285
『ダンジョン協会』の本部である天を突かんばかりの高さを誇る巨大なビルのとある1室。
厳重に警護されているその先に設けられた会議室では現在『協会』の未来を決定づけるような重大な会議が繰り広げられているが、その会議に参加している人は10人をわずかに超えるほどの少人数しか出席していない。
何故ならこの会議には『特級探索者』という、探索者としてごく一部のエリートのみが与えられた称号を持つ者にのみ、その会議への参加が認められているためだ。
もちろん戦闘のプロである彼らが『協会』の指針をすべて取り決めているわけではない。この会議に議題として上げられるまでに『協会』の頭脳とも呼べるいくつもの管理部によって情報が統合・精査され、この厳粛な会議の場で議題として提出される。
最終的な決定がこの会議で決められる理由に、いくつもの死線や修羅場を潜り抜けてきた『特級探索者』としての、『勘』のようなものが新進気鋭のこの組織において重視されているためだ。
「――――では、この魔道具の共同開発の件は鳴神君に一任しよう。エルフとドワーフの折衝役には川上女史に頼むのはどうかな?彼女は島津女史の元で働き、多くの経験を積んできている。そろそろ1人立ちしても良い頃だと島津女史にも頼まれてきているのでな」
「問題ない。川上さんにはいずれ俺の方から接触すると伝えておいてください」
「了解した。さて、本日最後の議題となるが……」
『特級探索者』のまとめ役であり、この会議の進行役も務めている筋骨隆々の大男、霞が事前に用意されていた議事録に視線を落とす。そこに書かれていた議題は『新天地に現れたドラゴンについて』という、厳粛な会議の議題にはあまり似つかわしくないほどの、あまりにも大雑把すぎる題目であった。
「件のドラゴン、『リュウイチ』と、とある人物が名付けたのでそう呼称させてもらうが、彼について今後のことを話し合いたい」
円卓を囲うようにいたメンバーが同意するように小さく頷いたことを確認して霞は進行を続ける。リュウイチは高い知性を有し、『念話』による意思の疎通が可能であること。また思慮深く慎み深い性格でもあり、人間・エルフ・ドワーフとも公正な取引が望めるということ。
それらの情報共有兼話し合いは比較的短い時間で終わったのは、やはりここにいるメンバーが普段から『新天地』の情報を耳ざとく集めていることで、あらかじめ凡その情報を入手しているためであった。
「それにしてもドラゴンか。霞さんはダンジョンの最下層でドラゴンを倒したことがあると聞いているがそのドラゴンにも高い知性はあったのか?」
「いいや。せいぜい獣と同程度だな。言葉を介すこともなければコチラの張った罠にも簡単に引っかかってくれた。仮に霊長に匹敵するだけの知能があれば、俺ももう少し手こずっていただろう」
「あの、念のために伺いますが、見もしらぬドラゴンとはいえ、リュウイチさんからすればドラゴンは同族のはず。同族を殺されたことに対する恨みなどはなかったのでしょうか?仮にあるのだとすれば、今後の『ダンジョン』攻略において、ドラゴンと遭遇してしまったときの対応はどのようにすればよいと思われますか?」
「うむ、それとなく聞いてみたが気にかけている素振りすらなかったな。それどころか知性の欠片もないドラゴンなど自分の同族として見てほしくないとでも言いたげな雰囲気でもあった。つまりは今後とも、ダンジョン内で遭遇したドラゴンは遠慮なく倒しても構わないということだ」
ドラゴンを1匹でも倒せば計り知れないほどの栄誉と財産が手に入る。それはこの場にいる『特級探索者』とて同じことであり、そのような存在をいともたやすく『倒しても構わない存在』と言ってのける霞に対して羨望のまなざしを向ける者もいる一方、簡単に言ってくれるなバカ野郎と言った視線を向ける者もいた。
「それはさておき、リュウイチ殿より提供された爪・牙・鱗などの取り扱いは如何様になっていますかな?」
「エルフとドワーフとで三分割し、俺たちの取り分のうち1割を研究用に確保。残りの半分を装備品に加工したうえで協会の上級戦闘員に貸与し、残りの半分はオークション形式で売りに出す予定だ」
「なるほど。それにしても近頃は『新天地』関連での出品が続きますな。大企業ほど資金力に余裕があればオークションにも参加できましょうが、中小企業となればいささか厳しい状況がつづくかと」
『新天地』から得られる素材は性能が高いがその性能に見合う分だけ値段が高くなっている。そのため資金力の関係で、『探索者』に向けた商品開発をしているものの、オークションに参加することができない中小企業も一定数以上に存在していた。
「で、あろうな。『協会』としても大きな利益の出る『新天地』由来の素材にリソースを割きたいが、そちらにばかりに注力していると『新天地』の素材を購入できる資本力のある大企業のみが利益を独占していると言われかねん。その辺りのバランスをうまく取らないといけないだろう」
霞の言葉に同意するような声がいくつか上がった。




