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「檀上さん、お疲れさまでした」
リュウイチさんが『ダンジョン』に入り、それにつられるように関係者たちもゾロゾロと『ダンジョン』の中へと戻って行く。しばらくは周囲もざわめきが続いていたが、ある程度の時間が経過するとその騒がしさもナリを潜めていた。
そんな中、作田さんと軽く雑談をしていると藤原さんがやって来る。
その表情には隠し切れないほどの疲労の色が出ており、俺たちと別れてからどれほど忙しくされていたのかと悠然と物語っているようであった。
それを思うと、適当に雑談をしながらのんびりと帰ってきたことに対する罪悪感を覚えてしまうほどだ。とはいえ俺たちだって俺たちなりに頑張ったのだ。非難されることはないはずだ、堂々としていよう。
「藤原さんもお疲れ様です。……単なるあいさつではなく、かなりお疲れのようですが…」
「本当に、いろいろと、ありましたからね。正直間に合わないかとも覚悟していましたが、最低限の準備が整ったのは檀上さんたちが時間稼ぎをしてくださったおかげでしょう。本当にありがとうございます」
そんな報告をしあいながら宿泊しているホテルへと移動。作田さんは本部への報告があるとかで途中で別れてしまったので、藤原さんと2人きりだ。
そこにあるラウンジの席に座り珈琲を注文。ここの焼き菓子は絶品であり、本来であればケーキも食べたいところではあったが、リュウイチさんに付き合ってそれなりの量のお菓子を食べたので今は満腹に近いので今回はやめておいた。
注文した商品が来るまで周りの客の声に耳を傾けていると、やはり話題となっていたのはリュウイチさんのことばかりである。
「随分と話題になっていますね」
何が、といちいち言わなくても分かっているだろう。藤原さんが大きく頷いている。
「いやいやいや、むしろ今の状況で話題になっていなかったらソッチの方が問題でしょう。それにしても、今回もやってくれましたねぇ檀上さん」
「俺自身は特に何かをやってやろうだなんてコレっぽっちも考えていなかったんですがね」
「そうでしょうね。むしろ狙ってできるのでしたら、是非その方法を報告していただきたいものです」
「はっはっは、恐縮です。それで、これからどうなると思いますか?」
「『新天地』の調査が進むことは確実でしょうが、その先は何とも言えませんね」
珈琲が到着したのでミルクと砂糖で味を調えて一口啜る。嗚呼、かぐわしくも芳醇なこの香り。この一杯のために俺は今日も生きている――――なんてことはないけれど、いろいろあって荒んだ心を癒してくれるには違いない。
「あっ!明日以降の新装備の試験は当面は延期ということで話はつきました。延期した分のホテルの宿泊費は『協会』で持ちます。檀上さんからお話をお聞きになるかもしれないので、あまり外出などはせずホテルにいて下さると助かります」
「了解です。でも話を聞くといっても、あの場所にいた藤原さんや作田さん以上の情報を持ち合わせてはいませんよ?」
「まあ体裁としてお話を聞くだけですから」
この場所にいない他のメンバーのことについてそれとなく聞いてみたところ、各種族の責任者への報告やらで忙しく動いているとのことらしい。
もしかしたら藤原さんも忙しい合間を縫って、俺との時間を作ってくれたのかもしれない。『協会』の関係者である彼にはやらなければいけないこともたくさんあるはずだからな。
今の俺が雑事にも囚われず自由な時間を謳歌できているのも、藤原さんのおかげであると考えると辻褄はあう。
「……さてと、そろそろお暇させてもらいますね」
「やっぱり、お忙しいのですか?」
「この後も『協会』の本部へ行かなければならないので。『新天地』のこととか、動物の『格』を上げる件でようやく一息ついたと思ったんですがね。まあ今の大変さが、将来的には楽しい思い出話として話せる程度には頑張りますよ」
自然な動きで伝票を持っていき、さも当たり前かのような流れで俺の分の珈琲代まで支払ってくれた藤原さん。カッコイイ、できる大人の男といった印象だ。
彼の背中を見送った後、ふと見上げた壁掛けテレビには動物番組が流れていて、そこでは芸能人がペットの爬虫類を自慢していた。
触ると鱗が気持ちいいだとか特徴的な瞳が可愛いなのだとかを語っているが、似た性質を持つ巨大なドラゴンを見ても同じ感想を抱けるのであれば彼は間違いなく『ド変態』だろう。
そんなつまらないことを考えつつ、あと数日もすればリュウイチさんのことも含む『新天地』での新たな発見なども世間に広まり、その件に関する報道一色になるだろうから、束の間の頭を空っぽにして見れるのんびりとしたバラエティー番組を楽しむことにした。




