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例えるなら突如として上空に大いなる海が出現したとなるだろうか。もちろん比喩であり、そんなものが突然現れるわけがない。ただ、そうとしか例えようのないぐらい力強く重い存在が現れたことだけは即座に理解させられた。
食事の準備を忘れ思わず空を喘ぎ見る。そこにいたのは超巨大なドラゴンであった。
全長は100メートルを軽く超え、200メートルに近いだろう。翼を広げたその姿はジャンボジェットのシルエットに似ているかもしれないし、もしかしたらそうではないかもしれない。
と、こんな状況でありながら自分でも驚くほどに冷静でいられている。殺気を感じないだとか、こんな超越者たる存在が俺たちを殺そうと思えば一瞬でカタが付くから警戒するだけ無意味、そんなカッコイイことを言うつもりは毛頭ない。
ただ単に目の前に広がるこの光景を素直に受け入れることができていないだけだ。海から上陸してくる巨大な怪獣の映画を見ている感覚が一番近いかもしれない。
……と、そんなことを考えているが、いったいどのくらいの時間が経過しただろうか。周りを見回すと、他の人たちも俺と同じように呆けたような表情のままとなっている。
幸いドラゴンには俺たちを害する意思はないようで、現れた時とほとんど同じ姿勢のまま上空にとどまり続けている。これは一体どうしたものか。まずは藤原さんと相談でもして―――――
『そうだね、まずは謝罪からさせてもらおうか。すまない、確かに突然君たちの目の前に現れたら驚いてしまうのも無理はないだろう、そこに思い至らなかった僕の落ち度だ』
脳内に響きわたる謎の声。漫画的に言えば『テレパシー』とか『念話』とかになるだろう。そしてどうやらその声を聞いたのは俺だけではないようで、他のメンバーも初めての感覚に不思議そうな表情を浮かべている。そんなものをいったい誰が使用したのか?考えるまでもない、上空にいるドラゴンだ。
『この状態で話すのも億劫だから地上に降りさせてもらうよ。君たちも上を見上げてばかりでは首が疲れるだろうからね』
そんな言葉とともにドラゴンがゆっくりと近づいてきて、近くの広場に着陸する。広場と言ってもこんな巨体が無事に着陸できるほどの広さはない。尻尾の先っぽが太い樹の幹にぶつかるが、何ら抵抗することも無くバキバキと折れていく。
地面に降り立ったドラゴンは地面にいてもやはりでかい。顔を見て話そうと思えばさっきまでと同じように首がつりそうになる。そんな考えが通じたわけでもないだろうが、今度はドラゴンの体がスルスルと小さくなっていき、しまいには体長3メートルぐらいのヒト型にまで縮んでしまった。
人間であれば3メートルもあれば超巨人であるが、さっきまでと比べればかなりマシだ。顔をみて話してもそれほど首も疲れないのが特にいい。
『ふう、この形態になるのは久しぶりだ』
だったら最初からその姿で来てくれたほうが……いや、だからこその先ほどの謝罪だったのだろう。
さて、それでこの続きはいかがしようか。……藤原さんが俺を見ている。何だ、何が言いたい?これまでも異世界の知的生命体と最初に遭遇してきたの間違いなく俺だ。今回もお前のせいで遭遇することになったのだから、責任を取ってお前が何か話さんかい!とでも思っているのか!?
ただ、その考えは間違っている。
これまでも俺が何か特別なことをしたわけでもないし、エルフやドワーフと知り合うことになったきっかけもただの偶然だ。疑われるのも快くないので身の潔白を晴らすように首をブンブンと横に振る。
それでも、このままでは話は進まないことは確かである。仕方ない、ここは俺が先陣をきってやろう!何かあっても、きっと骨ぐらいは拾ってもらえるはずだ。
「あの……えっと……はじめまして?」
『初めてではないよ。君とはこの前会ったからね』
「ほへっ?いつ、なんでしょうか?」
誓っていうが俺にドラゴンの知り合いなんていない。
実はいたけど、何らかの事件に巻き込まれてで忘れてしまった……なんて漫画のような出来事もなかったはずだ。そんな波乱万丈に満ちた人生は歩んではいないからな。……いや、ドラゴンに遭遇するってのは十分に波乱万丈に満ちていると言えるか。
『ああ、あの時は君たちは遠くから僕を見ていただけだったかな。初対面でいきなり声をかけるのは遠慮させてもらったんだけど……』
そこまで言われてようやくそれっぽい出来事を思い出す。確かエドワルドさんたちと『新天地』を調査していた時に、かな~り遠方にドラゴンが飛んでいたような…
「あっ!」
『ようやく思い出してくれたみたいだね』
ドラゴンがニッコリ微笑んだ、ような気がする。ただ、その凶悪そうな牙をむき出しにする表情は失禁ものの怖さがあるが、多分全然怒ってはおらず、人間からすれば顔の構造的にそう見えているだけなのだろうと察しがつく。
そしてなんとなく藤原さんの方を見た。この人は見るからに優しい笑みを浮かべているが、『やっぱりお前が原因じゃねぇか!』という怒りが込められていて、今の状況では俺に文句を言うわけにもいかないのでそのよう表情を無理に作っているのだろう。
実に対照的な笑顔だ。面白い…と、思うのは不謹慎かもしれないな。




