232
翌朝、朝食を食べて宿のチェックアウトをする。その時に宿のおばちゃんエルフが胡桃パンのような物を昼食として渡してくれた。昨日は少し騙したような形になったことに対する詫びの気持ちとのことだ。俺も全然気にしてはいなかったが貰えるという事なのでありがたくいただくことにした。
そうして村のはずれにある物資の集積場に向かうと、そこにはニホンの道路では見慣れた冷蔵車が停まっていた。〈収納〉では生鮮食品を運ぶことにはあまり適してはいないから、こういったトラックが優先して配備されているのだろう。そしてこれが俺が乗せてもらう車というわけだ。
トラックに物資を詰め込んでいるトラックの運ちゃんらしきエルフに声をかける。
「あの、すみません。自分は檀上というのですが…」
「おう、オメェが檀上か。話は聞いている、今はトラックに物を詰め込んでいる途中だから少し待ってろ」
「あ、分かりました」
手伝おうかとも思ったが、何をしたらよいのかサッパリ分からない。それに下手に邪魔をしても彼女の操作するフォークリフトの邪魔になるだけだろう。しばらくはハヤトとじゃれ合いながら時間を潰す。
それにしても随分と手慣れたフォークリフト捌きだ。短い時間でパッパと荷物が積みあがっていく様子は見ていて面白さすら感じる。無駄のない動きであっという間に詰め込み作業は終わり、トラックの荷台の扉を閉めた運ちゃんが話しかけてくる。
「待たせたなボウス。ホラ、さっさと助手席に乗んな」
「あ、ありがとうございます」
この年になってボウズ呼ばわりされるとは思わなかった。……いや、ちょっと前に髭が生えていないと理由で子ども扱いされてしまったな。エルフが相手の年齢を計るために髭を見ているとは思えないが……まあ彼女の正確な年齢は知らないが、確実に俺よりも上だろうから子ども扱いされても仕方ないか。
助手席に乗るとカーオーディオからゆったりとしたジャズが聞こえてくる。彼女の趣味なのだろう。……そういえばシートベルトをつけるのを忘れていた。いかんな、道路交通法は無いだろうが万が一はあるかもしれないからな。普段から気を付けるに越したことはない。
「おう、ちゃんとシートベルトはつけたな。犬の方は…ボウズがちゃんと抱っこして抱えておいてやれ」
「分かりました。……っと、今日はよろしくお願いします」
「なァに、気にするな。松重さんからの頼みとあっちゃあ断ることも出来ねェからな」
「ちなみにですけど、どういったご関係で?」
「フッ………色々とブツを回してもらってんだよ」
ねじり鉢巻きを頭に巻いた彼女の見た目と言葉だけを見れば不穏な響きを感じなくもないが、ダッシュボードの上に乗せられている、オーバーオールを着て頭にリボンを付けた白い猫のぬいぐるみが目に入り『多分これのことだろうなぁ』と察することは難しくはないだろう。
他にもドアの下にある収納箇所にも飴であったりお菓子のケースが入っているのも確認することも出来た。見た目は清楚系ヤンキーって感じのエルフのお姉さんだが、かなりの甘いもの好きなのだろう。
「よし、うんじゃーいくぞ!」
そして見た目に反して極めて安全運転な走行であった。このトラックにはかなりの貴重品……日本産の食物が山積みされているからな。計り知れない価値があるから粗雑な運転はできないか。
走行中はこの国で生活するうえで何に注意をしなければならないかとか、一般常識とかについて聞きまくる。面倒がられるかとも思ったが、見た目以上に面倒見の良い性格であり嫌な顔一つせず丁寧に教えてくれた。
しばらくすると聞きたいこともこれと言ってなくなってきたので、世間話をすることで間を持たせる。
「レビーさんはどうしてこのお仕事に就かれたのですか?」
「何っつーか流れだな。元々運び屋っぽい仕事をしていたんだが、知り合いのじぃさんにコイツの運転をしてみないかって提案されてな。コイツは速くてデカくてカッコいいからワタシも気に入ってるし、今となっちゃあ、あの提案に感謝しているぐらいだ」
魔石を動力源として動くトラックはモーターで動くため、駆動音が小さくて快適な旅路である。また道も綺麗に舗装されているので、大きく揺れると言ったことも無い。たまに窓の外から小さなモンスターの姿が目に入ってくるが、トラックが大きいためかコチラの姿を見るとそそくさと森の中に逃げ帰る姿を見ることもできた。
「やっぱ、トラックは大きいからモンスターから襲撃を受けるって事は無いんですかね?」
「まァな、アイツらも馬鹿じゃねェ。それに仮に襲ってきたとしてもこっちがスピード上げりゃ簡単に蒔くこともできるからな。そもそもこの辺りは国も重要な道路として認識してるから、兵士達も良く巡回している。この道ほど安全な道はほとんどねェだろうな」
やはり現地の声と言うのは色々と面白い話を聞くことができる。しばらくは情報収集兼世間話に興じることに注力した。




