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昼食の後、山田さんは“協会の仕事が残ってまして”という事で屋敷までいったん戻る事となり、時間に余裕のあるという河村さんがこの辺りの道案内をかって出てくれた。
「すみません、お手数おかけします」
「いえいえ。普段から運動がてら時間があるときに、こうして街中を散歩していますからね」
散歩という言葉に反応したハヤトも連れて、王都の散策を始めた2人と1匹。屋敷のある高級住宅街を出て、ごくごく一般的なエルフがたくさんいる中央通りを歩きながら道案内をしてもらう。
「あそこの雑貨店では日用品を始め、生活に欠かせないものがたくさん売ってますので場所を覚えておいて損はないですね。あと、あっちの喫茶店のお茶とケーキの組み合わせは最高です。一度は訪れることをお勧めしますよ」
河村さんにとってこの国は初めて来た土地であるはずだ。にもかかわらずこれほどまでに地理に詳しいという事は、日頃からかなりアクティブに活動をされているのだろう。俺だったら間違いなく休日は自室でダラダラしていたに違いない。
「あそこの商店は新鮮な野菜や果物がたくさん売っていましてね。私もよく利用させてもらっていますよ」
「お仕事の関係ってことですか?」
彼は某お菓子メーカーの社員さんだ。お菓子の研究の為、そういった場所でも青果などの情報を集めていてもおかしくはない。
「それもありますけど朝も比較的時間に余裕があるんで、偶に手の込んだものを自分で作ったりしているんですよ」
「朝に時間があるって……かなり羨ましい職場環境ですね」
俺だって元はサラリーマンの端くれ。朝どれほど時間がなく、通勤がいかに大変であったのかは痛いほど理解しているつもりだ。それが無いという彼の今の職場の環境は、さぞやニホンにいる同僚たちからも羨まれていることだろう。
「まぁ、エルフという種族が長命であるので、朝っぱらからせかせかと働くことはないんじゃないかって誰かが考察してましたね。ですがそのせいか、朝から開いている飲食店の数が少なくて……それで皆さんも自然と朝食は自炊をするようになったってかんじですね」
どうやら河村さんの職場だけではなく、この国に来ている他の方たちの職場も似たようなものであるという事か。
元リーマンの俺の感覚から言わせてもらえば、朝の通勤ラッシュが無い代わりに自炊する必要のある環境と、朝の通勤ラッシュがある代わりに通勤途中で食事を摂ることのできる環境、どちらが良いかと聞かれれば間違いなく前者と断言できる。
「皆さん朝はどんなものを作って食べられているんですか?」
俺も明日以降はあの屋敷で過ごす予定になっている。そんな中で1人だけ変なものを食べて浮いてしまわないように下調べは必要だろう。といっても、変な物って何か?と聞かれてしまえば答えに窮してしまうだろうが。
「先ほど山田さんがおっしゃっていたように卵かけご飯とか、前日に買っておいたパンなんかをよく食べられていますね。たまに高級ホテルの朝食に出る様なエッグベネディクト?みたいなオシャレなものを作っている方もいらっしゃいます」
エッグベネディクト……?確か昔、料理漫画で一度見たことがある気がする。そんな物を作れる人がいるんだなぁという感想と、まぁ、それぐらいのスキルがある人を中心にこの国に派遣されているんだろうなぁという感想も出てくる。
「私は断然卵かけご飯派ですね。使用している卵が鶏卵よりも一回り大きくて、味が濃厚ですごくおいしいんすよ。檀上さんも一度は試してみてはいかがですか?」
「そうですね。手間もかからないですし、ハヤトと同じものを食べることが出来そうですからね」
名前を呼ばれたことで俺を見上げるハヤト。クリクリとした目で何かを訴えかけてくるような……
俺達の会話の内容を完璧に理解しているという訳でもないだろうが、話している内容がご飯に関係しているものだという事はなんとなく理解しているのだろう。『俺にも美味いものを食わせろ』そんなことを言っているのかもしれないな。
ならばということで、早速河村さんに頼んで明日の朝食に備えて卵を買いに行くことにした。正直、異世界の卵にも興味はあるからちょうど良かったとも言えるだろう。
 




