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「檀上さんのこの後のご予定は?」
「とりあえず、明日にでも王都に行こうかと。どんな方法で行ったら良いですかね?」
「この村からは乗り合いの馬車が頻繁に出ていますが、サスペンションが搭載されていなのでかなりお尻にきますね。私のお勧めは物資を輸送するトラックに同乗させてもらう事です」
「トラックですか?」
「ええ。少し前から運用が始まってまして、私も王都に用があるときは何度か利用させてもらっています。知り合いの運転手も何人かいらっしゃいますし話をつけておきましょうか?」
「助かります」
後で連絡をするからという事で、俺が宿泊をしている宿の名前を伝え研究所を後にした。
実りのある時間を過ごしはしたが、肝心の異世界情緒を味わうことができなかったことは非常に残念だ。とはいえここは、RPGで言うところのはじまりの村。期待し過ぎるのは酷な話だ。それに王都にまで行けばきっと楽しいイベントもあるはずだ。
日が暮れるまでにはもう少し時間があったので村の中を見て回る。……が、まぁ普通の村だなって印象だ。いくつか興味がそそられる小物が売られてはいたが今買わなくてもいいだろう。そんな感じで散歩を楽しみながら時間を潰した。
少し日が傾きかけていたので『宿り木亭』に戻って来た。ここに戻るまでも少し道に迷いはしたが、暇そうに散歩をされていた老齢なエルフに道を聞くと丁寧に説明してもらえたおかげで意外と簡単に戻ってこれた。
宿の中に入ると受付のおばちゃんエルフが手招きをしてきた。何か用事があるのだろうと思い、部屋に続く階段ではなくそちらの方に足を運ぶ。
「さっき『協会』の松重さんって方が来て、『明日の件』の言伝を預かってるんだ」
立場のある人だというのに、彼自身がわざわざこの宿にまで足を運んでくれたのか。ありがたい話だが、俺が頼んだという立場なので申し訳なさを感じる。王都からこの村に戻って来た時、何かしらのお礼を買って持って行こうと心のメモに記録しておく。
言伝の内容自体は、明日の朝、村はずれにある物資の集積場に集合。そこで話をつけているトラックの運転手と合流するとのことだった。
「すみません、お手数をお掛けします」
「この程度のことでお礼は不要さね。っと、夕食はどうする?部屋で食べるかい?それとも食堂かい?」
部屋で食べるのは少し味気ないな。せっかくの異世界だ、他の人とコミュニケーションをするつもりはないが食堂で食べることにしようか。そのことを伝えると、もうじき夕食の時間なので折を見て食堂に行くようにと言われた。
どうやら少し時間があるようだ。とりあえず部屋に入ってハヤトにご飯をあげることにしよう。と言っても、さっき松重さんからおやつを貰っていたんだけどな。しかし、おやつはあくまでも間食だ。しっかりとしたご飯を食べる方が良いと思う。
部屋に戻り〈収納〉からハヤトのお皿とちょっとお高めのドッグフードを取り出す。昼食の時は少し寂しい思いをさせてしまったからな。俺なりのささやかな詫びの気持ちというやつだ。
皿に盛り付けてハヤトの前にだす。それを見てがっつくハヤト。あっという間に皿の上からご飯が無くなっていく。その間に俺は床の上に〈収納〉から取り出した毛布を敷くと、食べ終わったハヤトがその上に座り寛いだ姿を確認して俺も食堂に行くことにした。
「んじゃ、留守番は頼んだぞ」
伏せていた顔を上げ耳をピクピクさせていた。吠えて応えるのは面倒だが、返事だけはしといてやるかって感じの雰囲気だ。部屋を出て食堂に向かうと、すでに何人か来ていたが、まぁ当然ながら全員エルフ。それでも人間が食堂に入ってきたことで驚いた仕草をする人は1人もいなかった。
食堂の中では蓄音機のような機械がありそこから音楽が流れている。どこかレトロな感じの音楽であり落ち着きを覚える様な音質だ。
食事もお代わり自由なパンと具材がたっぷり入ったスープ、それとサラダにフルーツ。素朴ながらも味自体は非常に良い。これなら明日の朝食も期待できるだろう。この場の空気も相まって都会の喧騒を忘れさせてくれる、そんな感じの食事の時間を過ごした。
………とカッコつけて考えていたけど、最初から都会には住んでいなから喧騒もクソもないんだけどな。こういったのは気持ちの問題なのだ。




