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ゴンドさんの話が『酒=国にとっての血液』という話題に移り変わり始めたところで、タブレット・ドワーフを呼びに来た遅番のドワーフのおかげで話はようやく終わりを告げた。
こんな時間から王都を目指すのは不安が残るとしてタブレット・ドワーフの勧めもあって社員寮で今日は夜を明かせてもらえることとなった。
社員寮にある来客用の部屋に案内され、中を確認すると以外に家具などは俺が使っても支障が出ないほどの大きさの物でそろえられていた。恐らくは、最初からニンゲン用として設計されていた部屋なのだろう。
ざっくりと部屋の中を確認して食堂に向かうと、すでに『今日一日頑張った自分にご褒美』を与えているドワーフの姿がチラホラあり、食堂の周りは料理の香りよりもアルコールの匂いで満たされていた。
アルコールに弱い人なら、ここの匂いだけでも酩酊することになるだろう。
しかし様々な死地を乗り越えてきた今の俺ならこの程度のことどうってことはない。……とはいえ用心に越したことはないだろう。指に嵌めた『世界樹の指輪』を縋るような気持ちで優しく撫でて、意を決して中へと足を踏み入れる。
「おっ!アンタが檀上さんか。噂は聞いてるよ」
割烹着を着て角刈りの頭にはねじり鉢巻きを巻いた、いかにも!といういで立ちのニンゲンに出迎えられる。
「えっと……ココで働かれているのですか?」
「まあな。元は居酒屋で働いていたんだが、店長のツテで料理を教える講師として働かないかって『協会』の連中から誘いが来たんだ。講師としての期間が終わってすぐに帰ろうかと思ってたんだが、何やかんやあって今はここで働いてンだよ」
「……よくこんなお酒の匂いで充満している場所で働けますね……」
「ま、鼻が慣れちまってるからどうってことはねぇのよ。そんでメシはどうする?今日はビールにあうAセットか、ワインにあうBセットの2つから選べるんだが」
「お酒に合う料理が前提なんですね……じゃあAセットをお願いします」
「おう。んでビールの大きさはどうする?サイズは大ジョッキ、特大ジョッキ、超特大ジョッキがあるぞ?」
「……通常サイズはないんですか?」
「そんなモン頼むヤツはいねぇからなあ……まあ、水用のグラスがちょうどいい大きさか」
ということでカウンターで料理の準備ができるまでしばらくは雑談に興じ、料理ができたので代金を支払おうとすると『すでに貰っている』と言われてしまった。
聞けばタブレット・ドワーフ…もといブルグさんが支払っておいてくれたとのことだ。
ふぅむ、なかなかイカスなことをしてくれるじゃないか。ただ、それほど親しいとは言い難い相手から奢られるというのは感謝よりも申し訳なさの方が大きいな。明日出発するまでにお礼を言えればいいのだが……
料理の乗せられたお盆を持ってドワーフのいない席へと座り箸を持つ。
本日のセットメニューは牛筋煮込みに鶏肉とキノコの入った炊き込みご飯、そして小鉢にはタコときゅうりの酢の物だ。確かに、どれもこれもが居酒屋のメニューに載っていそうなお酒に合う料理だな。
………ん?そういえば、どうしてさっきのオッちゃんが料理の講師としてこの国に招聘されたんだ?料理を教えるのならわざわざ居酒屋の店員を選ばずとも、料理教室の先生とかを呼べばいいだけの気もするが。
まあ、どうせドワーフの国だから、すべてお酒が中心のだろう。食する料理もそれに合う味付けの物ばかりであるから、実際に居酒屋という現場で働き酒飲みの気持ちがよく分かっている彼が選ばれたのだろうな。
なにはともあれ俺にとっては関係のない事。席に座って牛筋をパクリ。うん、トロトロになるまで煮込まれた牛筋に味が染みてて超美味い。続けて炊き込みご飯をかき込んで口内に残った味噌を中和しつつ、酢の物を食べたあとビールをチビリと飲んだ。
酔っ払いドワーフに絡まれないようパクパクと食べ進め、20分ほどで完食した。まあ欲を言えばもう少し薄味だった方が好みではあるけれど、お酒に合う味付けだと言われればその通りだと納得することも出来るというもの。
膳を返しに行くとさっきの割烹着を着たおっちゃんがいて、仕事仲間と思われるドワーフと楽し気に雑談をしているように見えた。……こういう異種族のヒトとも隔意なく話している様子をみると、なんとなくほのぼのとしたような気分になるな。
「ご馳走様でした」
「おうよ。味はどうだったか?」
「すごく美味しかったです」
「そりゃ良かった。実はここの厨房で使われている味噌や醤油なんかはコッチの国で作られたモンなんだ。ニッポン人のお前にそう言わせたってことは、クオリティが上がってきたって証拠だよな」
驚いた、それはまったく気が付かなかったからな。王都から帰るとき、こうった調味料をお土産に買って帰るのも悪くなさそうだ。話題作りにも繋がるし、『おやおや、○○さんはこの調味料がドコで作られたのかご存じで無いようだ』って感じでマウントを取ってみるのも面白そうだな。




