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「おや、お久しぶりですね壇上さん」


「お久しぶりです只野さん。お変わりないようでなによりです」


「檀上さんの方こそお変わりないようで。いつ戻られたのですか?」


「昨日の夕方ぐらいですかね。一応昨日の内に挨拶だけでもしておこうかとも思っていたんですが、自分でも思っていた以上に疲れてしまっていたみたいでしてね。シャワーを浴びると睡魔の波がすぐそこまで来てしまっていまして……」


「何はともあれご壮健そうで何よりです。と言ってもトゥクルス共和国は平和で危険はないですからね。あまり心配をする必要はなかったでしょうが」


無事『ダンジョン』に到着した日の翌朝、前日はたっぷり10時間以上爆睡していたこともあってかなり早い時間帯から目が冴えていた。特にすることもないので久方ぶりに『ダンジョンガーデン』で育てている野菜を見に行ったところ、せっせと畑仕事に従事している只野さんと遭遇した。


もちろん、これは彼がしなければいけない仕事というわけではない。総務課といってもそれほど幅広く仕事を任されているわけではないからな。趣味の一環で自主的にやっていることらしい。


「で、あの国での観光はどうでしたか?」


「初めての国外旅行でしたし、見るものすべてが新鮮でとても楽しかったです。でも思っていたほど大変でもなかったような……多分、ニホン語が問題なく通じていたからですかね?」


「初めての国外旅行ですか。確かに檀上さんたちのように若い世代の方ですと、『ダンジョン』出現以降のイザコザで国外に出る機会はなかったですもんね。私も大学生のころボランティア派遣制度で一度だけ外国に行った経験はありますが、それっきりになっていますから」


「ボランティアで外国に……真面目な学生時代をお過ごしだったのですね。自分なんて学生時代は友達と適当に遊び惚けながら、目的もなくダラダラと過ごしていましたよ」


「いえいえ、そんな大層な心意気があったっというわけでもないですよ。大学を卒業後は給料の良い外資系の企業に就職する予定だったので、就活に有利かなって下心アリアリのボランティアでしたから。ですが、ちょうど就活のタイミングで世界各地に『ダンジョン』が出現しはじめまして。社会は色々と混乱していましたし、就職どころではなくなってしまいました」


「それはまた……」


「混乱が収まりかけたころ私にはすでに『新卒』という武器がなくなっていました。もちろん企業側もそのことを十分に知っているはずですが、やはりどうしても、企業側は『元』新卒よりも『普通の』新卒を欲していたみたいで。そうして路頭に迷っていたところを『協会』の前身となる組織に拾ってもらったんです」


「ふむふむ。随分と波乱と混乱に満ちた人生を歩んでらしたのですね」


「まあ、今となってはいい思い出です。私が入ろうと思っていた外資系の企業はいつの間にか倒産していましたし、なんとなく入った『協会』は今や飛ぶ鳥を落とすほどの勢いがありますからね。ホント、人生って何があるかわからないものですよ」


ちょっとシンミリした話になりかけたけど、当の本人である只野さんは本当に気にしている様子はなくカラカラと楽し気に笑っていた。


あの頃は色々なことがあったからな。と言っても子供だった俺にはその大変さを実感することがなかったから聞きかじった程度の知識がないのだけれど。いくつもの大きな企業が倒産したって話を耳にしたことがあるけれど、ウチの親父は公僕だったから生活が困窮するってことまでは無かったし。


その後も適当に雑談をしながら畑仕事に従事した。


それなりの期間放置していたにもかかわらず、俺のエリアが荒れていないのは只野さんが整備してくれていたおかげだろう。適当に植えていたサツマイモやカボチャをはじめ、スイカやメロンも大きな実がなっていた。


ほとんどすべてが只野さんの功績だ。俺がやったことなんて苗を買ってきて地面に植えて、適当に肥料や水をやったぐらいだ。脇芽摘みや摘果など面倒なことはすべて彼がやってくれたのだろう。感謝の言葉しか見つからないな。


「じゃ、只野さん。自分はこの辺で部屋に戻ります。食べごろのやつがあれば遠慮なく持って行って下さいね」


「ええ、ありがとうございます」


「……っと、そういえば。トゥクルス共和国のお土産があるので昼頃、総務課にお邪魔させてもらってもいいですか?」


「もちろん構いません。楽しみにしておきます」


ほどほどに疲れたので只野さんに別れを告げて寮に戻ることにした。普段の総務課の仕事に加えて、野良猫の世話に野菜のお世話。本当にすごいなあの人は。俺よりも俺の親父の年齢に近いはずなのに、バイタリティは俺を上回っている。あんな感じで年を取りたいなぁって思った朝のひと時だった。

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