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リュウジさんはあれから3日後、ひょっこりとダンジョンに戻って来た。
ダンジョンに入っきたときは手ブラであったため釣りは失敗に終わったのだと思われたが、整地をし終わっただだっ広い空き地に行くと、そこで『スキル』を発動し、体長300メートルを超えるほどの超巨大なモンスターを取り出した。
ザトウクジラとイッカクを足したような見た目だったらしい。
その大きさもさることながら、ニンゲンなんて簡単に突き殺せそうなほどの鋭く頑丈で凶悪そうな巨大な角に、並みの刃物ではスリ傷をつけることすら難しそうな硬く分厚いゴムのような体表。ひと振りで一般的な家屋を吹き飛ばしてしまいそうな巨大なヒレに、振り上げれば津波を起こせそうなほどの太く大きく力強い尾っぽ。
見るからに上級探索者のパーティーですら手に余る相手であり、こんな強者を単身にて討伐してきたリュウジさんを周りにいたヒトたちが大いに持てやはし、リュウジさんもまたまんざらでもないとでもいう風な表情を見せたのだとか。
歓声に沸く人もいれば、現実に向き合い冷静になっている人もいる。具体的に言えば『協会』の方々だ。
俺が事前に連絡を入れていたという事もあり、新発見のモンスターの保全、オークションなどの準備を進めていたらしいが流石にここまでの大きさのモンスターは想像していなかったらしい。
まあ、過去最大のモンスターが少し前に討伐されたネイティブ・ワイバーンだからな。アレもかなりの大きさだったが、今回の『カリュブディス』はそれを遥かに超える大きさだ。準備をしたといっても不足している部分も多かったのだとか。
それでもなんとかモンスターの素材が劣化しないような処置を施し、オークションに向けての準備を着々と進めている。そして、それと同時にリュウジさんのお屋敷の建設にも着手していた。
当然ながら工員は、前線基地で働いている人たちだ。
現場の管理者や責任者たちは何度も工事が延期されていることで頭を悩ませているらしいが、物事には後回しにして良いものとそうでないものがある。リュウジさんのお屋敷の件は当然ながら後者のモノであり、多少のグチや不満をこぼしながらも一生懸命頑張っているそうだ。
そんな残業が当たり前になりつつ過酷な現場で働いている方々を尻目に俺はいつもの通り、いつもの日常を送っていた。
とはいえ、今回に限ってはのんびりしてもいい大義名分がある。それはペットであるヤギの太郎達の子供が生まれるので、万が一に備えて研究所の一室に控えていなければならなかったのだ。花子達も頼りになる(?)飼い主である俺が常に近くに控えていることで安心して出産を迎えられるはずだ。
しかし現実は非常なもので、花子たちは俺の手を借りることも無ければ助けを乞うことも一切なかった。それどころか、飼い主として恥ずべきことだが、俺ぐーすか寝ている夜の間にアッサリと子ヤギたちが産まれていたほどだ。
驚きだよな。食堂でのんびりと朝食を食べハヤトの散歩がてら太郎達の様子を見に行くと、前日の夕方までは六匹だったヤギが九匹に増えていたんだからな。飼い主の役目とは一体……と、ゲンナリしそうな考えはすぐに捨て名前を付けてあげることにした。
そうして産まれた三匹を『小太郎』『小次郎』『梅』と名付け、母ヤギの邪魔にならない程度に面倒を見ていた。それにしてもやはり動物は子供の方が可愛いな。小さなお顔にクリクリとした瞳。そして何事に対しても一生懸命で、母ヤギの後ろを必死について回る姿に心を何度も奪われた。
が、当然ながら、今はふてぶてしい表情を見せる太郎達にもこんな時代はあったのだ。つまり小太郎たちもいずれはこんな風な可愛げのない大人になるのかと思うと……悲しい現実に叩き落された気もするが仕方のない事だろう。
今はまだ食事は母ヤギの母乳のみだが、いずれは太郎達のように『ダンジョン・ガーデン』産の野菜も欲するようになるのだろう。その時に備えて作付面積を増やし、準備を進めていくことにした。
畑を耕し、近くのホームセンターで買ってきた野菜の苗を植えていく。トウモロコシのような甘いからホウレンソウのようなそうでないものまで色々と植えていく。
「檀上さん、少しよろしいでしょうか?」
同じく畑作業に従事している只野さんに声をかけられた。何か間違った苗の植え方でもしていただろうか?
「リュウイチさんたちとコミュニケーションをとる上で、何か気に付けていることとかありますか?」
どうやら畑仕事とは全く違うことらしい。
「う~~ん……特にはないですね。俺なんて最近はタメ口で話していますが、向こうも全然気にしていないみたいですし。まあ、向こうからすれば俺なんて小型哺乳類みたいなモンですからね」
「はあ……」
「只野さんも、小さな犬や猫に吠えられたり引っかかれたりしても腹は立たないでしょ?ドラゴンみたいな超越者からすればちっぽけなニンゲンの多少の無礼なんて、そんな感じで受け取られるんじゃないですかね?」
「ふむふむ、なるほど。ありがとうございます、参考になりました」
只野さんはあくまでもこの研究所に勤める総務課の1人だ。そんな彼がドラゴンのことを俺に聞いてきたといことは、前線基地の仕事の1部を振られているからだろうか。可愛そうではあるが、俺にできることはなにもない。せいぜい陣中見舞いをするぐらいだな。




