまでもないだろう。
「おはようございます、檀上さん。本日10時にダンジョン協会から今回の件に関する代表者が来られることになりました。つきましては、彼女らと遭遇したときの状況などを、代表を交えてもう1度説明していただきたいとのことです」
「分かりました。それにしてもかなりスピーディーに物事が進展しますね。流石はダンジョン協会と言ったところですかね」
「それは現場にいる我々も常々感じていることですよ。そもそもダンジョン協会と言うのが新興組織と言う事もあり、余計なしがらみが少ないということが強みの1つでもありますからね」
迅速な行動をとることが出来るという事は、時間を無駄にしなくても良いということに繋がる。無論、議論を重ねて導き出した答えが良い場面も多々あろうが、『ダンジョン』に関しては依然として不明な点が多いため時間を無駄に浪費せず迅速に動く方が良い結果に繋がる場面が多いそうだ。
「では、私はこれで失礼します。くれぐれも時間厳守でお願いします。…噂ではありますが、かなりのお偉いさんが来る予定ですからね。機嫌を損ねるようなことを、させたくはありませんので」
最後の最後まで念を押したという事は、かなりのお偉いさんが来るということで間違いなさそうだ。まぁ、事が事だからな。『エルフ』との邂逅なんて誰もが予想していなかったことだ。そんな一大イベントに自分が大きく関わっていることに一晩寝て落ち着いたことで、ようやく実感が湧いてきた気がする。
少しばかり落ちつかない気持ちで自室にて時間が経過するのを待ち、1時間ほど早いが代表者が来られる部屋まで移動することにした。
その部屋と言うのは当然、昨日俺達が招かれた厳重な警備の敷かれた場所だ。
今日は昨日以上に厳重な警備が敷かれている気がする。周囲を警戒する『ダンジョン協会』の戦闘員の数は昨日よりも多くなっていたし、一挙手一投足を監視されているような落ち着かない雰囲気を常に感じる。
恐らくは『スキル』によるものだろう。具体的にどんな『スキル』なのかは俺には想像もつかないが。俺如きにそのことが察知できるという事は、これは招かるざる客、つまりは侵入者に対する警告でもあるのだろう。この先に決して立ち入るな、そうでなければどうなるか分かるだろ?と言うな。
そうして向かった部屋の扉の前にも、当然腕利きっぽい厳つい顔の人が立っている。俺の情報も当然知っているだろうが顔パスと言うことは無く、身体検査をしっかりされようやく入室を許可されるほどの徹底っぷりだった。
部屋の中にはすでに剣持さんと湯川所長、そして小林さんが来ていた。予定時間にはかなり早いが…もしかして時間を間違ってしまったのか。
「すみません、遅くなってしまいましたか?」
「そんなことは無い。まだまだ時間には余裕がある。多分檀上さんもそうだろうけど、私も部屋に1人でいるのが落ち着かなくてね。かなり早いが来てしまったというわけさ」
俺の言葉に反応したのは剣持さんだけだった。後の2人はブツブツと何かを呟きながらパソコンのキーボードを叩いたり、色々な数字の書かれたレジュメの様な物を読みこんでいた。
「私が来た時から、この2人はこの様子だった。恐らく、研究に集中してしまって時間通りにこの場所に集まることが出来ないと周りから判断されたのだろう。だったら初めからこの部屋で研究しておけとあらかじめ連れてこられたんじゃないかな?」
実際俺と剣持さんとの会話に入ってくる様子は見られない。この2人がそれほどまでに熱中している研究対象。恐らく…いや、間違いなく、昨日『エルフ』の2人が提供した遺伝子データの解析結果か何かだろう。
剣持さんとつらつらと会話すること数十分。予定時刻の20分前と言うタイミングでエルフの2人もやってきた。パッと見、特に疲れている様子とかも見られない。むしろ昨日よりも調子がよさそうだ。それなりの待遇で迎えられていると見ていいだろう。
「お疲れさん。昨日はどうだった?」
「何かよく分からなかったけど、爪とか髪とか提供しました。ただ用意していただいた食事とか部屋とか、とても素晴らしいものでした!」
「カツカレー…おいしい」
やはり彼女らにも、寮の食堂で提供されていたものと同じものが出されていたか。部屋などを用意するときも女性の研究員を中心に準備してくれたとかで、その心遣いが嬉しかったとか何とか。
ちなみに湯川所長と小林さんは彼らの眺めるデータの提供元が目の前にいるというのに、こちらに注意を向けるということは無かった。彼らにとって重要なのは生身の体ではなく、それを構成する未知のDNAであったり、遺伝情報なのだろう漠然と考えた。




