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「しかしドラゴン由来の素材となると―――」
霞が続く言葉を口にしようとした直後、会議室の扉が勢いよくノックされる音で遮られた。
この会議の間は原則的には『余程のことでもなければ部外者は入室禁止』となっている。それが破られたということはつまり『余程の事態が発生した』ということであり、瞬時に緊張した空気が会議室を包んだ。
「会議中失礼いたします!」
部屋に入ってききた人物の様子を見るに、やはりただ事ではないことが発生したのだろう。顔にはうっすらと汗が浮かび、急いで来たためか少し荒い呼吸を繰り返している。
「何ごとだ!」
「ど、ドラゴンです!2体目のドラゴンがダンジョンに訪れました!!」
「―――それにしても『リュウジ』とはな。この場にいないヤツのコトをとやかく言うのは好きじゃねぇが……檀上ってのはネーミングセンスってもんが少しばかり欠如してんじゃねぇのか?」
「そうか?『リュウイチ』に『リュウジ』。覚えるのも簡単だし、間違えることもなさそうだから俺はいいと思うんだが」
「だがよ、あのドラゴンだぜ?神話にも登場する、一昔前までは物語上にのみいた幻獣種。振り下ろされた爪は鋼鉄すらも紙のように切り裂き、吐き出された息吹は岩盤をも水飴のようにドロドロに溶かす。そんな存在が『リュウジ』ってのはよ……もっとこう……カッコいい名前ってのを付けてやりたいってのが男心だとは思わねぇか?」
「むっ!確かにその気持ちも分からなくはないな。俺も昔飼っていたジャンガリアンハムスターの『大福』を家族には内緒で『シューティングスター』と名付け、密かに呼んでいたからな。まあ、兄貴にバレて恥ずかしい思いをしたまでがセットなんだが」
「やっぱそうだよな!覚えやすさ云々よりも、カッコよさを重視すべきだったよなぁ!それが男ってもんだよなぁ!」
「……ちなみに君だったらどんな名前を付けたんだ?」
「俺か?俺だったらそうだな……『ファフニール』とか『ニーズヘッグ』だとかだな。いや、やっぱ『アビス』や『ヴォイド』も捨てがたい」
「なるほど、中二病ですか」
「うぐっ!……いいじゃねぇか!男ってのはいつまでたっても中二病なんだ!守護大名よりも婆娑羅大名、モーマンタイよりノープロブレム!カッコいい響きに惹かれるもんなんだ!俺だってなぁ!『田中』ってフツーな苗字よりも『霞』だとか『鳴神』って苗字で産まれたかったよッ!!」
「ま、まあ、『田中』も悪い苗字はないと思いますよ?」
「バッキャロー!!『服部』っつう、そこそこカッコいい苗字に産まれたテメェに俺の何が分かるんだ!!カッコいい苗字の連中が高みから見下ろしやがって、全国の田中さんに謝りやがれーーーッッッ!!」
たまらず大声を出し、泣き言をこぼしながら勢いよく会議室から1人去って行った。
追いかける者はいない。彼の風のように駆ける足の速さもあるが、例え追いつけたとしても何と声をかけていいのか誰もが分からなかったためだ。
「……ゴホン。会議に戻るか」
「田中さんは放っておいていいんですか?」
「まあ、いずれ戻って来るだろ。戻ってこなくても事後報告だけでも構わんだろうしな」
「ですね。それにしてもドラゴンと最初に邂逅したのが檀上さんで良かったと本心から思いますよ」
「むぅ。確かにヤツが最初に邂逅していれば件のドラゴンの名は『ファフニール』殿になっていたかもしれんからな。そうなれば彼らの名を呼ぶたびに思春期の忌まわしき記憶(黒歴史)を思い出し、悶絶することになっていただろう」
「あ、いえ、そうではなく。比較的『協会』とも近く、人格面にも問題なし。ある程度金銭にも余裕があるのでドラゴン由来の利権に関してもそれほど口うるさく言ってくることもありませんからね。ある程度自由にやれますから」
「それもそうだな。だが、以前も言ったとは思うが彼の好意にばかり甘えるも我らの矜持に反する。服部君は引き続き『新天地』関連の仕事に従事しながら、彼が何を求めているのかそれとなく探っておいてくれ」
「了解です。それと、檀上さんにリュウジさんのことを探るように依頼を出しておきましょうか?いずれはリュウイチさんのように仕事を頼むようなこともあるかもしれません。リュウジさんが何を考え、何を欲しているのか。早いうちから知っておくに越したことはないでしょう」
「悪くない考えだ。檀上君にばかり頼むのも気が引けるが、リュウジ殿はリュウイチ殿を通して今は檀上君とも近しい関係にあるらしいから彼が適任でもあるわけだしな。『借り』ばかりが増えるのも忍びないが、コチラも色々と手が足りない状況が続いているからな」
大まかな取り決めがなされて会議は終了となった。結局、途中会議を抜けた田中は最後まで戻ってくることはなかった―――




