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ヘンリーさんの執務室に到着すると、事務官っぽいエルフがお茶を持ってきてくれた。う~ん、実にいい香りだ。流石は佐官クラスの軍人さんだ。さぞや普段から良いものを口にしているのだろう。
そんな方に、その辺のデパートで買い集めた贈答品を渡すのは何だか少しだけ気が引ける。まあ、『新天地』での別れの時に渡したものもすごく喜ばれていたのだ。今回も間違いなく喜んでくれるはずだ。
「あの、コレお土産です。どうぞ皆さんで召し上がってください」
〈収納〉から取り出したお菓子屋らお酒の数々。接客用のテーブル?も決して小さくはないのだが、持ってきた贈答品の数が数なので手狭に感じる。
「こ、これほどの物をいただけるとは……重ね重ね、感謝の言葉もありません」
「いえいえ、私の方こそ……と、いうより、以前いただいた『千年樹の琥珀』。その価値があまりにもすごすぎたので、以前お渡ししたものとでは正直つり合いが取れていないのではないかと恐々としていまして……」
「そのようなことはありませんよ。物の価値というのは受け取る側が判断をしますから。例えば海の近くに住む方であれば新鮮な海産物にあまり魅力を感じませんが、内陸に住まれている方からすれば新鮮な海産物など大金をはたいてでも欲しいものでしょう。つまりはそういうことですよ」
「そう言っていただければありがたいです。ですがヘンリーさんやエドワルドさんのような方ですと、ニホンの産物なども簡単に手に入るのでは?」
「と、思われるかもしれませんが、実はそうではないんですよ。確かに閣下の権力を使えば簡単に手に入れることもできますが、上役が権力を使いそういったことばかりしていると下の者たちからやっかみをうけることになりますからね。上になるほど己を自制し、律することが必要なんです」
なるほど、確かに上役ばかりいい思いをしていたら下の役職の人はいい気がしないだろう。強大な権力を有する人ほど、その使いどころは慎重に選ばなければならない。所謂バランス感覚というものが必要になるのだろう。功績を上げて偉くなるのも考え物だな。
その後、流石にテーブルの上が贈り物でいっぱいの状態では落ち着いて話もできないということで、ヘンリーさんが部下を呼んで贈答品を別室に運んでもらっていた。
その贈答品を運んで行ったエルフさんも口角がわずかに上がっていたな。ご相伴にあずかれそうだから上機嫌なのだろうか?だとすれば持ってき甲斐があったというものだ。
「これで落ち着いてお話ができますね」
「ですね。……っと、そういえばエドワルドさんがご不在と聞きましたが?」
「ええ、今ちょうど隣国に外交官の護衛として随伴していまして」
「……その隣国、そんなに危険な場所なんですか?」
瞳を閉じればエドワルドさんが『新天地』に生息する強力なモンスターをバッサバッサと打ち倒していく姿を簡単に思い出すことができる。彼はそれほどまでに頼りがいがあり、そしてその強さは俺の記憶に深く根付いている。
彼ほどの強者が同行しなければいけない国……いったいどんな修羅の国というのだろうか。そしてそんな修羅の国と隣接するこの国は大丈夫なのだろうか。
そんなことを不安に感じていると、俺の思考を読んだのかヘンリーさんが少し吹き出し、その考えを真っ向から否定するように顔の前でパタパタと手を横に振った。
「いえいえ、とても平和で安定している国ですよ。閣下が外交官に随伴されるとその国の方々が喜ぶんですよ。閣下の名声は近隣諸国にまで知れ渡ってしますからね。大英雄を一目見たい、会って話がしたい、できれば顔を覚えてもらいたい。そんな思惑の来客で我が国大使館は人であふれかえっているんです」
「なるほど、つまりエドワルドさんが同行されると人脈作りはモチロンのこと、外交がうまくいきやすい、ということですか」
「そういうことです。ですが閣下ご自身が人脈作りにはあまり興味がないですからね。かといって相手は隣国の重鎮。無下にすることもできず、日々せわしなく、そしてもどかしさを感じながら身を粉にして働いているとのことです」
「こちらから何もしなくても、相手から接点を持とうと積極的にアプローチをしてくる環境。エドワルドさんのようなお方ではなく、外交官という立場であればヨダレが出るほど欲しいものでしょうね」
話がひと段落ついたところでお茶を一口。うむ、美味い。こいつもお土産にはちょうどいいかな。あとで茶葉の銘柄を教えてもらおう。でも俺に買えるお値段かな?……ま、多分大丈夫だろう。『新天地』でこしらえた貯えもそれなりにあるからな。
その後も近況を報告しあったり、何か変わったことがないだとか今後のことも考えてエルフが欲しいものが何なのかと、情報収集をしながら他愛のないことで雑談をして楽しいひと時を過ごした。もっとも楽しかったのはここまでであり、ここから先に大きな障害が発生する。
そろそろ遅い時間になったのでお暇しようと腰を上げたところ、『晩餐会に参加されませんか?』なんてお誘いされてしまったのだ。とんでもない、そんな格式高そうな催しに参加できるほどの教養も無ければ資格もない。こちとらしがない一般人なのだから。
『恐れ多いです』『身に余ります』『分不相応でございます』の言葉を繰り返すことで何とか逃げ切ることに成功し、ようやく城から脱出することができた。
最後の最後で大変な目にあったけど、総じてみれば大成功と言っても過言ではないだろう。王都の名物や隠れた名店なんかの情報も得ることができたからな。明日以降に色々と回ってみるのもいいだろう。この国に来た目的を完遂したことで肩の荷が下り、気分的にはアゲアゲなのだ。




