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アルフォンスさんとの別れ際、ふと、ずっと気になっていたこと聞いてみることにした。
「これ、エドワルドさん達から頂いた『千年樹』と呼ばれる樹液の鉱石らしいんですが、何か詳しいことをお知りですか?」
〈収納〉から琥珀色に近くも黄金色に輝く鉱石を取り出し聞いてみた。
「随分と珍しいものをお持ちですね。詳しいことを、とおっしゃられても私は石の専門家ではないですからなんとも……」
「あ、いえ。別に詳しいことを知りたいってわけでもないですよ。一般常識の範囲で構いませんので教えて頂ければありがたいのですが…」
「それだったら問題ないですね。う~~ん、そうですね……まあ、見てのとおりの鉱石ですね。ただ、昔から持ち主の邪気を払ったりする効果があるとかで、願掛けに近い気持ちで持っている方も多くいます。私も家人に持たされていますよ」
そう言って首にかかっていた紐を引っ張り上げ、俺の持つ鉱石と同じような見た目の鉱石を取り出して見せてくれた。なるほど、確かに俺の持つこの石と同じ物のようだ。
願掛けであればコッチの世界なら『所詮は気休め』と思われることもあるだろうが、生まれながらにスキルやら魔法のあった彼らの世界でそう言った所以のある物が、ただの鉱石であるわけもない気がしてならないのは気のせいではないだろう。
「少しばかり希少ですから、少しだけ値は張りますがね。ですが私のように普段から持ち歩く方も結構いらっしゃいますよ」
『少しだけ値段が張る』という言葉を素直には受け取ることができないでいる自分がいる。何せ彼はとんでもないお金持ちだ。俺とは金銭感覚がまるで違う。と、言う事は当然、この鉱石も俺からすればとんでもない価値を有していることに他ならないのではないだろうか。
オマケに別れ際、“ですが、私の知っているものと若干色合いが違うような…”そんな不穏な言葉を残して去って行ったアルフォンスさん。………まぁ、高そうなことには変わりはないのだし、当面は〈収納〉の中に保管しておくことにしよう。
それにしても所有者を邪気から守ってくれるはずのこの石が、不安材料となり俺の心をシクシクと痛めてしまうのは本末転倒ではないだろうか?……よし、この件については片がついたので脳ミソから消し去ることにしよう。それが俺の心の安寧を保つにはもってこいの、極めて保守的な選択肢なのだ。
アルフォンスさんと別れた俺はトゥクルス共和国に行くための許可を取りに、『協会』の総務課に行くことにした。
あらかじめ連絡は取っていたので俺が顔を出すとすぐに只野さんがやって来て客間へと案内される。しばらく待つと、珍しいことに只野さんご本人がお茶を淹れて持ってきてくれた。普段は手の空いた職員の方が持ってきて下さるのだが……
「美味しいですね、このお茶。どこのメーカーさんのお茶なんですか?」
適度な甘みと、苦みと酸味のバランスがちょうど良い塩梅だ。香りも良く、新緑の若々しく瑞々しい爽やかな匂いが鼻を抜ける時の感覚がたまらない。
「国内のメーカーではなく、トゥクルス共和国から来られたお客様が手土産として持って来られた物なんですよ。最初はここの職員で飲んでいたのですが、普段は珈琲しか飲まない人もこのお茶を気に入ってしまいましてね。減るスピードがあまりにも早すぎたので、こうして来客者が来られた時にのみお出しするようになったんです」
そう言って美味そうにお茶を飲む只野さん。心なしか、周りの職員さんが只野さんを恨めしそうな目で見ているような気がしないでもない。…なるほど、彼が自分で淹れて持ってきたのは他の職員からのやっかみを少しでも防ぐためか。
「それで申請の件ですが…」
「ええ、こちらの許可証をお持ち下さい。『協会』が檀上さんの身の保証をしている旨の記載がされています」
片手に収まるほどの大きさの手帳を渡される。早い話、これはパスポートのようなものなのだろう。中を確認すると、読めはしないがどこかで見た様な雰囲気の言語で長々と文章が書かれていた。
只野さんに聞くまでもなくエルフの言語に違いない。まぁ、エルフの国に行くのだから、俺の身の保証をする文言もエルフの言語で書かれているのも当然であるわけだ。
「ありがとうございます。それにしても、随分と手続きが早かったですね」
「まぁ、トゥクルス共和国に訪れる方の数は増えはしましたが、それほど多いわけではありませんからね。皆さん興味はあるようですが、どうしても最初の一歩を踏む出すことに躊躇されているのかもしれません」
「ですが、最初の一歩を踏む出すことのできた企業はどこもそれなりの利益を得ていますからね。いずれは、その動きもより加速していくかもしれませんね」
「ですね。今はつかの間の余暇を楽しむことにします」
『協会』としても取引の場が広がることは望んでいるだろう。用事も済ませたのでコップに残っていたお茶を飲み干してから帰ることにした。…それにしても本当に美味かったなこのお茶。トゥクルス共和国に行ったら、まとめ買いをしておこうと心のメモに記録しておいた。




