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「あっと、そういえばこの指輪を返しておきますね」
指から外して返そうとすると、その行動を止めるようにリュウゾウさんが手で制した。
『いらんいらん。檀上君、おぬしが持っておけ』
「えっ!?でも、こんなスゴそうな指輪いただけませんよ」
『構わんよ。どうせワシらドラゴンには持っておっても意味のないものじゃからな。どうしても気に病むというのなら、今度また、麻雀に付き合ってくれたらそれでええ』
「はぁ、ありがとうございます。それでは遠慮なくいただきますね」
改めてよく見ると、一見するとただの黒檀製の指輪だ。ただ魔力を視認できる人が見れば、この指輪が纏っている神々しいまでも魔力に心が惹かれること間違いなしだろう。それに、この指輪を鑑定したときに見た『ユグドラシル』という単語がどうしても気になってしまう。
「あの、ユグドラシルってなんですか?」
幸いここには俺よりも知識が豊富なドラゴンが3人もいる。1人で考え込むよりも、聞いてみる方が圧倒的に早く答えがでる。
『世界の始まりの樹、とでも言うのかな?あらゆる生命体はその樹の実から生まれたと言われていて、君たちが『新天地』と呼ぶアッチの世界の中心に聳え立っていたとされていた超巨大な樹木のことさ』
「されていた?」
『そう、されていた。ワシが産まれたときにはすでにそんな樹は生えてはいなかったからの。誰かに切り倒されたのか、それとも自然と枯れたのか。しかし、その指輪みたいにユグドラシルの名を冠するモノは世界の各地で発見されておる。存在の痕跡は見られるが、それ以上のことはよう分からん』
「エルフから聞いた『千年樹』ってのに似ているのかな?」
『かもしれないね。『ユグドラシル』が本家本元で『千年樹』が亜種的な何かなのかもしれないし、逆の可能性も当然に考えられる。まあ、共通するのはどちらにも『スキル』やら『魔力』が元からある世界だったってことかな。ってことはもしかしたら、ドワーフの世界にも似たような樹が生えていたのかもしれないね』
この指輪をエルフの識者に見せれ建設的な意見がもらえるのかな?まあ、そんな世界の根幹にかかわるようなことを研究するのは俺の仕事ではないからどうでもいいか。
「そういえば、リュウゾウさんはこの指輪をどこで手に入れられたんですか?」
『ふぅむ……アレは確か、今から何世紀も前の話なんじゃが――――』
リュウゾウさんから語られる、『新天地』の過去の歴史。
なんでも、『新天地』には遥か昔に超巨大な統一国家が存在していたらしい。何十、何百もの属国を従えて、そこから吸い上げられる税金によってかつてないほどの繁栄を誇っていた。
そんな巨大な国家が、自国の威勢を内外へ示すためとある国家プロジェクトを発表する。それが『ドラゴンを従え、名実ともに世界の覇者へと君臨する』というものだった。
世界中からあらゆる希少な素材が集められ、それを名のある研究員・職人が技術の粋を結集させて制作された特級品の装備品の数々。それらの武器防具をその身に纏った、各国ら招集された腕利きの戦士たち。そうして世界の垣根を越えて集結した、まさに『獣人』という種の粋を結集させて作られた混成部隊がドラゴン討伐に動き出し、そして………
『まあまあ強かったぞ?まあまあ、な』
「えっと……全員コロしちゃったんですか?」
『うんにゃ。ワシを屈服させるための部隊じゃったとはいえ、構成員のほとんどは家族や友人、生まれ育った故郷や国を人質に取られ、仕方なしに参加した者じゃったからな。流石にそやつらをコロしてしまうのは可哀そうでの。ボッコボコにして、再征できぬように装備品を剝ぎ取ってやったんじゃ』
「はあ……」
『部隊の連中はその程度でカンベンしてやったがの、国家の方はそうはいかん。部隊を返り討ちにしたその足で国家の首都に乗り込んで、首都を灰燼に帰す……のは、その街に住む罪なき住民をコロしてしまうので可哀そうでな。城に乗り込んで金庫の中を漁って金目の物を全て奪い、王家直轄地の港やら農園、交易都市やら商業地域を焼き払ってやったんじゃ』
「うへぇ……」
『まぁ、余程属国から恨まれておったのじゃろうな。力を大きく落としたと見るや、これまでペコペコしていた属国や有力貴族が一気に掌を返しての、各地で独立戦争が発生するようになった。儂が最後の手を下すまでもなく、自然とその統一国家は滅んでおった』
「なんともまあ……」
『おぬしに渡した指輪は、ワシを討伐に来た部隊の隊長が装備しておったものじゃ。ドラゴンがココロを読めるとあらかじめ知っておったのじゃろうな。部隊員には具体的な作戦は伝えられておらず、隊長のみが作戦の全容をしっておったのじゃろう。そうしてワシを罠に嵌めて……とでも思っておったのじゃろうが、甘いコトよ。その罠ごと食い破ってやったわ!』
『ワッハッハ!』と豪胆に笑いながら再び酒を一気に煽る。この話を『協会』に伝えた方が良いのかな?……ま、俺が知っていることだし、すでに『協会』が知っていてもおかしくはない。そう、決してメンドウそうとか、そんな不純な理由で報告をしないわけではないのだ。
 




