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寮で朝食を食べ、自室でゴロゴロとしながらのんびりと過ごす。
そろそろ朝の忙しい時間帯も過ぎた頃だから総務課に行こうかと思い、重い腰を上げハヤトを連れて部屋から出る。……いや、その前に太郎たちに帰還の挨拶とお土産を渡しておくか。今朝収穫した野菜もあげれば更に喜ぶだろう。
そう思い、まずは研究所前に設置されている柵に囲われたエリアにいる太郎達に会いに行くことにしたのだが……
「何というか……動物の数が多くなっていませんか?」
「ああ、そういえば檀上さんはトゥクルス共和国に行かれていたからご存じなかったんですかね?」
太郎達の世話をしている顔見知りの研究員さんと軽く挨拶をしながら、なんとなく周りを見回していてふと気になったコトを聞いてみる。
確かに以前からペットが飼い主に連れられてトノサマンバッタを倒し『格』を上げさせている場面を目にする機会もちょくちょくあった。しかし今は明らかにその数が多くなっているし、平日の昼間にもかかわらず老若男女問わず色々な人が『ダンジョン』に来ている。
犬や猫といったポピュラーなペットをはじめ、鷹やオウムといった鳥類、リクガメ、カワウソといったマイナーな奴まで目に入ってくる。
「何かあったのですか?」
「数週間ぐらい前ですかね。とある動物番組である1匹の猫ちゃんが紹介されたのがことの始まりでして……」
なんでもその猫ちゃんというのが、御年25歳という超長寿であるらしい。
年齢以上に毛艶もよく愛嬌もあってテレビで紹介される前からもSNSを中心に人気を集めていたらしいのだが、寄る年波には勝てず少しずつ体調が悪化していたとのことだ。それでも飼い主さんは必死にお世話を頑張っていたことで大きな病気をすることなく健康に過ごしていたらしい。
しかしある日を境に腎機能が徐々に低下し始め、あまり長くないとお医者さんに宣告されてしまった。
ペットといっても20年以上一緒に暮らしていた大切な家族だ。飼い主さんにとっては人生の半分以上を一緒に過ごしてきたパートナーでもある。そう簡単にあきらめきれないとして色々な獣医さんに見せ方々に手をまわしてみたものの、診断結果はどこも似たり寄ったり。
だからと言ってスパッと踏ん切りがつくということもなく、お得意のSNSを使って情報収集をしたところ、『ダンジョン』でモンスター倒し『格』を上げれば体調も少しは良くなるかもしれないとフォロワーさんからアドバイスをもらったとのことだ。
そうして藁をも掴む気持ちで車をかっ飛ばして『ダンジョン』に来て勢いそのままモンスターを猫に倒させた。1匹2匹を倒したところで大きな変化は見られなかったが、10匹以上を倒させたころ目に見えて気力を取り戻していったとのことらしい。
そうしてかかりつけの獣医さんにもう一度診察してもらったところ、『奇跡が起きた!』なんて言われてその番組の再現VTRは終了となった……とのことだ。
「―――その番組が放送された翌日には、この『ダンジョン』の前にはありえないような長蛇の車列が出来上がってしましてね」
「ほほう……」
「テレビ局も気を使ったのかその猫ちゃんがどこの『ダンジョン』で『格』を上げたのかは放送していませんでしたが、今のような時代ですと簡単に調べることもできますからね」
「確かに、猫ですら倒すことができるモンスターが発生する『ダンジョン』なんて、ここぐらいしかないですもんね」
悠然と歩く太郎に踏まれ、先ほども1匹のトノサマンバッタが天に召されていた。……なんかコイツ、さっきからチラチラと俺を見ているな。多分『オラァ!雑談ばっかしてねぇで、さっさとお土産よこさんかいっ!』とでも思っているのだろう。
「『格』を上げて健康寿命を延ばせば寿命も延びる。今までは不確かな情報でしたが、番組が放送されて淡い希望が確信に変わりましたからね。前の休日は前日の夜から『ダンジョン』に来られる人もいましたが、次のお休みもそれぐらい人が来ると予想されていまして急遽交通整備のアルバイトを雇うことになりまして……」
「それはそれは……面倒をおかけします」
「これ以上の混乱を回避するためにケガや病気で探索者として活動できなくなった方に声をかけ、ペットの『格』を上げる専用のブリーダーになれるように教育を施す予定も計画されているとか。その辺りは総務課の方に聞けば私などよりも詳しい話を聞けるはずですよ」
と言って、研究員さんは研究所の方に戻って行った。去り際に、本当にさりげない様子で『そうそう。花子ちゃんたち、妊娠していますよ』と言っていた。
ふぅむ、まさかあのヤンチャ坊主の太郎たちが父親になるとはな。太郎に視線を向けてヤツの顔をよく観察する。なるほど、確かに一端の父親という立派な顔つきになっていると思わなくもな……いや、やっぱ見えねーわ。いつも通りのふてぶてしい表情だな。
ただ、そんな太郎であるが一つだけ変わったトコロがあった。それが、今までは俺がご飯を渡そうとするといの一番にやってきていたのだが、今日は花子たちにその席を譲っていた。コイツも俺に見ていないところで成長していたんだなぁ。感慨深い気持ちになった。




