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『協会』からトゥクルス共和国に行く許可証を貰った数日後。諸々の準備を済ませ、いよいよ出発する予定日となった。久しぶりに寮での朝食をゆっくり味わって食べる。何せ今日からしばらくは日本食とお別れなのだ。それを思うと、いつもの朝食がいつも以上に美味しく感じられ……いや、いつも通り美味しくいただいた。
ハヤトを連れて寮から出ると、そこには猫達に朝食をあげていた只野さんがいた。
「おはようございます。今日もお早いですね」
「はい、おはようございます。……少しでも遅くなると私の部屋の前まで来てニャーニャー鳴かれて隣室の方に迷惑が掛かってしまいますからね」
口では大変だ、と言いたげな物言いであったが、実際には猫達に頼られて悪い気はしていないのだろう。満更でも無さそうな表情を浮かべている。時間にはまだ余裕があるので、俺もしばらくは朝食を食べている猫たちを眺める。
………心なしか、気もそぞろと言った様相の猫が何匹かいる。何が原因か?多分、ハヤトが気になっているのだろう。
ひと昔前と比べて、ハヤトも随分と立派になったからな。警戒されて然るべしなのかもしれない。ちょっと前までは、ハヤトの方が猫達に怯えていたんだがな。それが今ではハヤトの方が猫達を圧する存在に成長したわけか。保護者としてちょっと誇らしい気持ちになる。
「じゃ、行きますね」
朝食も終わり、解散し始めた猫達。自分の縄張りに戻る猫もいれば、その場にて毛繕いを始める猫もいる。中には『もっとくれ!』と言いたげな表情で只野さんに足にまとわりついている猛者までいるな。そんな猫はすべからく標準体型よりもふくよかな体格をしている。猫の健康を気遣っている只野さんから、お代わりを貰うのは難しいだろう。
「ええ。太郎君たちとガーデンのことは任せて下さい。何かあればトゥクルス共和国には『協会』の出張所もあるので、遠慮なくそこを訪ねて下さい。きっとお力になってくれますよ」
軽く別れの挨拶をして只野さんが寮に戻って行った。今生の別れと言う事もないし、俺が今から向かう場所が危険地帯という訳でもないので非常にアッサリとした別れだ。
そんなわけで特に気負うこともなく、ハヤトを連れて物資運搬用のトラックが駐車されているエリアに向かった。『ダンジョン』の中での移動は、そこのトラックに同乗させてもらうことになっていたからだ。
合流予定場所に行き、そこで同乗させてもらう予定のトラックの運ちゃんと合流。助手席に乗せてもらい、数時間のトラックのドライブを楽しんだ。
「奥田さん、ありがとうございました」
「おう!じゃ、にーちゃんも気ぃつけてな!」
トラックの運ちゃんである、演歌と日本酒をこよなく愛しているらしい奥田さんと別れを告げ、トゥクルス共和国に繋がる『ダンジョン』の出口に向かう。
出口付近では、ニホンに繋がる出口と同じようにそれなりに開発が進められており、それなりの数の商店やら倉庫が立ち並んでいる。大きく違う点が、そこで働いている人の人種の多くが人間かエルフとで異なっていると言う点ぐらいだろう。
そんな中をハヤトを連れてズンズンと突き進む。未だ『ダンジョン』の中であるが、すでに外国に来たような気持ちにさせられるな。……いや、外国でなくて異世界だったか。ここに来てちょっとだけ心細い気持ちになるが、ハヤトがいるので問題ない。
そうして辿り着いた出口の前には熟練の戦士と言った風貌の、強そうなエルフが2人駐在していた。特に悪い事もしていないしする予定もないのだが、こういったお堅い職業といった風貌の人の前にくると緊張してしまうのは仕方ないだろう。
「どうかされましたか?」
見た目よりもずっと柔らかな声でエルフに声をかけられる。気を遣われてしまったかな?
「トゥクルス共和国に行きます。あ、これ、『協会』が発行した許可証です」
〈収納〉から手帳サイズの許可証を取り出しエルフに渡す。視線を落としパラパラと中を確認したエルフ。しばらくすると視線を上げ、にこやかな笑顔を向けて来た。
「はい、確認しました。それでは檀上様、お気をつけて」
返してもらった許可証を〈収納〉に戻し、薄暗い出口の中を進む。ほどなくして視線の先が明るくなり、トンネルを抜けた。
俺は いま!トゥクルス共和国 への 第一歩を 踏み出した!




