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祝賀会の翌日、お世話になった人や『教会』の職員さんに挨拶を済ませて大型バスに乗りこみ研究所まで戻る。
1カ月以上も離れていたためか目新しい建物もいくつか見られ、その場所に出入りする商人のような格好をしたエルフやらドワーフの姿も見えた。
「このへんも大分発展しましたね」
「ですね。土地の賃貸については『協会』にすべてお任せしてるんで、いつの間にこんな店が?って自分でも驚くこともあったりもしますから」
「それは流石にマズイのでは?…いや、『協会』が檀上さんに不利益なことをすることはないでしょうが……」
そんな雑談を交えつつ『ダンジョン』の入口へと戻って来た俺達一行。ここまで戻って来れば、本当に終わったんだなぁという実感がジワジワと湧いてくる。
「にしても『新天地』のモンスターはかなり手ごわかったが、それほど疲れたって感じもしなかったな。やっぱ近くに安心して休める宿泊地と美味い飯を食える場所があるってのはありがたいもんだな」
のんびりとした口調で弓取さんが呟いていた。俺もちょっと前から思っていたことだが、こうして自分よりも格上の人がちゃんと明言されるというのは俺の考えも間違いではなかったのだと再認識することができる。
「やっぱりそう思いますよね?」
「無論だ。『ダンジョン』の深層に挑戦するとき、セーフティエリアが安全と言ってもどうしても不安は残る。ここだとそんな心配はいらないうえに、柔らかなベッドで寝起きできる環境というのは快楽を通り越して極楽と言ってもいいだろう」
「食事に関しては、最近ではレトルト食品でもかなり美味しいものが増えているので私はあまり気になりませんでしたが、一日の終わりにお風呂に入れるっていうのはかなり嬉しいですよね。探索者という仕事柄、そんな考えは贅沢ってことも自覚していますがね」
しみじみとした口調で語る剣持さん。『ダンジョン』に挑んだ回数は俺とは比べ物にならないほどある人の言うことだ。やはり俺の様な半端ものとは違い、熟練の探索者が言うと説得力がある。
『ダンジョン』の深層に挑戦されている上級探索者だと、数日、下手をすれば数週間は風呂なしの生活を強いられるわけだ。それは綺麗好きとされる日本人には耐えがたい苦痛であるのだろう。
実際俺も数日間風呂に入れなかったという経験をしたことがある。一応持参した大きくて頑丈なウェットティッシュで体を拭いていたが、毛穴が詰まっている感じがしてどうにも落ちつかなかったという記憶があるもんな。
「そういや、この『ダンジョン』に来る探索者とかも増えているんじゃないのか?」
急に話題を変えて来た弓取さん。もしかしたら『ダンジョン』に挑戦している間、体を洗えなかったという嫌な記憶にあまり浸っていたくなかったのかもしれない。気持ちは分からなくもないので彼の話の乗ることにしよう。
「少し前よりは増えているみたいですが、急激に増えているって感じでもないですね。まだ様子見をされている上級探索者の方も多いのではないかと『協会』の人が言っていました」
「ま、探索者はちょっとしたミスで命を落とすこともあるからな。『興味』があるってだけじゃ挑戦するのは無謀ってもんさ。むしろ『安全』をとってそんくらい用心深くないといけないからな」
「っておっしゃるわりには、皆さんは結構早めに『新天地』に来ることを決められていましたよね?」
「ま、俺らは実家近くの『ダンジョン』だったからな。『興味』のほうが優先されたってわけだ」
そんな雑談をしていると、地表へとつながるトンネルを抜ける。そこには見慣れた風景と見慣れたパーキングエリアが広がっていた。
「ふ~~っ、やっと戻って来たか……って暑っ!!」
トンネルを抜けた瞬間、夏場特有のジメジメとした猛暑が俺達の体を一瞬にして包む。そういえば今の季節は夏だった。ずっと気温の変化しない『新天地』と『ダンジョン』の中を行き来してばかりだったからな。すっかり忘れていた。
「皆さんはこの後どうされます?」
「とりあえず実家に帰って生存報告ですかね。その後は……ま、両親を連れて外食にでも行こうかな?」
「だな。今回はかなり儲けたからな。少しぐらい家族にも還元しておかないとバチが当たっちまう」
「少し前までこの辺りで外食できる場所なんて限られていたが、今では選ぶことできるまでに飲食店も増えたからな。ありがたいことだ」
俺も実家には爺ちゃんと大叔父達もいるからな。ご飯にでも連れて行こうかな?……いや、その前に山の除草作業をちゃんとしているのか確認もしなきゃいけないか。ご飯に行くのはその後だな。
 




