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「なるほど、確かにあのお方のご自宅は近くにありますからね」
道に迷ったこと伝えると、職員さんが優しい笑みを浮かべながら『あまり気になさらず』と言った雰囲気を醸し出してくれた。そんな優しさが今の俺にはチョット痛い。いっそのこと笑われた方が幾分かマシ……いや、それはそれでやっぱイヤだな。
気恥ずかしさを感じて視線を下に逸らして……いつの間にかハヤトが窓の近くの、陽の光がサンサンと降り注ぐ暖かそうな場所で非常にくつろいだ姿勢でお昼寝をしていた。いや、今は午前中だから二度寝?という表現の方が正しいのかもしれない。そんな事を考えていると部屋の扉がノックされる。
「失礼します、お茶をお持ちしました」
またしても『協会』の総務課あたりで見たことがあるような気のする職員さんが、お高そうな白磁のティーカップとお茶菓子を乗せたシルバーのトレーを片手に入室してきた。
手際よく俺と対面に座る職員さんの前に持ってきたものを並べ、ついでにハヤトの前にもお水の入った深皿を置き、オマケとばかりにハヤトの頭を手慣れた手つきで撫で繰り回した後、きれいな姿勢で一礼して部屋から出て行った。
……う~ん、鮮やかな撫で具合だ。ハヤトもまんざらではなさそうな感じだったから、ハヤトを総務課で預かってもらっていた間も仲良くしてもらっていた内の1人だろう。
「まずは一口、いかがですか?」
職員さんに勧められる。こういったのは自分のタイミングで食べたり飲んだりしたいものであるが、職員さんが何の理由も無しに勧めてくるとは思えない。なにか裏があるのだろう。まあ特に断る理由も無いので勧められるがままいただくことにするか。
まずはお茶を一口。―――うん、美味い。安らぎを覚えるような香りに、優しい茶葉の甘みを仄かに感じる。アルベルトさん宅で頂いたお茶と同じぐらい……いや、どちらかといえばコッチのほうが俺の好みのような気がする美味しさだ。
これなら茶菓子の方も期待できるだろう。パッと見は小さくカットされたドライなフルーツが入ったスポンジケーキだ。フォークを使って一口大に切って口の中に放り込む。―――う~ん、やっぱりこれも美味い。そしてこのケーキもお茶も、不思議と俺の口に合う気がした。
「どうですかお味は?」
「メッチャ美味いです」
「それは良かった。何か気になる事だったり、感じたことはありませんか?」
いきなりそのようなこと聞かれてもな……もう2口3口と食べて、時間を稼ぎながら頭を働かせる。甘いお菓子を食べているおかげか、いつもより脳ミソが頑張ってくれているような気がほんのりとした。
「あくまでも漠然とした感想ではあるんですけど、日本人好みの味って感じがしましたね。あくまでも俺の個人的な感想ですけど」
大事な事なので2回言う。仮に見当違いな意見であったとしても、個人的な意見として言い通せば問題は無いだろう。そんな保険をかけての意見であったのだが、職員さん的には100点満点に近い感想だったらしい。満足げな表情を浮かべ大きく頷いている。
「実はトゥクルス共和国でも、ニホン向けの商品の開発にチカラを入れ始めていましてね。これらはニホンから呼び寄せた職人さんの協力の元作り出された商品の1つなんですよ」
「なるほど、どうりで俺の好みの味に近いって感じたんですね」
「今まではエルフやドワーフの技術者をニホンに招いて技術交流を行っていましたが、ニホンからも技術者を派遣することでその流れをより活性化しようというのが、この支部設立の目的に含まれているんです」
言葉で言い表すのは簡単ではあるが、それを成し得るためには大きな障害もあったはずだ。言語の壁……は、ないか。文化の違いとか、設備の差とかが上げられるだろう。まあよくわからんが、大変そうだという事だけは確信をもって言うことが出来る。
「大変そうなお仕事ですね」
「もちろん、簡単にはいかないこともたくさんありますが遣り甲斐はありますからね。それに100年先、200年先、もしかしたら今の時代の功労者たちが両国の歴史に名前を残しているかもしません。そこに自分の名前が載るかもしれない、そう思うといくらでもヤル気は出てきますよ」
目をキラキラと輝かせながら語る職員さん。………ナルホド、理解した。彼が所謂『社畜』と言う名の、俺が一生かかっても理解することができない領域に住まう戦闘民族か。
まあ今をトキメク『協会』のことだから、彼の働きに応じた報酬は十二分に支払われているはずだ。彼がこのまま『社畜』として覚醒し続けていれば誰も不幸にはならないだろう。彼がふと我に返ってしまい、過労のあまり何もかも投げ出したくなるような日が来ないことを願うばかりだ。




