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「お待たせいたしました」
そう言って注文の品を持ってきたのは俺からすれば見慣れた黒目黒髪の、眉目秀麗揃いのエルフと比べて極めて平坦な顔つきをした『人間』であった。
「本日はようこそいらっしゃいました。……っと、ソチラの方は?」
俺の方を見ながら問いかけて来る。雰囲気からすればこの店を案内をしてくれた河村さんはもちろんのこと、山田さんとも顔見知りなのだろう。まぁ、コッチの世界に来ている人間なんてそれほど多くは無いからな。全員が顔見知りであってもおかしくはないか。
「檀上さんです。それと、アチラの方は島田さんです」
「檀上です、よろしくお願いします」
「あなたが、あの……っと、失礼しました。私は島田です。こちらこそ、よろしくお願いします」
白色の調理衣を着た人だった。調理頭巾の端から見える頭部側面の髪も角刈りのように短く切り揃えられていて、俺には縁のない高級料亭で腕を振るっていそうな研ぎ澄まされた?雰囲気を感じる。
彼がわざわざ俺達に料理を届けに来たという事は、俺達をこの席まで案内をしてくれたあの従業員のエルフさん俺達人間組が来店したという事を伝えたという事なのだろう。お客さんに対してしっかりとした配慮が出来ている。う~ん、実に素晴らしい。
「島田さんも技術交流でこの国に来られたのですか?」
「ええ。初めは調理方法や簡単な料理のレシピなどを教えるためだけに来たのですが、いつの間にかこのお店を任されるようになってしまいまして。本社の方も、エルフとの交流が増えるのは望ましいという事で積極的に……」
「それでも王都でいきなりこんな大きなお店を任されるとは、島田さんもかなりのやり手でいらっしゃるみたいですね」
「いえいえ、私なんてまだまだですよ。失敗をして皆さんに迷惑をかけてしまう事もありますし、日々学びの連続です」
やはりと言うべきか。この人も自分の功績を誇る事よりも、まずは謙遜から入っているな。実った稲穂ほど首が低いというのは本当のことの様だ。見習わなければならないな、その心の在り方を。
「ささっ!皆さん、冷えてしまう前にどうぞ召し上がってください」
と、彼が配膳してくれたトンカツ定食を勧めてくる。確かに彼の言うとおりだ。せっかくの食事が冷めてしまって味が落ちてしまっては、作ってくれた彼と食材に対して申し訳ない。お盆に乗せられていた割り箸を手に取って、食材と作ってくれた人に感謝をしながらいただくことにしよう。
「いただきます」
見た目はニホンでも注文することが出来るトンカツ定食そのものだ。お盆の中央に置かれた大きな平皿には大きなトンカツと千切りキャベツが乗せられており、ホカホカの白米と味噌汁、そして小皿には食後のフルーツが置かれていた。
ニホンで食べるトンカツ定食との違いをあえて上げるとすれば、キャベツが俺の知っているのと若干色合いが違うというところと、フルーツが見たことが無いものに変わっているというところぐらいだろう。
卓上にはソースやら塩コショウなんかも置かれてはいるが、まずはトンカツの味そのものを楽しみたいというのが本音である。最初の一口は何も付けずにいただくことにしよう。
「―――美味い」
ザクっとしたきつね色の衣の中に包まれているボア肉は、その分厚さからは想像もできないほど柔らかい。そして咀嚼をするたびに肉の旨味と上品な甘みが口いっぱいに広がっている。ハッキリ言おう、ニホンで食べたどこのお店よりもここのトンカツ……ではなくボアカツの方が美味い。
だが意外なことに揚げ物でありながら、それほど脂っこさを感じなかったな。素人の予想ではあるがトンカツを揚げた油もかなり良い物を使用しているのだろう。確かごま油を使うと香りが良くなると聞いたことがある。しかし、この香りはごま油とは違う気がするな。もしかしたら、この国でごまに近しい種子を見つけそこから油を搾り、使用しているのかもしれない。
そうこう考えている間にあっという間に一切れを食べ終えてしまう。結構な大きさがあったが驚くほどペロリと食べることが出来た。
二切れ目を頂く前に、ご飯と味噌汁を味わうことにしよう。まずはご飯の方だ。お米一粒一粒が立っていて、照明の光を浴びてキラキラと輝いて見える。そうした評論家気分で見分から入ってまずは一口。―――うん、美味い。美味いがニホンで食べることのできる普通のお米だな。炊き方が良いのか、普段食べるお米と一線を画す美味しさだ。
次はお味噌汁だ。コッチの方は………よく見ると俺の知っている味噌の色合いと少し違う気がする。最も白味噌とか赤味噌とかあってその違いとかで色の濃さが違ってくるから、普段俺が目にていないだけの可能性も十分に有る。息を吹きかけて少し冷ましてからいただくことにしよう。




