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カタカナで『トンカツ屋』とデカい文字で書かれた大きな看板を掲げたお店に到着した。
……まぁ確かに、カタカナで『フレンチレストラン』って書かれた看板を掲げたお店よりも、フランス語でおしゃれに店名を書かれたお店の方が美味しそうな気がする。そう言った意味では、この国で看板を掲げるとき、カタカナで店名を書いた方が美味しそうな印象を抱かれやすいのかもしれない。
と、特にお店の経営戦略とかには詳しくない俺が適当に考えていると、河村さんが慣れた感じでお店の引き戸を開けて店の中へと入って行き遅れないようについていく。
店の入り口が引き戸であるのと同じように店内も『和』をイメージしたような装いだ。入口正面にある木の温かさを感じる柱には竹製の花瓶がかけられそこには椿のような花が生けられており、またチラリと見えた奥座敷には畳が張られていた。
「いらっしゃいませ。何名様ですか?」
ニホンのちょっとお高めな料亭の従業員さんが着ていそうな和服っぽい服装に身を包んだエルフが案内に来る。すでに昼食の時間は過ぎていたのだが、店内には多くの人……ではなくエルフがおり、この店がいかに繁盛しているのかがよく分かる様相だ。
「3名です」
「テーブル席とカウンター席、どちらがよろしいでしょうか?」
店員であるエルフと応対をしていた河村さんが振り返り、俺達の反応を窺ってくる。どちらでも構わないと言ったジェスチャーを返すと、山田さんも大きく頷き俺に同意の意を示す。
「どちらでも構いません」
「分かりました……カウンター席でしたらすぐにご準備できますので、用意が出来次第お呼びさせていただきます」
綺麗な姿勢で一礼し、店の奥へと戻っていく従業員のエルフ。社員教育もそれなりに力を入れているのかもしれない。
「あ!念のため言っておきますけど、実はこの店の出す商品は正確にはトンカツではないんですよ」
「え!?あれだけ堂々と看板にトンカツ屋って書かれていたのにですか?」
「見た目と味は檀上さん知っているトンカツで間違いはないんですがね。使われているお肉が豚ではなく『ボア』と呼ばれるモンスターなんですよ」
たしかにトゥクルス共和国でニホンの食べ物を出す飲食店を営もうにも食材の確保が大変だろう。代用品を使うというのは正しい判断だと思う。それに以前『ダンジョン』産のボアを食べた経験もあるが、普通に品質の良い豚肉間違えるほど美味しかった記憶がある。その程度の違いなら問題にすらならなりえない。
程なくしてカウンター席に案内され、先に席についてメニュー表を開いた河村さんと山田さんと同じように俺もメニュー表を開いて中に目を通す。
「僕はヒレかつ定食にします」
「あ、じゃぁ自分も同じのを」
「私はロースかつ定食にしますね」
男のメニュー選びなんて数分もすれば終わる作業だ。すぐに店員さんを呼んで注文を終わらせ、湯飲みに入ったお茶を飲んで一息ついた。
「お二人とも、エルフの言語はすでにご理解されているのですか?」
「簡単な物だけですけどね。話は通じていますが、やっぱり文字もある程度は理解しておかないとダメって場面もたまにありますから」
「ですね。僕も山田さん程でもないですけどそういった場面に遭遇することもありますから」
「お二人ともすごいですね。自分なんてサッパリですよ」
エルフと関りをもった時期という面であれば俺の方がこの二人よりも遥かに早いと断言することができる。だが、言語の習得に関しては本人のやる気、そして頭脳が重要な部分を締めているはずに違いない。俺がエルフ言語をあまり理解していないということは、つまりはそういうことだ。
「………アレ?先ほどメニュー表を開いていらっしゃったのは……」
「場の空気に流されて見ただけです。正直何を書いているのかさっぱりでして。ですので、河村さんと同じメニューを注文させていただきました」
苦笑いしつつ返答をする。ただ、凡庸である俺からすれば、他世界の言語をさわりだけとは言え、ある程度理解しているこの二人の方がおかしいのだ。まぁ、異世界の案件を任されているこの二人が優秀であるのは当然と言えば当然なのかもしれないのだがな。
ただ一つ言いいたいのは、大多数が俺側の人間であることだ。上を見て頑張ろうと意気込むのではなく、自分と同じぐらいの人を見て安心する。俺からイケてるオーラが出ないのは、そういった心根も関係していそうだな。
『格』が上がっても越えられない壁と言うものは存在する。改めてそう確信するとともに、厨房の方から漂ってくる香ばしい匂いに期待に胸を躍らせた。




